言えない想いの伝え方

平 遊

言えない想いの伝え方

「た~つや!はい、これア・ゲ・ル♪」

「おー、サンキュ!愛してるぜ~」


バレンタインには、毎年それなりにモテる俺。

自称、ではない。

本当に、には、モテる。

だって俺、チャラ男だから。


「あっ、たつやくん、いたっ!はい、これ。今年は手作りだよ?」

「えー、マジ?!・・・・変なもん、入ってねぇだろな?」

「ひっどーい・・・・あははっ。大丈夫、『ラブ』しか入れてないから♪」

「そりゃ嬉しいな。その『ラブ』しっかりいただくぜ」


には、モテるんだ。

でも。


あいつにだけは、全然、モテない。


俺の視界の隅で、あいつは読んでいた文庫本を閉じると静かに席を立って帰っていく。

今年のバレンタインデー。

俺は今年も。

一番欲しかったあいつから、チョコを貰うことができなかった。


こんな俺でも、たった一度だけ、あいつからチョコを貰えたかもしれないチャンスがあったんだ。

あれは、小学校6年のとき。

忘れもしない。

卒業の年の、小学生最後のバレンタインだった。


**********


学校の裏門に呼び出された俺は、ドキドキしながらあいつを待った。

やがて小走りでやってきたあいつは、俺の目の前で足を止め、手に持っていた真っ赤なハート型の小さな箱を俺の前に差し出して、言った。


「たっちゃん・・・・あのっ、コレ・・・・」


間違いなくそれは、あいつから俺への、バレンタインのチョコだったんだと思う。

その箱に。

薄っすらと赤く染まった緊張気味のあいつの顔に。

俺の心臓は壊れそうなほどに、ドクドクと俺の胸を叩いていた。


最初は、なんとなく、だったんだ。

3年のクラス替えで一緒のクラスになって、隣の席になったあいつは、いつでも一人で大人しく本を読んでいるような奴だった。

別にいじめられていた訳ではなくて、好んでそうしている奴だった。

授業中も真面目に先生の話に集中しているから、そんなあいつの横顔を見ているうちに俺までいつの間にか授業に集中していたり。

毎日何をそんなに飽きずに読んでいるのかと、あいつの読んでいる本が気になって、同じ本を読んでみたり。

それは、席替えであいつと席が離れても変わることは無くて、むしろ、離れれば離れるほど、俺のあいつへの興味は大きくなっていった。


その『興味』が『淡い初恋』だと自覚したのは、5年の時。

あいつが隣の席の男と珍しく笑って話しているのを見た時だ。

どうしようもなく、ムカッとしたんだ、相手の男に。

同時に、ものすごく羨ましかった、相手の男が。


俺も、あいつと話したい。

あんな風に、あいつを笑わせたい。


そう思った俺は、それから積極的にあいつに話しかけるようになった。

幸い、俺はあいつが読んでいる本をほとんど読んでいたから、話題には事欠かなかった。

同じ本を読んでいても、あいつと俺とでは、感想も考えも違うことが多くて驚きはしたが、あいつとの時間はいつだって楽しくて、俺たちはよく笑い合っていた。


そのうちに、俺たちは図書館で過ごす時間が増えていった。

あいつの影響で、俺も本を読むことが好きになっていたし。

2人で読む本をお互い選んで交換してみたり。

そんな楽しみ方をしていたある日。


「ね・こ・じゃ・らし」


あいつが突然そんなことを言った。


「えっ?」

「ほら、ここの本のタイトル」


あいつが指した棚に並んでいた本のタイトルは。


眠たいときはお眠りなさい

子供は子供で大変なんだよ!

邪魔するやつは食っちゃうぞ

羅針盤が指す方へ


「あーっ!」


タイトルの頭を繋げると、できた言葉はあいつの言うとおり【ねこじゃらし】。


他にもないかと、俺たちは競って図書館中を探し始めた。

ルールはただひとつ。


本の並べ替えは禁止!


「あったぞ!」

「えっ?どこ?」

「ここだ」


俺が見つけたのは。


果報者の一生

武士の情けは無一文

弔い合戦これいかに

武者修行なんてクソ喰らえ

白装束の掟


「カブトムシ!」

「ああ」


嬉しそうな顔のあいつに、俺はなんだか誇らしくなった。

あいつにこんなに嬉しそうな顔をさせたのは、俺なんだと。



確実に、この上ないほど、俺はあいつが好きだったのに。

言葉とともに差し出された、赤いハート型の小さな箱は、喉から手が出る程に欲しいものだったのに。


「ヒューヒュー!たつやはこいつにお熱だもんなー!」

「お前ら超ラブラブ~!」


通りがかったクラスメイトの言葉に、俺はつい、言ってしまっていた。


「そんなんじゃねーよ。別に俺、いらねーし」


それは、俺の気持ちとはまるで正反対の言葉。

あいつは一歩、二歩と後退りすると、泣きだしそうな顔をしてくるりと後ろを向き、そのまま走って行ってしまった。


**********


あいつからのチョコも。

あいつの気持ちも。

俺は台無しにしてしまったんだ。

くだらなくてつまらない、ちっぽけな照れ隠しで。

そして。

あいつに弁解することも、謝ることすらできないまま、俺は小学校を卒業した。



中学に上がった俺は、あの苦いバレンタインデーの反動からか、チャラ男になった。

『好き』『愛してる』は、出し惜しみするもんじゃないし、照れている場合ではない、ということを学んだからだ。

カッコつけて大事なものを失うくらいなら、チャラ男上等じゃないか!

そんな、理由で。

可愛いと思えば「可愛い」と言うし、ラブではないライクでも「好きだ」なんて、日常茶飯事。

感謝を込めての「愛してる」も朝飯前で、男女問わず、ノリのいい奴らとの関係は良好だった。

あいつは学区域の関係で違う中学だったし、もうこの先会うことも無いだろうと、あいつの事が次第に美しい思い出になり始めて。


バレンタインデーのことはこのままほろ苦の懐かしい思い出のひとつになるんだろうな。


そう、思っていたのに。


俺は、再会してしまったんだ。

高校の、入学式で。

思い出の中よりも遥かに美しくなった、あいつと。



幸か不幸かあいつと同じクラスになった俺は、変わらずチャラ男を続けていた。

だけど。

どうしても、あいつにだけは、話しかけることができなかった。

驚くほどに綺麗になった、あいつにだけは。


綺麗になったなぁ、びっくりしたよ。


そう声を掛けることなんて、簡単なはずなのに。


相変わらずあいつは、一人で静かに本を読んでいることが多かった。

やはり、友達がいないわけではなく、好んでそうしているらしい。

そんなとこ、少しも変わってなくて。

俺が淡い恋心を抱いた、あの時のまま。

ホッとしたような、照れくさいような、もどかしいような、不安なような。

実に、複雑な感情だ。

つまりは、俺はあの頃と少しも変わらずに、あいつのことが気になって仕方がないのだ。

それなのに。

あの、トラウマのような苦いバレンタインの思い出のせいで、話しかけることすらできずにいる。

だからせめてもと、あいつの読んでいる本と同じ本を本屋で探し、読み耽った。

これじゃ、小学校の頃と同じじゃないかと、自分を嗤いながら。


台風のあとで

罪の想いを開放して

チャンスという名のプロローグ

野薔薇の咲く頃に

バスケットいっぱいの花束をあなたへ

神々の住まう地獄

どんな時もキミの側に

甘味処で待ってます


これが、高校に入ってからあいつが読んでいた本。

もちろん、俺も全部読んだ。

恋愛ものだったり。

哲学的なものだったり。

あいつは色々な本を読むけれど。

内容的な系統の好みなら、俺は知ってる。

あいつの好みは、小学校の頃からそう変わってはいないようだから。

だから。

高校に入学して-あいつと再会してから初めて迎えるホワイトデーの前日。

本屋に寄った俺は、あいつがまだ読んでいそうもない、あいつが好きそうな本を一冊購入した。

仲良し女子から貰ったバレンタインのお返しのお菓子と。

あいつへのおまけ程度の、でも大事な役割を持つキャンディも購入して。


明日は、決戦のホワイトデー。

今こそ、あの苦いバレンタインデーの、リベンジの時。



「は~い、俺からの『愛』のお返し、受け取って♪」

「はい、『ラブ』返し!言っとくけど、俺の『ラブ』、メッチャ籠もってるからな?」


仲良し女子達にバレンタインのお返しを配り終えた放課後。

俺は文庫本に没頭しているあいつの席の真ん前に立った。

読んでいる本のタイトルを確認し、俺はドキリとした。


放課後いつもの場所でお待ちしてます


・・・・まさか、俺のこと待ってた?

いや、そんな、まさか。


明かりが遮られたことで、人がいることに気づいたのか。

あいつはようやく顔を上げると、表情を変えることなくまっすぐに俺を見た。


「なに?」


俺は黙ったまま、机の上に昨日購入したキャンディと本を置いた。


「え?」

「この袋の文字読んで」

「・・・・スッパイマン?」

「この本のタイトル読んで」

「・・・・キングズベリー男爵の葛藤?」

「うん」

「は?」

「そーゆーことだ」


キャンディと本をじっと見つめるあいつをその場に残し、俺はそのまま教室を出た。


言えない。

どうしても、言えない。

本気だから。

ものすごく、本気だから。

だからこそ、あいつにだけは、どうしても言えないんだ。

カッコつけて大事なものを失ったくせに、やっぱ俺、全然学んでなくて。

あいつの前では、カッコつけたくなっちゃうんだよ。

バカだよな、ほんと。

でもきっと。

あいつなら、分かってくれると思うんだ。

気づいてくれると思うんだ。

俺の、告白に。


そのままフラリと本屋に寄って、高校に入ってからあいつが読んでいた本を、なんとはなしに順を追って眺めてみる。


・・・・ん?

・・・・んんっ?!

もしかして、コレって・・・・


不意に背後に気配を感じで振り返ると。


「気づくの、遅っ!」


あいつが嬉しそうな笑顔を浮かべて俺を見ていた。


【終】

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