邯鄲の夢
人生
君は今、未来を予感する……!
第六感とは、いわゆる勘や直感を指す言葉であるが、つまるところは「第三者」のように、人間が通常持つ五感――すなわち、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚――とは異なる、第六(そしてそれ以上)の感覚を指す言葉でもあるのだ。
俗に、六感――シックスセンスとは、目には見えない、手では触れることの出来ない存在を感じ取る――「霊感」であるといわれる。
しかし、五感とは人間が通常持つ五つの感覚器官――すなわち、目、耳、鼻、舌、皮膚――の働きによるものだが……第六感とは、果たして何によって感じ取るものなのであろうか?
――これは、人間の持つ第六の――人間が存在するために欠かせない――とある感覚を持つ者たちによる、戦いの物語である。
「目が合った瞬間に悟ったぜ! お前は俺の運命の
「やはり僕の直感は正しかったようだ……。君は僕と同じ覚醒者……そして! この感覚に目覚めた者は出遭ったが最後、戦う運命にあるのだと!」
河川敷で対峙する二人の青年――彼らは互いに感じ取っていた。自分たちが特別な感覚に目覚めた存在であること、そして自分たちは戦う運命にあるということを!
「しかし、目が合った瞬間とはね。僕の方が数秒早く感じ取ったようだな――これで勝敗は明白! 僕は教室に踏み込む前には感じていたよ! ……次の瞬間に勝敗は決する! さあ敗北感を感じ給え!」
「ハっ――あぁ、感じているぜ、新鮮な感覚だぁ! 俺は今朝目が覚めてあくびした瞬間には感じていた……今日はいつもとは違う一日になると!」
「君の焦燥を感じるよ……僕の力を恐れているんだろう? これまでにない感覚に打ち震えているのが手に取るように分かる!」
「ビビッてるのはお前の方じゃないのか? さっきから鳥肌が止まらないんだろ? ……俺もだぜ、勝利の喜びに打ち震えている!」
――二人は互いに感じ取っていた。強力な
「そう、この私の存在を!」
何!? と――二人は突如響いた声の方を振り返る。堤防の上、一人の男が立っていた。
異様な――思わず目を瞠るシルエットをした男だった。
片腕が――右腕がなかったのである。
「君たちの終わりの見えない下らない戦いに水を差してしまってすまなかったね。しかし、君たち――『
二人は彼のクソ長い講釈を聞くまでもなく、その自信を、その
「な、なんだ……? 感じる、感じるぞ……!?」
「これはいった――ぐぼぉっ!?」
一人は自身の手にそれを感じていた。触覚だった。彼の手には何もない。しかし、何かが触れている。何か柔らかいものに包み込まれている! それは手だ。見えない手が彼の手を掴んでいる! 握手しているのだ! 彼には分かった。それはあの男の手だ。あの男の右腕が、右手が、その五指が――感じ取れる! 腕から肩へ、そして首へとあの男の見えざる手が迫ってくる! 首を絞めるつもりだ!
一人は口に、手に――味覚と触覚にそれを感じていた。口の中に何かが詰め込まれるような感覚があった。指か、親指以外の四指なのか!? 細長い四本の指が口内に侵入する、圧迫する! 実際には彼の口の中には何もない。にもかかわらず、あるのだ! 舌に塩っぽい汗の味もある! 彼は思わず口を開き喘いでいる! 息が出来ない!
「これが、感じさせる者の力――我が喪われた右腕を感じるがいい! ははは!」
男がその力に目覚めたのは、事故で右腕を切断した後――男には右腕がない。しかし、その感覚がある。いわゆる「幻肢痛」……つまり、「幻覚」である。
――男の肉体から右腕が喪われようと、その脳にある「右腕を司る細胞」は残る。機能する。他の脳細胞と一体となり、存続する! たとえばそう、スマートフォンのカメラレンズが破損しようと、カメラアプリは残るように!
つまりこの男は、その宝の持ち腐れとなったアプリを「本来とは異なるかたち」で機能させることが出来るのである!
つまり――センシティブ! 触れがたい力……!
男の名は「ジ・
手で何かに触れれば、その感触を得る。また、その相手が人間なら、その人間は「触れられた」ことを感じる――それが触感であり、五感の性質。
第六の感覚も同様だ。それが霊感だとするなら、人は霊の存在を感じる――霊は、人にその存在を感じさせる!
目に見えないがそこにある――それが、彼には「腕」というかたちで扱えるのだ!
「君たちにはまだ理解できないかもしれないな――だが、理解する前に潰す!」
「そうね――あなたには、彼らが脅威に感じられるのでしょうから」
不意に、第三者の声が響いた。
現れたのは、左目に眼帯をした女だった。ゴスロリだった。
「お前は……『
男の「存在しない腕で掴む」より、更に難解。体感しなければ理解もできない力を持つ――「見せる」力を持つ女。視覚とは本来、像を映す、映像を見るためのもの。腕と違って掴むことは出来ない。しかし、この女の「目」は他者に作用する――
男は思わず目を逸らした。直視してはいけない。けれども、それは防衛本能に過ぎない。防衛には至らない。目を背けたところで、女がその気になれば「見せられる」のだ。男が二人の青年にそうしたように――
「なぜここに」
「この光景が視えたから」
女は微笑む。彼女には視えるのだ。その左目に視力はなくとも、眼帯で覆っていたとしても――心の眼を開けば、視える。見えるとはつまり、理解できるということ! 対応できるということ! 女には男の「見えざる腕」も見えるのだ! 掴み、傷つけることさえ出来る! つまり女の前では男は無力に等しい!
そして女は見通せる。なんらかの脅威に突き動かされてここに来た、ジ・腕の心の裡を!
そして、女は見た。二人の青年を――
「私たちはしょせん、贋作――喪ったが故に補填されたもの。欠けたが故に増強されたもの。本来持っていた五感にプラスアルファされたものであって、真に第六の感覚を得たものではない――」
「何が言いたい……」
男は既に見せられていた――魅せられていた!
女が見るもの、女が目にしているその輝きを! 彼が恐怖していた――畏怖していたものを! それは
腕を喪い、視力をなくした――欠落し、しかし特別になった彼らとは違う。常人から超人へと至った彼らとはまた異なる――
心の力で視えざる腕を使い、心の力で見えぬものを視るように――ヒトは「体」という器官を通し、「心」で世界を知覚する。「心」が「体」を動かし、世界に働きかけ、世界を動かす……!
それはつまり――
「何も喪わずに、そんな……」
「彼らは今、覚醒しようとしている――彼らも喪ったわ。喪ったことによって、新たに得ようとしている!」
「何を喪ったというんだ……!」
「現実感」
女は
遠く、日の光を反射し、人工衛星が輝いている――
「目覚めなさい」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……はっ」
そして、「彼」は目覚めた。
……長い、夢を見ていた。
日本の地方都市の片隅で起こっていた、ある出来事を夢に見ていた。
それは二人の青年の眼から、感覚から、またあるいは片腕の男の、片眼の女の思考から、心の裡から――その光景を己の記憶のように体感していた。
夢――そう、夢である。
しかし、ただの夢ではない。
それ故に彼は、普段は使わない衛星電話に手を伸ばした。
「この世界に今、危機が迫っている……各国の首脳たちに連絡しなければ!」
人は心で世界を知覚する。もしもそれが「感じる」だけでなく、感じさせる――作用するようになったら――
現実と幻覚の境は崩壊する――まるで夢でも見るように、確かなものは何一つ消え失せてしまう!
「その覚醒は――『
まだ、間に合う。
男は予感に従い、行動を開始した。
邯鄲の夢 人生 @hitoiki
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