願いを予感に、あなたを想う。

羽鳥(眞城白歌)

狐っ娘、料理人を心配する。


 僕の直感はよく当たる。悪い予感も、天気が崩れる予兆も、何となくわかるんだ。故郷の島国ではこの感覚を『みかど御告おつげ』っていってたけど、大陸では『精霊の知らせ』っていうらしい。

 魔法は不得意でも精霊は少し見えるから、なんとなくわかる。雨の前は火蜥蜴サラマンドラたちがシュンとしてて、よく晴れた日には風乙女シルフたちと踊っているから。


 孤児だった僕を育ててくれたのは、師匠だった。故郷では名うての剣士で、料理上手。人間族フェルヴァーだけど他種族についても詳しく、僕に処世術を教えてくれた。

 僕のような妖狐ようこ魔族ジェマの一部族で、大陸だと恐れられたり嫌われたりするらしい。

 僕が変化へんげできるようになってすぐ、師匠は狐獣人ウェアフォックスの人を紹介してくれた。いつか大陸に行くようなことがあれば獣人族ナーウェアの振りができるようにと、たくさん練習をしたのを懐かしく思いだす。


 故郷が野盗団に襲われたとき、僕は捕まって海賊に売られ、大陸まで連れて来られた。師匠とはその時に離れ離れになってしまったけど、僕のよく当たる第六感は再会の予感を告げている。

 海賊たちは僕が獣人族ナーウェアだと思っていたから、隙を見て逃げだせたものの、大陸は広く、土地勘がないうえ言語もよくわからない僕が、自力で故郷に戻り師匠を捜すのは難しい。チャンスが訪れたらいつでも走り出せるように、今はここに身を寄せつつ大陸共通語コモンを勉強しているところだ。


 ここ、革命軍の砦に身を寄せるようになったのは、恥ずかしいことなのだけど、お腹が空いて行き倒れてた僕を砦に住んでる料理担当の人が拾ってくれたからだった。

 言葉がわからないって、すごく怖い。

 いろいろ話しかけられても、理解が追いつかないから。


 僕はちゃんと獣人族ナーウェアの振りをしていたのに、なぜかすぐ魔族ジェマだって見抜かれてしまって、でも逃げだすにもお腹が空きすぎて力が出なくって。けっこう反抗的な態度をとってしまったと思うのだけど、彼は僕にごはんを恵んでくれた。

 見かけはちょっと怖いけど、無精髭としかめっ面、案外と優しく美味しい料理を作ってくれるところは師匠に似ていて、つい甘えてしまう。


「ヒナ、今日は勉強熱心だな? おやつ作ってやろうか」


 ほら、こんなふうに、すぐ声を掛けてくれる。

 彼の名前はダズリーというんだけど、みんながダズって呼ぶので僕もそれに倣ってる。ごはんもおやつも何でも器用に作れるダズはここの人気者だ。いつも女の子たちが厨房に出入りしているのに、今日は珍しく来てないみたい。


「おやつ、……大福!」


 師匠のことを考えていたら、師匠の好きだった豆大福が食べたくなっちゃった。つい、口にしてから、しまったって思う。故郷とまったく食習慣が違う大陸では、あちらの食べ物は馴染みがないらしい。

 思った通りダズは困ったように眉をしかめて、テーブルに手をつき僕を見下ろしてきた。


「ダイフク、ってどんなだ? 作り方が分かれば、作ってやるが」

「ん……。もちもちで、甘い……あんこ、包んでて、おまめの」

「もちもち……甘い……アンコ? 豆パンか?」

「んんぅー」


 白いお餅は米の粉から作るけど、どう説明していいかわからない。僕とダズはしばらくうんうん考えたけど、あきらめた。あの甘い餡子がお豆からできているのは知っているけど、何て種類で、どれくらい煮込んだらああなるのかまでは、僕は知らないもの。

 代わりに何か作ると言って、ダズは調理場に行ってしまった。後ろ姿を見送りながら、僕は少しだけ不安になる。


 昔から、僕の直感はよく当たる。生まれた時代が違ったら、みかど御声みこえを聞く巫女として取り立てられたかもしれない、と師匠が言っていたくらいだ。そんな僕の第六感は、ダズにまといつく哀しみの影を感じている。

 いつも優しくて、皆とうまくやっている彼だけど。自分からどこかに一線を引いて、奥に踏み込ませまいとしているように見えるんだ。それが彼の過去に起因しているのかまでは、まだ知らないのだけど。


 いつか、ふいに、あっさりと、全部を……生きることさえも、簡単にあきらめてしまいそうな。

 こんな悲しい予感は当たってほしくないから、僕はもうしばらくここにいて、彼を守ろうと思う。料理の手順はきめ細やかで見た目も香りも味も完璧に仕上げる癖に、身の回りは無頓着でどこか投げやりな彼が、生きるのを楽しいと思えるように。


「ダイフクは分かんねぇが、こいつも美味いと思うぜ。ガレットっていう適当おやつだ」


 葉巻をくわえたダズが、皿の上にこんもりした焼き物を乗せてやってきた。なんか、故郷にあったのっけ焼きを思いだす。

 芳ばしい香りが漂ってきた途端、僕の尻尾がぶわっと膨らんだ。乗っているのはチーズと、卵と、細切れにした野菜と……ひよこ豆?


「麦粉をミルクで溶かして、薄く焼いた生地にいろいろ乗っけてから、胡椒を振って包むように焼くんだ。もちもちしてて、好きなもの乗せられて、小腹が減った時にいいぜ」


 香りからして甘いおやつでは無さそうだけど、どっちだって良かった。熱々の生地で火傷しないよう気をつけながら、先の割れたスプーンを使って丁寧に切りわけ口に運ぶ。

 外側だけはカリッとした食感で、噛み締めればもちもちとした生地が具材を包み込んでいた。野菜がチーズと絡み合い、卵でまろやかな味になっていて、お焼きの仲間みたいだ。


「おいしい……なつかしい!」

「そっか、懐かしいか。それは良かった」


 にへらと笑った顔は師匠と全然違ってだらしない感じだったけど、あれは幸せを感じてるんだって僕の直感が告げている。

 料理を振るまってるときのダズは、本当に幸せそうに見える。いつか彼を故郷に連れていって、あっちのいろんな料理を食べさせてあげたい、と思った。


 世界が平和になるまで、彼らが身を投じている戦いが終わるまで、生き延びたなら、きっとそんな未来が待っているだろうって。

 自己暗示のように、僕は自分に言い聞かせた。

 よく当たると定評のある僕の第六感が、そんな未来を予感できるように。




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願いを予感に、あなたを想う。 羽鳥(眞城白歌) @Hatori

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