第16話

クリスマスプレゼント(後)



「シュトレンはドイツのクリスマスのお菓子なんですよ、お嬢さん。クリスマスの日までこんなふうに毎日少しずつスライスして食べていくんですよ」

「へーそうなんですね。でもお爺さん、どうして少しずつなんですか?」

「だってたくさん食べたくてもだめだよって言われたらまた次の日、早く食べたくなるでしょう。早く明日が来ないかな、早くクリスマスが来ないかなってね」

「ああなるほど!」

「そしてクリスマスの日にはごちそうとプレゼントが待っているんですよ」


八雲先生も話に加わります。

「瑠璃子君、日本にもあるよね。お正月を楽しみにする歌とか」

「もーいく寝るとお正月ー♪」


ナナさんが口ずさみました。


「ホッホッホ

どこの国でも、年に1番の行事はお子たちが待ち遠しいもの。

それがドイツではクリスマスなんですよ」

 

スライスされたシュトレンを少し囓るお爺さん。


「ああこれも素晴らしく美味しい」


洋酒の優しい薫りがほのかに漂います。ドライフルーツやナッツの食味も心地よい。日持ちもするシュトーレンは、日を追うごとにだんだんと美味しくもなるそうです。毎日、少しだけよってお母さんが切ってくれてたんだろうな。

雪の降りしきるお家でシュトーレンを切り分け食べる幸せな家族のイメージが浮かびます。


「うん、これ美味しい」


お爺さんが話されます。

「皆さんもうお気づきのようですが、私はドイツからきた者です」


頷いた八雲先生が、笑顔でお爺さんに問われました。

「ひょっとしてお爺さんはヴァイナハツマンさんですか?」

「はい。たしかに私はヴァイナハツマンです」

「あーやっぱり!」


ナナさんもそう言い、八雲先生も笑顔で頷かれました。

玉ちゃんと天ちゃんはさもそれが当然だと言わんばかりに。平然と食後のまったりタイムに移行しているみたいです。


「八雲先生?」

「瑠璃子君。こちらのお爺さんはサンタさんですよ」

「ええー!?」

「お嬢さん、私はそちらのかわいいお子たちと同じ存在、この国で言う妖精と呼ばれる者なのですよ」

「なぜ日本に‥?」

「ドイツ北部に棲む我らヴァイナハツマンは、クリスマスの夜、良い子にしているお子たちにプレゼントを配っておるのです。ですがある年、1人の仲間のお子が迷子になりましてな。それで私がさまざまな国々を巡って探しておるのですよ」

「えっ?お爺さんはドイツの精霊さんなんですよね?どうしてそれが日本で子ども探しって?」


カフェ 神楽坂にいるうちに。

いつのまにか私、こんな絶対に普通じゃないことにも驚かなくなっていました。だって本当なら玉ちゃんや天ちゃんがいること自体が普通じゃないんだから。



「我らヴァイナハツマンは姿も形も変わらず歳を重ねております。

寿命とされるものも人の数十倍はありますからな。

ただ迷子になってしまったお子が人に宿る子でしてな。クリスマス祭祀のとき、だれか旅人に付いて行ったのか行方不明になりましてな。それでも我らヴァイナハツマン同様にこのクリスマスの1日だけはその子の魂の記憶が蘇るとされておるのです。なので生まれ変わったお子を広く永く探しておりますぞ。

クリスマスの1日だけ、私が近くにおれば、何処かにおるお子の記憶も呼び覚ますでしょうからな。お子の魂を見つけてあげられれば輪廻の輪に戻ることもできましょうからな。

まあ百年の人の生命の長さの何十倍かを生きる我ら。時間の流れもほんの刹那のこと。ですからゆっくり気長に探していきますよ。ホッホッホ

あー良かった。とっても深刻な話じゃなくって。


「ああ雪も上がりましたな。それでは私もそろそろお暇をしますかな」


お爺さんはコートハンガーからコートを羽織り、帽子を被られます。


「爺さん、頑張れよ」

「爺ちゃん、友だち早う見つかるとええなぁ」

天ちゃんと玉ちゃんがお爺さんを激励しています。

「はい、この国の強きお子たち。感謝しますぞ」


「美しいお嬢さん、美味しい紅茶と朝ご飯、ご馳走になりましたな。シュトレンも懐かしい故国の味を思い出しましたぞ」


「お若いの、これからも良き導きを続けられんことを」


「人の子のお嬢さん。貴女にお声かけしてほんに良かったですぞ。貴女の良き気は、まさにクリスマスプレゼントでしたぞ」


「では、お子たちよ。1夜早いですが、Merry Christmas‥」


一瞬、カフェ 神楽坂の中が雪に包まれました。その雪が無くなったと共に、お爺さんの姿は消えていました。

なんだろう。心がぽかぽかとします。

お爺さんのおかげで心の中まで温かな気持ちに満ちているようです。


「メリークリスマス」


「「メリークリスマス」」


八雲先生に続いて、ナナさんと私も自然と口にしていました。




「瑠璃ちゃん、こっちにきてごらん」

「あっ!プレゼントだ!」


いつのまにかカウンターの上いっぱいに、お菓子の山ができていました。

「サンタさんのプレゼントだね」

「私、生まれて初めてクリスマスプレゼントを貰いました!」

「よかったねー」

「ああ、瑠璃子君の家は神社でしたからな」


そんなお菓子の山に玉ちゃんが頭を突っ込んでガサゴソやっています。


「ナナはん、チーズあらへんがな。あの爺ちゃん、チーズ忘れてはるわ」

「そんなプレゼントなんかあるか、阿呆」

「じゃあ玉ちゃんにはクリスマスプレゼントで今日はお昼も夜も賄いにチーズをあげようねー」

「ホンマかナナはん⁉︎おおきに!なんや盆と正月が一緒に来たみたいやわ!」

「玉ちゃん、今日はクリスマスなんだよ」

「あーホンマやわ!」


ハハハ

フフフ

ククク


「はい、じゃあ私から2人にクリスマスプレゼントね」


玉ちゃんと天ちゃんの2人に、毛糸で編んだ手作りの靴下を履かせてあげました。

玉ちゃんには赤色、天ちゃんには緑色の靴下です。


「「瑠璃ちゃんありがとう(おおきに)!」」

「天ちゃんと色違いやん。なんやめっちゃええ感じやなあ」


玉ちゃんと天ちゃん、とっても嬉しそう。

「2人とも良かったね」

「「うん」」





いつしか雪もあがりました。


今日はクリスマスイブ。

お爺さんのお仲間、早く見つかると良いな。



メリークリスマス!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神楽坂七丁目七番地のフィールドウォーカー 教授と私と隠れ家カフェの四方山話 イチロー @iciro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ