猫系不思議ちゃん男子の君に振り回される
虎山八狐
寿観23年3月18日
目まぐるしいアクシデントの結果、私・
私がパソコンの正面に座って、彼が隣の席に座って指さしで教えてくれる。だから、顔は見えない。
でも美青年とは恐ろしいものだ。
顔だけでなく、低い声も美しく、骨ばった手も美しく、爪が切り揃えられた指先まで美しく、挙句の果てに香水のほのかないい匂いがする。
もっと恐ろしいことに彼は桜刃組の組長だ。二十一歳の美青年だけど立派なヤクザだ。
更に恐ろしいことに私は桜刃組の新入りだ。十八歳の女だけど立派なヤクザだ。
何故こんなことになってしまったのか。
今年の初春に働いていた会社が夜逃げした。母が末期がんだと発覚した。母に長年金を取り立てていたヤクザの組・白金会系金剛組が同じ白金会系の別の組のヤクザに乗っ取られた。私はちょうどその日に金剛組の事務所に行ってしまった。乗っ取った側に手を貸していた桜刃組の
我ながら運命の数奇さにもはや呆れる。
でも私よりもっと数奇な運命の人がいる。
それが私達に対面するように座る
ふんわりとした癖毛の前下がりボブに大きな垂れ目の可愛らしい顔に華奢な体。美少女っぽいけど美青年だ。彼はカタギだ。私と同い年で今年の四月から立派な男子大学生だ。
彼のおうちの剣道道場が桜刃組に莫大な借金をしている。その縁で前組長の息子の在さんとは幼馴染だ。在さんが組長になった二年前から桜刃組を手伝っていた。在さんのボディーガードとしてそれなりに知られているらしい。私が来た頃にはもう距離を置き始めていたので、その腕前は見たことが無い。掃除等の雑用をやったり、私に教えてくれたり、世間話したりしかしていない。
今だってのんびりと文庫を読んでいる。
それにしても分厚い文庫だ。文学部に進むだけある。
焔さんは私の視線に気付いたらしく、私を見返して本を閉じた。代わりに口を開いた。でも、すぐに閉じて電話の隣にあるペンとメモを手繰り寄せて構えた。左手を電話の受話器に置いた途端、電話が鳴って即座に出た。ワンコールどころの話ではない。慣れた調子で応対しながら、すらすらとメモをとっていく。
どうやら相手は一ノ宮さんらしい。
東京に行ってるけど、スカイツリーは見たのだろうか。今どれぐらいの高さなんだっけ。東京タワーは越したのだろうか。
そんなことを考えている間に電話は終わって、焔さんはメモを千切って身を乗り出して在さんに渡した。
電話の内容に関係のない一言を添えて。
「
「そう」
在さんは平然と応えたが、私はそうはいられなかった。
「何で分かったの?」
「何でだと思う?」
まさかの質問返し。
黒目がちな大きな双眸に見つめられると、じりっと不思議パワーを感じた。
「……第六感ってやつ?」
質問返し返しすると、焔さんは半眼になった。
「足音がした」
耳を澄ませてみるが、聞こえない。首を捻ると、在さんが補足してくれた。
「一階の音を聞いたんでしょう。今はエレベーターに乗ってるんじゃない」
焔さんは肯いて、私に話しかけた。
「できるようになりなよ」
「いや、無理でしょ」
「電話が着信する直前の音も聞こえないんでしょう。聞こえるようになりなよ」
「聞こえないものは聞こえないんだが」
「じゃあ第六感とやらを目覚めさせれば」
何だこの無茶苦茶な人は。腹が立ってきていると、在さんが割って入った。
「別に要らない。焔のそれは凄いけど、他人に求められるものじゃないもの。西園寺には他のことを頑張ってもらいたい」
優しいフォローに感激して、むすっとした焔さんから在さんへと視線を映してしまった。
間近に人形みたいにはっきりとした美貌を直視してしまった。
しかも、妖艶な狐目は私に向けられている。
鼻辺りまであるワンレンが一部を隠す形の良い眉は心配そうに下げられている。
キュンを通り越したギュンというときめきが体を走り抜けた。
むしょうにこの人の役に立ちたくなって、同時に恥ずかしくなってテンパって言ってしまう。
「いえ第六感に目覚めてみせます! 焔さんより早く電話に出てみせます!」
在さんは瞬き、眉をさらに下げた。
「……今教えていることに集中しましょうか」
彼の手がパソコンを見るよう促した。
爆発しそうな頬の熱に耐えながら正面を向く。
焔さんの眇められた目と目が合った。
言葉を待ったが、彼は本を読み出した。
難しい人だ。
猫系不思議ちゃん男子の君に振り回される 虎山八狐 @iriomote41
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