さよならへと向かう、あまりにも短いカウントダウンが始まる日 〜虫の知らせ〜

マクスウェルの仔猫

第1話 予感

 朝、うなされて目が覚めた。

 怖い夢を見たのかもしれないけど、内容は全く思い出せない。


 ただ、頭に残る重い感覚と、ザワザワした感じが気持ち悪い。1日の出だしから、最悪だ。


 憂鬱な気分で学校の駐輪場に自転車を止めたところで、香菜が歩きで近づいてきた。


こころ、おっはよー!…ひっ?!」

「おはよ…変な夢見たらしいのと、何か落ち着かない」

「心かと思って挨拶したら都市伝説だったからビックリしたよ!…大丈夫?」


 心配は嬉しいけど、せめて都市伝説は取り消せ。

 しかも、そのもの呼ばわりだし。


「わかんない。大人しくしてるよ」

「そういうのって何かさ、虫の知らせとかじゃない?虫除け買ってこようか?」

「それ、虫の襲撃じゃないの?」


 ありがとう、親友。

 思わず笑っちゃったよ。

 


 ●



 教室について、机に突っ伏す。

 香菜のおかげで、少しだけ気持ちが回復した。


 だけど、もし。

 

 心配になり、思い当たる節を考えてみる。


 田舎のお爺ちゃんお婆ちゃんとか大丈夫かな、父さん、母さん、は大丈夫かな、帰り道、気をつけて帰ろうかな、とか回らない頭で考える。


 赤崎は、まだ教室には来ていなかった。アイツといつもの馬鹿話でもすれば、ちょっとは気が晴れるかもしれないのに。そんな事を考えていると、チョンチョンと頭を突付かれた。


「心、お客さんだよー」


 香菜の視線を追うとその先には、ひと月前に理由で仲良くなった女子、美優がいた。


 どくん。


 早くなった鼓動と共に、虫の知らせはこの事だったのかと何の根拠もないのに確信をした私は、その子の所へと向かったのだった。



「間に合ったぜ!あっぶねー!」


 しばらくして、赤崎が教室に駆け込んできた。

 朝練の時はいつもこうだ。頭をペシリと叩かれる。


「よっす」

「うん」

「……?元気ねーな。体調でも悪いのか?ポカリいるか?」


 こんな時に不意打ちで優しくして来んなよ!と色々こらえつつ、顔を上げて私は赤崎に聞いた。


「赤崎。……放課後時間ある?」


 ●


 結局、私は昼前に体調不良で早退した。


 

 うちに戻るとお母さんに病院に連れて行かれそうになったが、少し落ち着いてきたから横になりたいと言うと、様子を見てから階下に降りていった。


 でも。

 私の心は荒れ狂っていた。



 美優が赤崎に告白する。


 それは一ヶ月前から、いつかその日が来るとわかっていた事だった。


 他のクラスの美優に初めて声をかけられた日、『もし神崎さんが赤崎君と付き合ってないのなら、赤崎君の事を教えてほしい。決心がついたら告白したい』そう言われたのだ。


 私は、馬鹿だ。美優に協力を求められるまで、自分の赤崎への気持ちにちゃんと気付いてなかった。


 それだけじゃない。その後は、自分の気持ちにフタをしてしまった。


 そのくせ、赤崎から好みのタイプとか彼女が欲しいかとか少しでもヒントを聞き出した日には、どこかしら近付けようと毎日努力してた。


 今さら、私も赤崎が好き、なんて言えるはずないのに。


 赤崎の言った言葉が、頭の中をくるくる回る。


 "彼女?そりゃ欲しいだろ!"

 "理想の彼女?うーん……できれば髪が長くてサラサラしててな?笑顔が可愛くて、優しくて……"

 "俺の馬鹿話を含めて、会話で一緒に盛り上がれる彼女とか最高だな!"

 "剣道部の試合とかも弁当持参で応援とかしてもらえたら、俺絶対燃える!"


 そんな言葉を聞いた私は。


 長いとは言えない髪をサラサラにしようと頑張った。

 髪留めを赤崎の好きな色に変えた。

 少しずつ言葉遣いを変えようとした。


 スカートの長さも、好みの香りも、メイクも、ネイルも、趣味も、料理も、笑顔の練習も、もう本当に今さらなのに。


 何よりも、赤崎から聞いた理想の彼女の姿は、美優の姿と重なっていくだけだった。


 赤崎は、きっと美優と付き合う。

 明日には、彼女募集中のアイツはもういないんだ。

 

「う、うう〜。うえええ…」


 我慢していた涙が、溢れていく。


 自分への怒りと、赤崎が他人の彼氏になるという現実と、赤崎の笑顔とか色々な何かが私の中で重なって、私は悲しくて声を上げて、泣き続けた。


 ●


 泣き疲れて寝てしまったらしく、起きたら夕方だった。


 目の周りがヒリヒリして、視界が狭い。

 起き上がって、部屋の鏡を見た。


 (ひっどい顔…)


 泣きに泣いた人間の顔がそこにあった。

 

 明日までに腫れ引くかな、でも学校行きたくないな、などと思っていると、買い物から帰ってきたお母さんがやってきた。


「心、体調はどう…アンタその顔?!」

「…めちゃめちゃ泣いただけ。もう多分大丈夫」

「大丈夫、じゃないわよ!何があったの?!」

「失恋しただけ、超特大の」

「…だったら、話は後!まずは顔を冷やしなさい!!」


 お母さんは慌てて階段を降りていった。ごめんね。




 その後、リビングで顔を冷やしつつ、お母さんの事情聴取に仕方なく付き合っていると、呼び鈴が鳴った。


 モニター越しに話をしていたお母さんが、困り顔で私に告げた内容は。


「アンタにお客さん。赤崎君って男の子と戸倉さんって女の子。この子達って…」


 赤崎と美優?!頭の中が真っ白になった。

 まさか、付き合う事の報告とか…?


「どうする?今日は申し訳ないけど帰ってもらう?」


 お母さんが、私を気遣って声をかけてくる。


「……………会う」


 私は声を振り絞って、お母さんに告げた。


 別に「会いたくない」でもいいのかもしれない。

 でも、赤崎との"さよなら"をここで、キチンと受け止めなければいけない気がしたから、会うことに決めた。


 お母さんに挨拶をしてリビングに入って来た二人は、私の顔を見て絶句する。

 は、恥ずかしい。


 先に話し始めたのは、美優だった。


「赤崎君の話を聞いて、絶対に心を引っぱたいてやる!と思って来たけど、その顔を見たら何も言えないよ。ごめんね、ありがとう」


 ありがとうはわかるけど、何で引っぱたかれなきゃいけないのか。


「詳しい事は、赤崎君から聞いて?あとよかったら、これからも友達でいてね」

「う、うん…」


 よくわからないまま、美優はお母さんに礼を言い帰っていった。


 

 黙ったままだった赤崎は、少しの沈黙の後、ようやく話し始めた。


「神崎がここんとこ、彼女が欲しいかとか好みのタイプとか聞いてきた理由が今日やっとわかったよ」


 赤崎はジト目で私を睨んでくる。私は言葉が出ない。


「放課後、戸倉さんに告白された」

「…うん」

「好きな人がいるからって断った」

「…は?」


 まさかの発言に、自分でも驚くくらいの大声が出た。


 お母さんが何事か、とキッチンから覗いてくるのを、両手を突き出して抑える。


 ああ、それを私が知らないはずがないと思って、美優は怒ってたのか。それは怒るだろう。でも。


「だったら、好きな人がいるって話してくれてたらよかったのに。初耳だよ」


 今度はこちらから赤崎をジト目で睨む。


「本人に?」

「本人?」


 何いってんだコイツ、と腹立たしさを隠すのをやめて、更に睨む。


「はぁ…ここまで言ってもダメか。よし!」


 赤崎はキッチンの方をチラリと見た後こちらに向き直り、真っすぐに私の顔を見た。


「神崎、好きだ。付き合ってくれ」

「は?……はあああああああああ?!」


 私の大絶叫に、お母さんも今度は駆け寄ってきた。


「神崎…さんのお母さんも聞いてください。ここ一ヶ月の間、神崎さんに、好みのタイプや彼女が欲しいかとか聞かれて、俺が思ってる神崎さんのいい所や自分の気持ちを頑張って伝えてたんだけど」

「だってだって!髪長くないし女の子女の子してないし他の事も私に全然あてはまってないじゃん!」

「俺から見た神崎さんのイメージと、後は自分の理想像も言ってた。流石に恥ずかしいから流れで告白なんてできなかったけど、失敗だった。戸倉さんにも神崎さんにも悪い事した、すまん」

「あらあらあらあら!まぁまぁまぁまぁ!」


 お母さん、ドラマを見るような目やめて!ホントやめて!



「そ・れ・でぇ〜……心は赤崎君の事、どお思ってるの・か・なあ〜?」


 さっき話したでしょ?!わかってるでしょ?!

 

 んで、その言い方もすっごい腹立つ……!!


 でも……でも。

 もうダメだ。


 ココで言わなきゃ、答えなきゃ。

 自分の気持ちを隠して泣くのは、さっきまでで終わり。


「私も…私…赤崎が好き。付き合ってほしいです」

「よっっっっっ…しゃー!!!!」

「きゃーーーーーーー!!」


 赤崎とお母さんの絶叫は、ほぼ同時だった。

 私は手で顔を隠して、下を向くしかなかった。


 その夜、神崎家では赤崎とお母さんと、帰宅したニヤニヤ顔のお父さん、ニコニコ顔の弟を巻き込んだ夕食会が開催された、です。はい。


 ●


 私は今日、赤崎の応援で剣道の大会の会場に来ている。


 赤崎は、何と個人戦団体戦ともにベスト8まで勝ち残り、準々決勝に備えてお昼御飯を一緒に食べるところ。


「いやー!彼女の声援!彼女の手作り弁当!勝ち残り!最高だわこりゃ!!」

「赤崎!声!声ぇ!おっきいよ!!」


 私は必死で赤崎を宥める。しかし赤崎は止まらない。


「おにぎりうっま!唐揚げうっま!」

「馬鹿あああぁ…(涙)」


 しかし、お弁当を美味しいと言われて嬉しい私は、改めて赤崎に声をかける。


「赤崎、いっぱい食べて午後も頑張ってね。でも、怪我はやだよ?後、目いっぱい応援するから」


 そう声をかける私に、赤崎はいたずらっぽく笑って、問いかけてきた。


「ん?赤崎?」

「…」

「あ〜か〜ざ〜きぃ?」


 私は、伝えたい事を我慢する事は、もうしないんだ。

 だから。


「頑張ってね!さ、さとりゅ…」


 私は、慣れない名前呼びを照れと緊張で噛んだ。


「二度美味しい!よっしゃー!!!」

「馬鹿あああぁ…!(涙)」


 

 私、香菜、美優の声援効果があったかどうかは別として、うちの高校と悟はこの日、団体戦と個人戦の両方で関東大会出場を決めた。


 もっともっと勝ち進んで、私をもっともっとドキドキさせてくれそうな、そんな予感がした。



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