HSP

コラム

第1話

わたしの知り合いには、毎日が楽しくてしょうがないと言っている奴がいる。


仲間内で集まるときにも、訊いてもいないのに仕事は楽しいと必ず口にする。


誰かが仕事なんかしたくないと口にしようものなら、待ってましたとばかりに声を張り上げて喋り出す。


その様子は、まるで食べる物を見て飛びつく餓鬼のように見えた。


楽しい楽しいと口にするそいつは、スタジオミュージシャンとして生計を立てている。


わたしたちの集まりは元バンドをやっていた人間たちで、そいつだけが音楽でメシを食えていた。


全員が年齢を重ねてからバンドを辞め、今ではやりたくない仕事についている。


そいつだけが演歌歌手やアイドルのバックバンドをやっていて、他人の金で好きなギターを弾いて、しかも給料までもらえることが楽しくてしょうがないのだそうだ。


集まっている誰もがそいつのことを羨ましいと思っていた。


インディーズではなく商業――メジャーの会社や事務所に所属しての音楽活動は、地道にライブハウスを回っていたミュージシャンなら誰でも憧れる。


仲間内から出た唯一の成功者といえばたしかにそうなんだけど、わたしからはとてもそいつが楽しそうには見えない。


それは、わたしにはなぜか昔から、人が何を感じているのかがわかるからだった。


そこに理屈はなく、ただなんとなくわかるとしかいえない。


きっと第六感というやつなのだろう。


最初はこの第六感をあまり当てにしていなかったのだけれど。


子供の頃からの経験で、例えば――。


泣いていた人が実は悲しくなくて、内心では笑っていたとか。


怒鳴り散らしている人が実はその行為を喜んでやっていたなど。


その他にも多くの人のケースから、今ではほぼ100%この第六感を信じている。


「他人の金で飲む酒がサイコーなように、他人の金でおまけに金までもらっちゃって働けるなんて楽しくてしょうがないよ。プロのスポーツ選手とかさ、今ではeスポーツの選手とかYoutuberなんかと同じだよね」


そして、今まさに目の前でそいつがガハハと笑いながら言っている。


何度も聞いたフレーズに苛立つわたし以外は、皆羨ましいと口にしている。


正直うんざりする。


楽しくてしょうがない人間は、自分から率先して楽しいなんて言わない。


自分がどれだけ幸せなのかを口にするような奴の多くが、自分に言い聞かせてる人間がほとんどだ。


わたしはそいつのことを見つめた。


口角が普段以上に上がり、笑えば細くなるはずの両目は大きく開いている。


わたしの第六感がいうに、その瞳の奥からは寂しさが溢れていた。


本当は地方を回る演歌歌手や売れないアイドルのバックバンドなどやりたくないのだろう。


こう見ると成功したと思われる人間も大変だ。


精一杯自分は満足しているとアピールせずにはいられないなんて、まるでピエロそのもの。


泣きながら皆自分を見て喜んでくれと無理に笑っているようにしか見えない。


わたしは成功こそできなかったけど。


それをただ羨ましいともてはやすような人間にはなれなかった。


だけど、これも所詮は負け犬の遠吠えでしかないことはわたしが一番わかっている。


でも、好きなことをして生きていくのは、楽しいとか幸せとかじゃない。


ただ夢中になっている状態なのだとわたしは思う。


「あれ、もう帰るの?」


「うん、ちょっとやることあるから」


わたしは用事があると嘘をついて集まりから帰った。


そして、もう二度とこの集まりには来ないだろうと思いながら、家に戻ってからネットにあげる曲のことを考える。


誰にも届かないかもしれない曲を今夜もまた作り続ける。


自作した音楽を誰かに聴いてもらって、しかも反応があればたしかに嬉しい。


だけど、少なくともわたしにとっては、創作ってそれだけじゃないんだ。


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