アホの子探偵・ミズキ
佐倉伸哉
本編
都内の大博物館に展示されていた、時価8億円の貴重なコインが
異変に気付いた館員は直ちに警察へ通報、館内に設置された防犯カメラの映像や警備員の証言から、3名の容疑者が浮上した。
1人目は、館長の小早川。60歳男性。第一発見者であり、このコイン展示に尽力した人物だ。来月に定年を迎える事から、この企画を花道にしたいと周囲の人々に話していた。開館中だけでなく閉館後もコインの様子を小まめにチェックしていた。
2人目は、清掃員の服部。38歳女性。世界的にも貴重なコインを見たさに多くの来館者が訪れ、比較的汚れが多い展示フロアへの出入りが特に多かった。仕事熱心な性格で、かなり細かい頻度で清掃に来ていた。
3人目は、無職の高木。39歳男性。“コイン収集家”を自称するが、小太りで眼鏡に頭にはバンダナを巻いており、典型的なコアなオタクっぽい
この事件の捜査の指揮を執る
他の二人も消失した時間帯にガラスケースの近くに居た事は確認されたが、確証となる映像や目撃者は無かった。
いずれの三人も、シロともクロともつかない。事件は
「ちわーっす、目白っち」
粛々と捜査が行われている雰囲気をぶち壊すような、軽い感じで入って来た一人の女性。かなりカジュアルな恰好、口にはスティックキャンディが
その後ろには、堂々と入って来た女性とは対照的に「すみません、すみません……」とペコペコ頭を下げながら追いかけるスーツ姿の男性。
「貴様っ、どうやって中に入ってきたんだ!?」
女性の顔を一目見るなり噛みつく目白警部。そんな剣幕にもケロッとした顔で女性は応じる。
「え? 目白っちの名前出したら入れてくれたよ?」
その返事に、二人を案内してきた警察官が、おずおずと訊ねてきた。
「あの、目白警部のお名前を出されたので、てっきりお知り合いの誰かと……」
「バカモン! コイツはな、面白そうな事件があるとフラフラやってくる厄介者だ!」
そう、この女性こそ、警察界隈で近頃話題となっている人物。科学的見地一切無視で第六感だけを頼りに犯人を導き出す、“見た目は大人・頭脳は子ども”、人呼んで――アホの子探偵・ミズキ!
証拠品を勝手に漁ったり、警察関係者の了解を得ずに聞き込みをしたり、そうかと思えば興味を失って休憩スペースでゴロ寝したり。あまりに好き勝手に現場を荒らし回るので、警察関係者はミズキの事を影で“アホの子探偵”と呼んでいた。加えて、漢字が読めなかったり人の名前をよく間違えたりするので、実際にアホの子でもある。
一方の、後ろに控える男性。こちらはミズキの助手(に勝手にさせられた幼馴染)のリョウ。こちらは常識人で、好き勝手動き回るミズキの後ろについて尻拭いをさせられている苦労人だ。ミズキがブラックリストに入らないのも、このリョウの影ながら支える部分がかなり大きい。
「で、どんな感じ? 誰が犯人っぽいの?」
相手が目上の警部であろうと、言葉遣いを改める様子が全くないミズキ。そんなミズキにイライラが募る目白に、リョウは平身低頭で改めて事情を伺う。
「目白警部、いつもいつもお世話になっております……捜査状況について、教えて頂けないでしょうか?」
「……容疑者は3人にまで絞り込めた。だが、決定打がない」
渋々といった態で状況を簡潔に説明する目白警部。一応、ミズキが関わった事件は解決する事案が多いので、迷惑ではあるが捜査に加わる事を黙認している。……進んで呼ぼうとは絶対に思わないが。
「え、誰誰? 写真見せてー」
自由人のミズキは捜査員から3名の写真を勝手に受け取る(もとい、奪い取る)と、人相を確かめる。
「この中でも一番怪しいのは高木なんだが、アリバイはあると言うが証明する人が……」
「あ、このオタクっぽい人? アタシは違うと思う」
目白警部が喋っている途中で、遮るように断言するミズキ。あんぐりと口を開ける目白警部へ畳み掛けるようにミズキは言う。
「だって、コイツ明らかにビビりっぽいじゃん。8億円もするコインを盗むみたいなヤバい事なんて出来そうにないって」
散々に
「……では、そんなご聡明なミズキ様は、誰が犯人だとお思いですかな?」
若干青筋を立てながら訊ねる目白警部。あまりにメチャクチャな言動に頭から湯気が出そうな程に苛立っている目白警部とは対照的に、パッと指を差した。
「このおばさん」
ミズキが示したのは、服部。確かにガラスケースの周囲をうろつく姿は防犯カメラにも捉えられているが、モップ片手に床を掃除したりガラスケースを雑巾で拭いたり、清掃員として仕事をしているだけで不審とは思えない。
「どうして、彼女が犯人だと?」
「アタシの勘」
ミズキが即答したので遂に怒鳴りつけようかと息を吸い込んだ目白警部に、さらに続ける。
「……っていうのもあるけど、この人、明らかにやつれているっしょ。もしかしたら生活に困っているんじゃない? 多分だけどね」
「貴様っ……ペラペラと勝手な事ばかり言いおってからに……」
「目白警部、お気持ちは確かに分かります。しかし……ここは私の顔に免じて、話を聞くだけでもして頂けないでしょうか? お願い致します……」
ミズキの第六感で事件が解決した事例も幾つかあったので、リョウ必死の取り成しもあって目白警部は無駄足かも知れないが事情聴取をしてみる事にした。
「――すみません、私がやりましたっ……」
捜査員が『関係者全員に聞いていますので』と前置きをした上で事情聴取を行うと、開口一番に服部は自らの犯行だと自白した。
「育ち盛りの子どもを3人抱えていて、生活が苦しくて……でも、清掃のパートだけだとどうしても足りなくて……だから、つい魔が差してしまいました……」
服部の自供はこうだ。
ガラスケースに付く指紋を拭くフリをして、ケースの中に手を入れてコインを盗み出す。防犯カメラに背を向ける形で犯行を行ったので、映像には掃除をしているようにしか見えなかった。
その時には周囲に観覧者も大勢居たが、清掃員の服部に注目する人は居なかった。ガラスケースの近くに服部が居ても、雑巾を手にしているから「掃除をしているんだな」程度の認識しか持たなかったのだ。
服部が自白したのを受け、控室にある服部のロッカーの中を捜索した結果、盗まれたコインを無事発見する事が出来た。証拠が発見された事から、服部は窃盗の容疑で逮捕された。
「ふっふーん、アタシの第六感も凄いものでしょー?」
「はいはい、そうですね」
図らずも事件解決に貢献したミズキは、自分の手柄だと有頂天になっていた。長々と続く自慢話に、リョウは溜め息をついてこう言った。
「……靴が左右バラバラじゃなければもっと説得力があるんだけどね」
「うっ! お、オシャレよ! オシャレしないリョウには分からないんだからね!」
ブーツとスニーカーで違うって、明らかにオシャレの範疇ではないと思うのですが……。トドメを差す事になりかねないので、リョウは黙っておくことにした。
アホの子探偵・ミズキ。今日も面白そうな事件を求めて、ウロウロする!
アホの子探偵・ミズキ 佐倉伸哉 @fourrami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます