ひとりで無双は難しいので二人で無双を目指します

田中勇道

ひとりで無双は難しいので二人で無双を目指します

 人気ひとけのない高原。いつもはまばゆく映る太陽がワイバーンの翼によって隠れていた。体長は十メートルほど。上級ドラゴンに比べればかなり小さい方だが、人間が対峙たいじするには充分すぎる大きさだ。


「エミル、準備はいいか」


 少年――レンの言葉に、エミルと呼ばれた少女が頷く。ワイバーンはギロリと睨み付けるように二人を見た。エミルは全神経を集中させてタイミングを見計らう。モンスターとの戦闘は何度も経験している。彼女はワイバーンが飛行すると同時に敵を指差し、唱えた。

 

「ダウン!」


 途端、ワイバーンは一気にバランスを崩して地面に落下した。大きな地響きと揺れでエミルも倒れそうになる。レンが咄嗟に支え、右手を相手の翼に向けた。絶好のチャンスだ。


多重マルチ火炎ライド!」


 大量の火球がワイバーンの翼に直撃する。魔力を消費は激しいがこれでもう飛ぶことはできまい。

 攻撃を終えるとレンは震えるエミルの手を引き、すぐさまその場から離れた。逃げるが勝ちだ。




「は~、遭遇したときはどうなるかと思った。……私たち勝ったんだよね」

「負けてたらこうやって話せてないだろ」

「それはそうだけどさ、なんか実感がないっていうか……。あと怖すぎてあんまり記憶ないの」

「よくそんな状態で詠唱できたな」


 レンは素直に感心した。エミルがワイバーンの動きを止めてくれたおかげで戦闘時間を短くすることができた。長期戦に持ち込まれたら厳しかったかもしれない。

 

「つーか、お前の能力ってどんなモンスターにも効くのか?」

「え、どうなんだろう。普通に効くと思うけど……あ、でも実体がないモンスターは微妙かも。ゴーストとか」

「なるほどな」


 エミルの能力は敵の五感を著しく低下させることができる。ただし、丸一日経てば自動的に回復する。

 一方のレンは火球の大きさを自由自在に変えることができ、複数の火球を一度に放つことも可能である。

 二人はもともと単独で行動していたが、偶然出会ったレンをエミルが誘ったのだ。エミルの能力は強力ではあるが攻撃技ではないので、彼女は専ら逃げるために使っていた。逆にレンはモンスターとの戦いでよく怪我を負っていた。そのため彼女の能力は大きな助けになる。レンはすぐに了承した。

 

 高原が見えなくなり、エミルがお腹が減ったと言ってきた。どこかで昼飯でも買おうかと思った矢先、小さな武器屋が目に留まった。


「ちょっとレン」

「少し寄るだけだって」


 レンはどうにかエミルを説得して武器屋に入った。店主らしき女性が二人を迎える。


「初めて見る顔ね。隣にいるのは恋人?」

「あ、いえ、こいつはただの連れ……」


 その先を言う前にエミルがレンの足を踏みつけた。相当機嫌が悪いらしい。


「私たち旅をしている者でして、護身用のナイフとかないかな~って思って寄ったんですけど……いいのありますか?」

「悪いけどナイフは売ってないの。短剣ならあるけど」


 傷む足をさすりながらレンは二人の会話を聞いていた。できれば聖剣がいいが素人が手を出すべき代物ではない。


「少し見させてもらっていいですか」


 レンが言うと店主はひとつの短剣を見せてくれた。年季が入っていてすぐに折れてしまいそうだった。だが、


(何も持ってないよりはマシか)


「これいくらですか」

「あら、買ってくれるの?」

「はい。持ってて損はありませんから」

「ふぅん」


 奇妙な笑みを浮かべる店主に少し寒気を感じた。代金を払い、店を出ようとしたところでレンは呼び止められた。


「なんですか」

「キミ、あの女の子とどういう関係なの? やっぱり恋人?」

「そんなに深い関係はないですよ。会ってまだひと月も経ってません」

「な~んだ。期待してたのに」


 何に? と訊こうとしてやめた。話が長引いてしまっては困る。

 

「あ、そうそう。この街、モンスターが出やすいから気を付けた方がいいわよ」

「モンスター……ですか」

「ええ。まあ大半はゴブリンとかスライムみたいな雑魚ばっかりだから、心配しなくても大丈夫だと思うけど」

 

 レンは店主に礼を言って武器屋を出ると、ひたいを押さえて深いため息をついた。


「……来るとこ間違えた」


 


 

「レン早く! 来るの遅い!」


 二人が合流したのはワイバーンと戦闘した場所から三キロほど離れた田舎町だった。これまた人気がない。


「……なあ、もう少し人のいるところ行こうぜ」

「え~? 私、人の多いとこ苦手なんだけど」

 

 エミルは渋い顔で言うがレンは心が落ち着かなかった。店主の話が本当ならばできるだけ安全な場所に移動した方がいい。

 

 ふと、謎の金属音と悲鳴が聞こえた。音の方向に視線を向けると、腕から血を流した男が肩で息をしながら走ってきた。後ろからスケルトンが追ってくる。しかも体が骨ではなく刃になっていて、ところどころに血が付着している。


「くそっ、遅かった」

「何? あのスケルトン」

「エミル! 下がってろ!」


 一日に二度もモンスターに遭遇するとはまったくツイてない。レンは左手で短剣を持ちスケルトンと距離を取る。ワイバーンとの戦いで消費した魔力がまだ完全回復していない。レンは小さく舌打ちした。


「ダウン!」

 

 後方からエミルの声が聞こえた。術を使ったのか。しかしスケルトンに変化は見られない。


「ウソ……なんで?」


 エミルが困惑した表情で口を押さえる。術がスケルトンに的中しなかった、もしくは単純に効かなかったのか。よく考えればスケルトンは骨(今は例外だが)だけで形成されている。つまり感覚器はない。


(じゃあ、こいつはどうやって敵を察知してんだ?)


 人間の五感とはまた別の感覚を備えていると考えるのが妥当だろうがそれが何かわからない。

 レンは無詠唱で火球をスケルトンに向けて放った。スケルトンは避けることなく真正面から攻撃を受けた。傷はついていないが攻撃を続けば刃を錆びらせることはできるはずだ。

 ただ、超高温の熱を浴びせるとなると周りにも影響が出る。


「……時間かかりそうだな」


 レンは短剣を右手に持ち替えスケルトンと対峙した。これは長期戦になりそうだ。



 


 エミルは戦闘の様子を眺めながら熟考していた。スケルトンの持つ感覚はモンスター独特のもか、それとも人間の第六感に近い概念なのか。どちらにせよ、レンにこれ以上の負担をかけないためには自分の能力が必要だ。


「あっ!!」


 レンの太ももにスケルトンの攻撃が当たった。レンの顔がはじめて歪む。

 その瞬間、エミルの中で何かがプツリと切れた。無意識でスケルトンを指差す。


「……オール」


 レンが視線をこちらに向けた。今助けるから、と呟き、唱えた。


全感覚遮断オールブロック!」




 レンはエミルの詠唱を聞いて一瞬唖然とした。


(全感覚の……遮断?)


 すばしっこく動いていたスケルトンの移動速度が急激に落ちた。レンは短剣を振るい、スケルトンの刃を一本飛ばす。呼応するように他の刃が外れていく。目の前にいたモンスターの体はあっけなく崩れた。





「本当にありがとうございました!」


 スケルトンに襲われた男は二人に深々と頭を下げた。エミルは困惑し、レンは苦笑する。


「お二人とも能力者だったんですね。過去にも能力者に会ったことはあるのですが、火球を操る方ははじめて見ました」

「意外ですね。俺みたいな能力者は結構いるんだけど」

「ところで彼女の能力は? 『ダウン』とか『ブロック』なんて聞こえましたが」


 エミルとレンは顔を見合わせる。エミルの能力を他人に教えるのはよくない気がする。能力を持たない人間にはエミルの感覚低下は恐ろしく感じるだろう。


「それは、ええと……私のスキルはモンスターの身体能力を下げるんです。効かないモンスターもいますけど……」


 間があったからか男はわずかに訝しげな表情を見せたが、言及はしてこなかった。

 男と別れた後、レンはふいに呟いた。


「……お前、さっきの何だったんだ」

「さっきって?」

全感覚遮断オールブロック、初めて聞いたぞ」

「ああそれね。正直、私にもわからない。本能って言うのかな。……ううん、言葉では表せない感覚だった」

「そうか」


 長い沈黙。数秒経ってエミルが口を開いた。


「これって全感覚だから痛覚を和らげたりもできるのかな」


 嫌な予感がする。というか嫌な予感しかしない。

 レンは一気に駆け出してエミルから離れた。本能が告げている。今すぐ逃げろ、と。


 


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