蟲系モンスターに虫の知らせはあるのか調査してこいと、王様からムチャブリされました

雪車町地蔵

第一話 蟲系魔物の虫の知らせ

蟲系むしけい魔物モンスターには虫の知らせがあるかどうか、調べてこい」


 王様は、私を呼び出すなりとんでもない無茶苦茶を言い放った。


「虫ごときにも第六感があるのか、わしは大変気になる。もしもこの謎を解き明かしたなら、ファルーブル、貴様には望む限りの財を授けよう。しかし、もしも何の成果も上げられなければ……解っているな?」


 そんな脅し文句とともに。

 一介の魔物学者たる私、ファルーブル・シタンは、蟲系魔物の第六感に関する調査のため、旅立つことになった。


 蟲系魔物の宝庫といえば、言わずと知れたジーフ大樹海である。

 いまだ研究者の知らない新種の魔物が毎年のように発見される彼の地ならば、あるいは王様の無理難題を突破する鍵があるかも知れないと、私は考えたのだ。


 ひと月近い旅路のすえ、私は大樹海の入り口まで辿り着いた。


「おや?」


 さて、いよいよ調査開始とえりを正したところで、喧噪けんそうが聞こえてきた。

 音がした方を見遣ると、無数の鳥たちが〝なにか〟を狙って争っているところだった。

 鳥たちの足下には、ボロボロになっている蜘蛛が一匹いて――


「見捨てるのも、寝覚めが悪いですしね……」


 それ以前に、蟲系魔物の調査をしようというのに、その眷属かも知れない蜘蛛を見殺しにしたとなれば、いろいろと今後に差し支えるだろう。

 そんな打算的な気持ちから、私はそのへんに落ちていた棒きれを拾い、鳥へと挑みかかったのだった。



§§


 メッチャ負けた。

 鳥じゃなくて鳥系魔物だった。

 私はフルボッコされてしまった。

 命からがらその場から逃げ出し――蜘蛛は私が戦っている間に姿を消していた――森の中へと入った私は、あっさりと遭難そうなんした。


 フィールドワークは得意なつもりだったが、大樹海を舐めていたのかも知れない。

 鳥たちに装備のほとんどを駄目にされたことも一因だった。


 もはや、右に行けばいいのか、左に行けば森から出られるのか、それすらも解らない。

 困っていると、日が暮れてきた。

 いよいよ諦めかけたとき、闇の中に淡い光が灯った。


 まるで篝火かがりびへと引き寄せられるように、私の足は自然とその光へと向かう。

 辿り着いた先にあったのは、古びた小屋だった。


 現地の誰か――猟師達が休憩所として使っているのか?

 こんな森の奥で?

 しかもこんな時間に灯りを?


 瞬時にいろいろなことを考えたはずだったが、疲労と安堵が、理知的な思考などかき消してしまった。


 私は、小屋の扉をノックし、返事を待たずして開いた。


「――あら、どなたかしら?」


 美しい、娘がいた。

 射干玉ぬばたまのような黒髪に、細く長い手足を持つ、奇妙な色香のある娘。


 不自然といえば不自然。

 奇妙といえば奇妙。

 こんなところにいるはずがないほどの美女。

 正常ならば、なにもかもを疑ってしかるべき状況で。


 けれど、既に私は限界だった。

 足は痙攣を始め、その場に崩れ落ち、水を求める。


「大変な目にったようですね。大丈夫、ここは安全よ」


 娘は私を抱き起こし、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。

 水と、温かなスープを口にして、私はようやく己を取り戻した。

 そうして、先ほどの非礼を詫びる。

 状況の不自然さよりも、救われたことへの義理がまさったのだ。


「困ったときはお互い様、袖振り合うも多生の縁と申しますから。それよりも、どうしてジーフ大樹海へ?」


 僅かに私は言いよどんだが、結局全てを話してしまった。

 命を助けられて不誠実でいられるほど、私は居直ってはいなかったからだ。


「なるほど、蟲系魔物の調査に。虫の知らせというのは正直よくわかりませんが……もしかすると、わたくしお役に立てるかも知れません」


 というと、やはりあなたは現地の方で?


「そのようなものです。魔物の居場所にも心当たりがありますし、私なら通訳をすることも出来ましょう」


 それは、願ったり叶ったりで。

 かくて翌日から私は、娘――クロコの助けを借り、精力的に研究を行うこととなったのだった。



§§



 調査は円滑に進んだ。

 驚くべきことに、真実クロコは魔物達の居場所を心得ており、また彼らと意思疎通いしそつうが出来るようであった。

 私は質問を繰り返し、実験を踏まえ、順調にデータを集めていった。


 毒の鱗粉を持ち、蛾や蝶に近い魔物達。

 大型のマンティス種。

 この森の主たる大蜘蛛アラクネ


 肉食で、普通に相対すれば命に関わるような彼らも、クロコの前では話し合いに応じてくれた。

 あるいは彼女こそシャーマン――この血における巫女の類いなのかも知れないと私は思い始めていた。


 時間の許す限り、私は研究に打ち込んだ。

 しかし……結果はともなってくれなかった。


 王様が提示した仮説を裏付けるような論拠は発見されず、もしもこのまま帰還すれば、私を待ち受けているのはよくて流刑るけい……悪ければ死罪。

 王様の命令とは、それだけ理不尽で、重いものなのだ。


 思い詰めた私は、逃亡を考えはじめていた。

 ある夜、そのことを娘へと打ち明けると、彼女は、


「いつまでも、ここにいたらいいのに」


 と言ってくれた。

 たしかに、樹海での暮らしは悪くなかった。

 キノコも木の実も山菜も、動物の肉も美味しかった。


 けれど、私の人恋しさは、限界に達していたのである。

 なにより、研究を放棄していると知られれば、王様は私だけでなく、この娘にまで罰を下すかも知れない。

 そんなのは、あまりにしのびない。


 そのようなことを正直に説明すると、クロコはうつむいた。

 次の瞬間、私は大きな質量によって押し倒されていた。

 クロコが――否!


 半身を蜘蛛と変えた魔物――アラクネが、細く、長く、強靱きょうじんな足で私の身体を押さえつけていたのである。

 クロコは、アラクネが化けていたものだったのだ……!


 まさか、私はここで捕食されてしまうのか!?


「……シタンさま。わたくしは、あなたがこの樹海に初めてやってきた日、鳥に襲われていた蜘蛛です。長く生きたわたくしは、生にんで、鳥についばまれて死ぬのも悪くないかと考えておりました。あの日、そうすればなにかが変わるように思えたのです。しかし」


 それを、私が助けてしまったのだと、彼女は言う。


「どうか、責任をお取りください。逃げようとしても無駄です。この森はすべて、私の巣の内側。あなたさまはもはや、がんじがらめの逃げられぬ獲物。わたくしたちは、文字通り蜘蛛の糸で繋がれた運命の――」


 そこまで彼女が言ったところで、私は喝采かっさいをあげていた。

 いぶかしげにこちらを睨んでくるクロコ。

 けれど、内側からわき上がる知的な喜びの方が、恐怖などより無限に強かった。


 彼女は言った。

 「あの日、そうすればなにかが変わるように思えたのです」――と。

 それは、それはつまり――



§§



 かくて、私は王都へと凱旋がいせんした。

 王様の前で、華々しくこれまでのことを報告する。


 蜘蛛は糸を張り巡らせることで、五感を超える感覚器としており、そこで集められた情報こそが無意識下で処理されて勘働き――即ち俗に言うところの〝虫の知らせ〟となると考察され、これは他の種、魔物の間でも同様に確からしい事柄であって――


「わかった。わかった、もうよい……まさか本当にやり遂げるとは思っていなかったわい」


 呆れたように手を振る王様。

 王様は、気を取り直したように咳払いを一つして、私を見る。


「さて、貴様は見事、儂の命令に応えてみせた。約束の通り、望むだけの褒美を取らそう。何が欲しい?」


 では、どうかひとつ、お願いを聞いてください。

 私が妻子さいしを持つことを許し、そして妻子に石が投げられないことをお約束して欲しいのです。


「……なるほど。儂は自分こそがこの世で最も気まぐれで、最も強欲で、もっとも理不尽だと思っていたが」


 王様はそこで、ニヤリと笑った。


「貴様もなかなか、やりおるではないか」


 こののち、私は蟲系魔物研究の第一人者として出世街道を邁進まいしんしていくことになる。

 そして、私の隣にはいつも。


 射干玉色ぬばたまいろの髪を持つ妻と、彼女によく似た娘が寄り添ってくれていたのだった。


「これからきっと、もっとよくなりますよ」


 妻はそのように言う。

 どういうことかと問えば、彼女は茶目っ気たっぷりにウインクをして。


「そういう、虫の知らせです」


 などと、笑うのだった。

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