スピリチュアルトランプカード

とは

第1話 彼女の力を見せてもらおう

「そういうことだったのか! 私は確信しちゃったね!」


 突然に立ち上がり、叫ぶ従姉の人出ひとで品子しなこの姿に、木津きづヒイラギはため息をついた。

 いつも通りの木津家のリビング。

 違うのは、つぐみが夕飯の買い出しでいない事くらいだろうか。


「なぁ、品子。お前って前から思っていたけど本当に『バカ』だよな」

「はは、ヒイラギ。『バカ真面目』だと言いたいんだな。やはり私も教師として生徒と向かい合うためには正直に生きたいと考えているからね」


(だめだ。言葉が足りないどころか、こいつは勝手に付け足しやがった)


 ヒイラギは二回目のため息を盛大につく。


「兄さん、諦めてください。どうやらこれが原因みたいですね」


 そう言って兄の前に雑誌を差し出すのはヒイラギの妹のシヤだ。

 シヤによって開かれたページには『スピリチュアルを磨け!』と題した記事が載っている。


「なになに? 『第六感が鋭い人は、スピリチュアルな能力に優れた人。霊やそれを感じる力が強いために、色々と他の人より物事に気付くことが多いのです』だって? そんな事があってたまるか。そもそも霊なんているわけないんだから」


 呆れて呟くヒイラギに対し、品子が鼻息荒く反論する。

 

「なんだよ! きっと冬野君はさ、亡くなったお祖母ばあ様に守られているんだよ。それでさ、お祖母ばあ様から助言的なものを聞いたり導いてもらってるんだよ!」


『そんなバカな』と再び言いそうになったヒイラギはぐっとこらえる。

 また余計な脱線をするリスクを負う必要などないからだ。


「というわけで、私はここに第一回『冬野君のスピリチュアルの秘密を覗いちゃうYO!』の開催を宣言いたしま~す!」


 また面倒くさい企みを。

 ヒイラギとシヤはうんざりとした表情で品子を見つめる。

 従弟妹たちの視線など気にすることなく、品子はにんまりと満足そうに笑むとその計画を二人に話しはじめるのだった。



◇◇◇◇◇



「冬野く~ん。片づけが終わったらちょっと来て~」


 夕飯も終わり、つぐみが食器を洗い終わる頃を見計らい、リビングから品子が声を掛ける。


(本当にやるんだな、品子)


 品子の計画を思い出しながらヒイラギは台所に入り、布巾ふきんを手にして再びリビングへと戻る。

 そこでは、ウキウキとした様子で品子がトランプをシャッフルしている。

 そんな品子を見つめながらヒイラギは机を拭きはじめる。

 やがてつぐみがやって来ると皆に声を掛ける。


「お待たせしま……。あら、トランプですか? 楽しそうですねぇ」

「そうなんだよ。なんだか急に遊びたくなっちゃってねぇ」

「これって俺達が昔、遊んでたやつだよなぁ。うわ、古いだけあって折れ曲がったりしてるカードもあるな。しかしまぁ、よくこんなの見つけて来たなぁ」

「うん、物置にあったのを引っ張り出して来たんだよ。懐かしいでしょう? ほら、ヒイラギが噛んだ跡とかあるよ」


 左隅にへこみのあるカードを取り出し、品子は嬉しそうにそれをひらひらとさせる。


「え、俺そんなことしたの? ちょ、こんなの使うなよ!」

「なんちゃって~。冗談だよ。くくくっ」


 からかわれた事に気付いたヒイラギが顔を真っ赤にするのを、つぐみが嬉しそうに見つめている。

 品子はトランプを一枚ずつ伏せて、机の上に並べていく。

 

『冬野! これは何だ? 小さいしかくがいっぱいだぞ!』


 シヤの隣に座っていたさとみが、つぐみとトランプを交互に見つめながら問いかけてくる。


「さとみちゃんはトランプを見るのが初めてなんだね。これはね、『神経しんけい衰弱すいじゃく』っていうゲームだよ。同じ模様や数字を集めるゲームだよ」

『げぇむ? 同じをあつめる? たくさんあるのにか?』


 きょとんとしたさとみに品子が声を掛ける。


「説明をするより、やっているのを見せた方が早いだろう。まずは私、ヒイラギ、シヤの三人でやってみよう。冬野君はさとみちゃんに説明をしておくれ」

「そうですね。確かにその方が分かりやすそうです。じゃあ、さとみちゃん。私の膝においで」


 その声かけに、さとみは嬉しそうにつぐみの膝へちょこんと腰掛ける。

 後ろを振り返り嬉しそうにしている幼い少女と、それを見つめるつぐみ。

 仲のいい姉妹のような姿に、ヒイラギとシヤには笑みがこぼれていく。

 だが品子だけが明らかに『しまった、そっちの役の方が良かった』という顔でつぐみ達を見ている。

 そんな情けない従姉をヒイラギとシヤは見なかったことにする。


「うううぅ。では、はじめようか。ううぅ……」


 地の底から響かんばかりの声で品子が開催を宣言する。

 その様子につぐみは驚きの声を上げた。


「せ、先生! どうしたのですか? 柳の下にいる幽霊みたいな声になっていますよ!」


 表情を変えることなく、シヤが言葉を続ける。


「大人になってください、品子姉さん。さとみちゃんが怯えています」

「……はっ、それはいかん! では私、ヒイラギ、シヤの順番で時計回りに行こう。ではスタート!」


 我に返った品子の再宣言により、神経衰弱はスタートした。

 品子達がカードをめくるのを見ながら、つぐみがさとみへと優しい口調でルールを説明していく。

 新しいカードをめくるたび、絵柄が揃うたびにさとみは、拍手をしたり揃えた相手の顔を嬉しそうに見つめる。

 おだやかに時間は過ぎ、一回目のゲームはわずかな差であったものの、ヒイラギが優勝となった。

 集めたカードを半分に分け、品子はさとみにシャッフルを教えている。

 たどたどしいながらもカードを切り、嬉しそうに品子へと返すさとみの姿に一同は微笑ほほえまずにはいられない。

 二回目はシヤが勝利を収め、再びカードをシャッフルしながら品子がつぐみへと口を開く。


「ねぇ、冬野君。ちょっとした遊びをしないかい?」

「遊びですか、それなら今までやっていましたけど?」


 穏やかな雰囲気の中、のんびりとつぐみが返事をする。


「まぁね、次は君と私の一騎いっきちだ。君が勝ったら、……そうだな。もうすぐ私は隣県に出張する予定があるのだけど、その際にあの有名な『各詠堂かくよむどう』のタルトを買ってきてあげようじゃないか。どうだ……」


 つぐみの方を見た品子の言葉は、唐突に途切れることとなる。


 後にシヤはその時のことをこう語った。

『その瞬間、私はつぐみさんの後ろに阿修羅あしゅらのようなものが見えました』と。


 つぐみは静かにさとみを膝から下ろすと、すっと背筋を伸ばし品子の正面に正座をする。

 

「……先生。先生は大人ですから、約束をたがえるなんてしませんよね。えぇ、そうでしょうとも。人としての倫理を説くのが教師ですものね」


 いつものおっとりとした口調とは異なり、早口でまくし立てるつぐみ。

 その後も何かつぶやいているのだが、怖くて誰もそれを問いただすことが出来ない。

 

 品子がトランプを一枚ずつ机へと置いていく。

 その手が震えているのは誰が見ても明らかである。

 つぐみはそれをぶつぶつと何かを唱えながら見つめ続けている。


「さ、さて、並べたよ。では先行はどちらにしようかな?」


 品子の提案につぐみは抑揚のない声で答える。


「どちらでも構いません。なんなら不利と言われている先行を私が行いましょう。では開始です」


 品子の返事を待たず、つぐみは自分の手前のカードを表へと向けた。



◇◇◇◇◇



「はい、楽しかったですねぇ! では私の勝ちということで先生っ! お土産のタルトを楽しみにしていますね!」


 勝利。

 圧倒的勝利をもって、つぐみは品子へと終了を宣言する。

 最初の数回こそ交互に順番が回っていたが、その後はずっとつぐみがペアを揃えるだけのものとなった。

 まるで裏側が見えているかのように。

 じっとつぐみはカードを凝視し、「これですね」と呟いては、正しい組み合わせのカードを表へと向けていく。

 呆然としている皆をよそに、カードをまとめて机の上にのせるとつぐみは立ち上がる。


「では私はお風呂の準備をしてきますね。あぁ、楽しかった!」

 

 つぐみがリビングを出て行くと同時に皆が顔を合わせる。

 沈黙に耐えられなくなったヒイラギが口を開く。


「どういうことだ、なんでわかるんだよ! 説明しろ、品子!」

「私が知るわけないだろう! やっぱさ、お祖母ばあ様が……」

「信じないからな! 霊の存在なんて、俺は信じないからなー!」


 ヒイラギの叫びは夜の木津家にこだました。



◇◇◇◇◇



「つぐみさん、どうしてカードの数字が分かったのですか?」


 風呂に入り、寝る前の歯磨きをしているつぐみの元へシヤがやって来る。


「あ、あれね。えっと、皆には、……内緒にしてくれる?」

「はい、ですから教えてください」


きょろきょろと周りを見回し、二人しかいないのを確認するとつぐみは口を開く。


「あのね。あのトランプ古いやつだから、けっこう特徴があるのね。傷がついていたりよれていたりとかね。それでみんながやっていた二回のゲームの間に、何となくその傷の場所と表の数字を覚えてしまっていたの。……ずるいよね、ごめんね」

「いえ、それは……、ずるくはないと思います。答えが分かってすっきりしました。約束通り誰にも言いませんから。ではおやすみなさい」

「おやすみ、また明日ね!」


 洗面台を後にし、シヤは自分の部屋へと戻っていく。 

 つぐみの観察力と記憶力。

 この存在の方が霊などよりも、よほど恐ろしいものではないのだろうか。

 約束通り誰にも言わないようにと改めて誓い、シヤは眠りにつくのだった。

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