このファーストキスを世界平和に捧げます

間貫頓馬(まぬきとんま)

このファーストキスを世界平和に捧げます

「——今地球に落ちてる隕石、私なんだよね」

そんな意味不明なことを言われて、自分はお手本のように「は?」と声をあげた。



今日この日、地球が滅ぶらしい。


「らしい」といっても、テレビ画面の向こうの頭のいい人達はそれが確実に起こる事だと言っていた。実際に天変地異と呼ぶべき現象も世界中で起こっている。


だから「らしい」というのは、自分の中で地球が滅ぶ実感がまだ湧いていないという、ただそれだけの話。


隕石が落ちて、地球が滅ぶ。

使い古されたSFのネタみたいな、馬鹿げた、突拍子もない、現実味のあるようでない、そんな方法でこの世界は終わる。


そんな地球最後の日に自分は、親友とコーヒーを嗜んでいた。

現実逃避というわけではない。というかそもそも先述の通り自分は逃避すべき現実を受け止めきれていない。


でもまあ、どうせ死ぬなら日常の中で穏やかに死にたいと思った。


だから数日前に、とあるメッセージを送ってみた。物心ついた時には家族と呼べる存在がいなかったので、とりあえすいちばん付き合いの長い親友に向けて。


「地球滅びるし、どうせ死ぬなら日常の中で穏やかに死にたい」


するとそう時間も経たずに、「わかる」と彼女らしい短い文章が帰ってきた。


「いつものカフェでいつもみたいにコーヒー飲んで、気づいたら死んでた。ってのが理想だね」と自分。

「いいね。そうしよっか」と彼女。

地球が滅ぶ当日の話をしているというのに、メッセージのやり取りは普段の日常となんら変わりないテンポで行われていく。

「カフェ潰れてないといいけど。物理的に」

「跡形も無くなってたら全席テラス席になりましたってことで」

自分の冗談に返された彼女のそのメッセージに、思わず笑ってしまった。いや冷静に考えれば笑い事ではないし、ちょっと不謹慎だけれど。

いつも通りだと思っていたが、自分も彼女もやはりどこかこの非日常に心乱れていたのかもしれない。


そんなやり取りがあり今日に至る。

我々ふたりは、なんとか形だけ残ったカフェの窓際席で、雨風ゴミ岩飛び交う素敵な景色を見ながらのお茶会を楽しんでいた。


——はずだったのに、彼女が突然素っ頓狂なことを言うもんだから、そんな穏やかなひと時は突然終わりを告げてしまった。自分が聞こえた言葉の信じられなさにただ呆然としていると、彼女は不思議そうにこちらの顔を覗き込んでくる。


「……あれ、外の音すごすぎて聞こえなかった?」

「いやそういうんじゃなくて、え、なに? 隕石がきみ? は?」

「そうだよ」

「全然意味がわからない」

「だろうね」


短く言葉を告げて、彼女は手元のコーヒーカップに口をつけた。

少し俯いた瞬間、耳にかけていた彼女の長い黒髪がぱらぱらと口元へ落ちたのがどこか遠い景色の事のように思えた。


「……仮にそうだとして」

様子を見るにどうやら彼女は詳しく説明する気がないようなので、自分は動揺したままなんとか言葉を紡ぐ。

「うん」

彼女の眼が、好奇の色を灯してこちらの顔を見た。

「どうして地球を狙うわけ?」

「宇宙の偉い方達の間で、そう決まったから」

おどおどと探るように尋ねた自分と全く反対の調子で、背筋を伸ばし、一切言い淀むことなく、彼女はそう答えた。

当然でしょ、とでも言いたげなその視線は、真正面からこちらを射抜く。


「……宇宙の偉い方達の間で、そう決まったから?」

「そういうこと」

「…………へぇ」

あまりにも間抜けな声が出たな、と自分でも思ったが、それを笑う余裕は今は持ち合わせていなかった。いっそ笑ってしまえたらよかったのか。でも地球滅亡の事実さえ受け入れられていない自分に、追い打ちをかけるかのように眼の前の彼女の発言だ。もう頭は情報処理の仕事を放棄していた。


「でもね」

と、彼女が口を開く。

「結構楽しかったんだよね、地球での生活」

「……はぁ、そう」

「きみと遊ぶのも、まあ楽しかったよ」

「そりゃあどうも」

「だからさ」


彼女はゆっくりと、こちらを覗き込む。


「きみがちゅーしてくれたら、地球、助けてあげてもいいよ」

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このファーストキスを世界平和に捧げます 間貫頓馬(まぬきとんま) @jokemakoto_09

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