ハピネス・キャット
ヰ島シマ
ハピネス・キャット
「鈴木さん、これコピーしといてって言ったよね? なんでまだやってないの? 社員の指示より優先しなきゃいけない仕事が、派遣のあなたにあるっていうの?」
「えっ……でもさっき資料を受け取った時には、コピーは夕方まででいいって……」
「今必要になったから用意してあるかどうか聞いたんでしょ!! どうして全部言わないといけないのかなぁ〜〜!? コピーなんてそんな時間のかかるものじゃないよねぇ!? っていうか、普通頼み事は一番に済ませとくべきじゃない!? ねぇ教えてっ、たった二十部っぽっちの資料も作れないほど手が離せない仕事って一体何!? 派遣さんレベルが受け持っていい案件かどうか、アタシが判断してあげる!!」
―― 私、派遣社員の鈴木です。こっちはお
今日も絶賛パワハラ中です。
「あっ……その、すみません、今急いで作りま――」
「ねぇ謝ってる暇があるならさぁ〜〜っ、資料を持ってコピー機までダッシュしようよ〜〜っ!? 心にもない形だけの言葉とかいらないからさぁ〜〜っ!! ほらっ、そのすぐに固まる癖っ!! もうムダムダムダっ!! 全てがムダっ!! ”タイム・イズ・マネー”!! 早く行動しようよっ!! ねぇっ!?」
「はい、すみませんっ!」
田中さんは身に着けていた高そうな金の腕時計を指先でビシビシと叩き、怒声と共に急かしてくる。私はさっき受け取った資料を抱え、小走りで数メートル先のコピーへと向かった。
ガーッ、ガーッと、印字された用紙が機械から吐き出される音がフロアに響く。あと田中さんのわざとらしい大きな溜息も。
ハッ……! なぁ〜〜にが”タイム・イズ・マネー”じゃ! ”時は金なり”って言えや! 無駄に横文字使ってんなよインテリがぁ〜〜! (実際田中さんはすごい大学を出ているので頭がいい)
そもそもあんたが前に、”人が話してる最中に別の作業をしてる人間って、社会人としてどうなのかなぁ!?”って注意してきたから、じっと向き合って話の終わりを待ってたんだろうが! しかも、その時もあんたが寄越して急かしてきた仕事だったし!
自分の発言には責任を持とうよっ!? ねぇっ!?
チキショウめ……私が言い返せない気弱人間だからって好き勝手命令しやがって……だいたい、”たった二十部っぽっち”って言うなら自分でコピーしろや。なんで細々とした仕事をあえて私に振って絡んでくるかなぁ〜〜!! 実は私のことが好きなのかなぁ〜〜!? んなワケないよねぇ〜〜!?
知ってる……
ハァ……こういう時は推しの笑顔を見て
終業後、私はATMからお札を引き出して、いつものお店へと向かった。
私のアイドル、タツヤに会いに。
「うっひょぉーーーーッ、タチュヤぁ〜〜〜〜♡♡♡♡ 今日もぎゃわゆいでちゅね〜〜〜〜♡♡♡♡」
「ミ”ッ」
さぁ、胸に飛び込んできて! と、両手を広げてウェルカムポーズを取った私に対し、タツヤは顔をサッと背け、太い声を上げてこちらを
この耳の欠けたキジトラ猫こそが、私の最推し”タツヤ”。
ビックリさせないように小声ではしゃいだつもりだったけど、ちょっと喜びの圧が強すぎたかな? 悩ましげなタチュヤもよきでちゅね〜〜♡ ラヴっ♡
ここは先月オープンした猫カフェ、ハピネス・キャット。私達が運命的な出会いを果たしたお店。ちょうど通勤路にあるから、疲れた日は吸い込まれるように入店を決め、タツヤのふさふさほっぺを指の腹でウリウリと
ハァ〜〜……至福のひととき……このウリウリがないと、田中さんのねぇ攻撃に耐えられないよ……。
「ありがとうタツヤ……フォーエバータツヤ……」
「イ”ッ!」
「フフ……ツンデレ……」
「お客さまにご案内で〜す。ただいま順番におやつを渡して回りますので、ぜひネコちゃん達に食べさせてあげてくださ〜い」
「ワワッ……! 来たよタツヤっ、わたしゃこのむしゃむしゃタイムを狙って来店キメてんだよっ!」
「……」
タツヤはおやつの入ったお皿を配って回る店員さんを、静かに目で追っていた。クール属性のタツヤといえど、おやつを前に喜びを隠せないのか、彼は座っていたクッションから私の
ウォォ……! 幸せの重み……! 柔らかくずっしりとした感触……! 人類はネコちゃんのしもべです……!!
そうして幸福を噛み締めている間にこちら側へ回ってきた店員さんから、お皿を受け取る。
「は〜い、タツヤ〜。いっぱい食べてね〜」
「……」
「……」
「……」
「……んぐふっ♡ タチュヤぁ〜〜、おいちいでちゅかぁ〜〜♡♡?」
「ナ”ッ!」
おやつをむさぼる鬼キュートなタツヤに、私は沈黙を守れなかった。
タツヤは食事の邪魔をするなと言わんばかりに声を上げ、この愚かな人間を制した。ごめんね……私はいつも同じ
タツヤの邪魔にならないよう、そして己の心を落ち着かせるためにも周囲の様子を確認してみると、他のお客さんも皆一様にとろけた顔で、担当のネコちゃん達におやつを捧げていた。
やはり、猫という生き物はすごい。食事風景だけで人を幸せにするのだから。
店内は温かな空気で
ああ、ハピネス・キャット……幸せのネコちゃん……ストレス社会で働く我らが救世主よ……。
ハピネス・キャット ヰ島シマ @shima-ishima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます