推しとひいばあちゃんとあたし

杜右腕【と・うわん】

第1話

莉子りこ~、お茶持ってきたよ~」

 少ししゃがれた声が聞こえてきた。

 慌てて部屋を出て見ると、下へ続く階段の縁に、急須や湯呑が乗ったお盆が浮いていた。

 何のことか分からないと思うけど、廊下の先、階段のある辺りに文字通りお盆が浮いていたんだよ。

 慌てて駆け寄るとお盆の下には、すっかり腰が曲がったひいばあちゃんがくっついていた。腰が曲がりすぎて、階段にへばりつくような形になっているので、お盆を頭上に捧げるように右手で持っていたんだ。良くひっくり返さなかったね、ひいばあちゃん。

 ひいばあちゃんに手を貸して階上に引き上げ、部屋まで連れて行って、座布団代わりのハートのクッションにひいばあちゃんを座らせてから、何で二階に来たのか訊いてみた。まあ、答えは何となくわかっているんだけどさ。

「何か莉子が拗ねて、ヒキニートとか云うのになってるって聞いてな、顔見に来たんだよ~」

 やっぱり。分かってたけど、間延びした話し方で拗ねてるとか言われると、凹むよ、ひいばあちゃん。それと、あたしは中学生で、週末だから部屋にいるけど、平日は学校行ってるからね? 余所でひ孫がヒキニートとか言わないでね?


「んで? 何があったんだい?」

 お茶を注ぎ、お茶請けに持ってきた特製の白菜漬けを楊枝で突きながら訊ねるひいばあちゃんに、あたしはしぶしぶ経緯を説明した。


 話は簡単。

 お小遣いを無駄遣いして、母ちゃんにこてんぱんに叱られたんだよ。

「は~、無駄遣いかい。そりゃ、良くないねえ。で?何に使ったんだい?」

 ひいばあちゃんに言っても分かるかどうか分からないけど、お気に入りのVtuberのメンバーになったり、投げ銭したり、グッズ買ったりしたら、ちょっと使い過ぎちゃっただけだよ。

 まあ島根の祖父ちゃん祖母ちゃんからお年玉と誕生日プレゼントの前借りして突っ込んだのは、我ながらちょっとやり過ぎたとは思うけど。

 でもね、ひいばあちゃん! あのこはきっとトップを取ると思うんだよ! 今が大事なんだよ! 応援したいんだよ! 意味のある推し活なんだよ!! 分ってくれるよね、ひいばあちゃん?


「ああ、なるほどねえ。あたしも昔はよくひいじいちゃんに連れられて行ったもんだよ」

 え? ひいばあちゃんも推し活してたの? 昔だから俳優さんとかかな? しかもひいじいちゃんと一緒に? 夫婦で推し活なんて、何か素敵!

「大阪のはいろんな種類があって美味しかったけど、あのソース二度漬け禁止っていうのは何だかねえ。とんかつ屋みたいに醤油差しにソース入れるか、ソース壺に柄杓をつけて、自由にかけられるようにしておけば良いのにねえ」

 ひいばあちゃん、違う違う。それ、串カツ。それと大阪の食文化に喧嘩売るようなこと言わないでね。クレーム来ちゃうから。

 推し活っていうのは、推しのタレントとかキャラとかのために、応援したり、イベント見たり、グッズ買ったり……とにかく、いろいろ活動すること。推し活のカツは活動の活! カツレツのカツじゃないからね?

「ああ、あたしがやってる終活みたいなもんかね」

 終活って……この間テレビで見たよ。自分が死ぬときのために色々準備する事だよね。そんなことしてたんだ。縁起でも無いよ、ひいばあちゃん。まだまだ長生きしてね。

「んで? 推しってのは何だい?」

 百聞は一見に如かずと思って、Youtubeの画像を見せながらVtuberとは何かとか、投げ銭とはどんなシステムかを説明し、ついでに自分の押しの娘がいかに素晴らしく、可愛く、多才で、将来性があるかについてもたっぷりと布教した。


「ふんふん。なるほどねぇ。とどのつまり、莉子は、そのぶい……なんとかのタニマチになりたいんだね?」

 タニマチって何だろう? 分んなくてググってみたら、好きなお相撲さんのスポンサーみたいになって応援する事らしい。う~ん、あたしは別にお相撲さんには興味ないんだけど。

「推しに惚れて応援するんだから、似たようなものさ」

 ああ、お相撲さんだけに……って、誰がうまいことを言えと!

「まあいい。ちょっとひいばあちゃんの部屋にお出で」


 ひいばあちゃんの部屋はあたしの部屋と違って畳の部屋。物は余り無くてすっきり片付いている。

 出された藍色の座布団に横座りしていると、ひいばあちゃんが押し入れからコロの付いた木箱を出してきた。というか、木箱にすがるようにして押してきた。木箱の中には、大きなスタンド型の拡大鏡や、色とりどりの糸と裁縫道具、それに幾何学模様に刺繡ししゅうされた綺麗なボールみたいなものが入っていた。

「これは、ひいばあちゃんがボケ防止に作ってる手毬なんだけどね。莉子は手先が器用だから、一緒に作ろうか」

 え、あたしがこれを作るの? 

「小学校で裁縫は習っただろう?」

 雑巾作った程度なんですけど……。

「だいじょうぶ。ひいばあちゃんが教えてやるから」

 いや、教えてくれるのは良いんだけど、さっきのタニマチ?の話とどうつながるの?

「莉子の母ちゃんが、ひいばあちゃんために『うぇぶさいと』を作ってくれてな。そこで作った物を売ってるんだよ。莉子のも、ちゃんと出来たら売ってやるから、その金でいくらでも串カツでも終活でもすればいい。親が汗水垂らして働いた金で道楽するから叱られるんだ。莉子が自分で稼いだ金を好きなことに使うんなら、ひいばあちゃんが誰にも文句言わせねえ」


 こうして、手毬作りが始まった。

 ひいばあちゃんの指導は厳しかったよ。いつも優しくてふわふわしてるひいばあちゃんとは別人の、鬼軍曹だった。あとで母さんに聞いたら、ひいばあちゃんは若い頃に和裁の先生だったらしい。

 でも上手にできたらすごく褒めてくれるし、結構楽しかった。

 そういえば、昔はよくひいばあちゃんに遊んでもらったけど、小学校に上がった頃から一緒に何かすること無くなってたなあ。


 一ヵ月ぐらいして、ひいばあちゃんの許可が下りたので、2センチぐらいの小さな手毬をたくさんつくって、キーホルダーにして、ひいばあちゃんのサイトに載せてもらった。

 ひいばあちゃんの手毬にはファンが多いから、あたしのを間違えて買ってがっかりしないように、ちゃんとあたしの名前で出してもらったんだけど、それでもすぐに売れたよ。

 コメント見たら、ひいばあちゃんのファンが子供や孫のプレゼントに買ってくれたらしい。色遣いやデザインが今風の感じで綺麗だって褒めてくれたよ!

 プレゼントされた人の中にはリピーターになってくれた人もいた。

 嬉しくて涙が出るって本当なんだね。


 ひいばあちゃんは売り上げを全部あたしにくれたんだけど、結局、推し活には使わなかった。ネットで綺麗なショールを買って、それにひいばあちゃんが好きなスズランの花の刺繡をしてプレゼントしたんだ。

 ショールを羽織ったひいばあちゃんが、くしゃっと笑顔になった。

 九十を超えたしわしわのお婆さんなのに、笑顔は子供みたいにかわいい。あたしも将来はこんなお婆ちゃんになりたいなあ。

 うん、これからもっといろんなことを教えてもらって、一緒にいろんなことをしよう!

 ひいばあちゃんは、今、あたしの一番の推しだからね!

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