だから、ポルテは今日も荷を背負う~封印迷宮都市シルメイズ物語~

荒木シオン

だって憧れのそばにいたいから……。

 幼い頃、絵本で読んだ探索者たんさくしゃあこがれた。

 いつの日か、私も彼らのように迷宮めいきゅう探検たんけんしたい……そう、本気で思った。


 けれど、現実はいつだって残酷ざんこくで……。

 探索者に必要な多くのものが私には足りなかった……。

 剣に弓、魔術の才能は人並ひとなみ以下……。他の専門知識や特殊技術も特になし。

 そんな私が探索者として彼らの仲間になれるわけもなく……。まして、単身ソロで迷宮へいどむなんて自殺行為じさつこうい以外のなにものでもない。


 だけど、それでもあきらめたくなかった……。

 探索者たちのそばにいたい。彼らと一緒に迷宮へ挑みたい……。

 大金や地位に名誉を得たいとは言わない。そんなモノはどうでもいいから、幼い頃に読んだ絵本のように、憧れた彼らの活躍かつやく間近まじかで見たい、その一心だった。


 だから、私は探索者を諦め……彼らをサポートする『荷運び人ポーター』になった。


 ここは封印迷宮都市ふういんめいきゅうとしシルメイズ。その中心部に名の由来となる大迷宮をゆうする街。世界中から日々、多くの人々が探索者を目指して集まる、彼らの聖地。


 その街で、私は今日も荷物を背負せおい、仲間の探索者たちと迷宮へ挑む……。


 ★     ★     ★


「はぁーい、それでは! 以前からの予定通り、今日は迷宮の第十四階層・Nの一区画を探索しまーす! 拍手はくしゅ~♪」


 封印迷宮シルメイズの北口広場。

 頭の左右にったあかい髪を、迷宮兎メイズラビットの耳のようにピョコピョコねさせながら、私たちのリーダーである小柄な女性探索者ユフィーが楽しげに両腕を広げる。


 それに覇気はきのない感じでうへぇ~い、とこぶしかかげ返事をする探索者が二人。

 青いうろこ蜥蜴人リザードマン、男性探索者のレザル君。得物えもの迷宮出土品めいきゅうしゅつどひんである透明な片手斧かたておの

 魔女のシエルさんは純白じゅんぱくの杖と白いとんがり帽子がトレードマーク。

 

 彼らから一歩引き、後方こうほう待機中たいきちゅうなのが、私。荷物持ちポーターのポルテ。


「元気ないなぁ~! ようやく赤頭巾あかずきんが消えて表層ひょうそうの探索が安全にできるっていうのに!」


 仲間たちのテンションが低いことにほほふくらませ、子どもっぽく抗議こうぎするユフィー。

 けれど、あなどってはいけない……ハードレザーの軽鎧けいよろいに身をつつんだ見た目が少女な探索者は、都市でもそこそこの実力者で、迷宮生物めいきゅうせいぶつなぐり倒す猛者もさなのだ……。


 さておき、彼女が仲間たちにお説教せっきょうをしている間に、私は荷物の最終確認をする。

 バックパックの中には大小様々な箱が全部で二十五個ほど……。

 この箱は全て収納系の特別な魔術式まじゅつしきほどこされており、見た目の容積以上に道具を詰め込めるすぐれものだ。


 ただし、重量のほうはほぼ箱の重さのみのモノから、収納した品の半分など、性能がまちまちなので、なにをどの箱に入れるかがいつも悩みの種だったりする……。


 まぁ、大体の場合、最大容積を誇り重さもほぼなくす箱に、大量の飲用水を入れるのだけど……。

 あとは順当じゅんとうに食料や予備の武器、探索に必要な様々など道具たちが、数と重量を考慮こうりょして、それぞれの箱に収まっている……。


 う~ん……でも、やっぱり、武器はもう少し取りやすい位置に仕舞しまうべきかな? ただ、そうすると重さ的にバランスが……。

 くっ……こんなことなら新しいバックパックを一昨日おととい買っておけば。アレならもう少し効率的な収納が実現できたはずなのに!!


 などと箱の中身を確認しつつ、一人で配置場所に頭を抱えてうなっていると、


「ポルテ~? そろそろ帰っておいで~? キミ、悩み始めると箱の中身を全部入れなおしかねないんだから!」


 どこかあきれた様子でユフィーが笑いかけてくる。うっ……確かに前々回、そんなこともやってしまいましたけども!


「いやぁ、しかし、頭目殿とうもくどの。ポルテ殿どの荷造にづくりはもはや芸術のいきが鞄の中など、片手サイズにもかかわらずなにがなにやら皆目かいもく見当けんとうがつきませぬゆえ!」


 シャッシャッシャッ! と大きく口を開け眼を細める蜥蜴人のレザル君。

 うんうん……キミはもう少し整理整頓せいりせいとん興味きょうみを持とう! とりあえずお金は鞄へ直接入れるな! 財布を使え!


「レザ、うるさい……。あ、ポル……隙間すきまがあるならこれも入れておいて欲しい」


 彼を横目に見やりたしなめつつ、手のひらに収まるほどの小箱を渡してくる魔女のシエルさん。こころよく引き受けると、うん、と小さく頷き微笑ほほえんでくれる。


 う~ん、これは多分、取り出しやすい位置にあったほうがいいから……外ポケット? いや、でも大事なモノのはずだし、内側のほうが……悩む。

 けれど、これ以上待たせるわけにもいけないので、自分のかんを信じてメインスペースの一番上に配置した。


 準備万端じゅんびばんたん、荷物を背負い、迷宮へさぁ、出発! でも、その前にさくに囲まれた大穴、封印迷宮シルメイズへ近づき、ふところから取り出した一シルド銅貨を投げ入れる。


「ポルテ~、またそのおまじない~?」


「まぁ、銅貨一枚で探索の安全が買えるなら安いですからね」


 迷宮の大穴へ小銭を投げ入れたら、その日の探索は無事に終わる。

 誰がいつ始めたかさだかではないけれど、都市の住人なら誰もが知っているジンクスのたぐい。それを私は毎回欠かさず行っている……。


 明らかに気休めだと理解しているけれど、一度始めるとなかなかどうして、やらないと不安になるので、人間というのは不思議なモノだ……。

 そのせいか、最初はからかっていた仲間たちも、今では私が小銭を投げ入れるのを待っていてくれる。


 よしっ……今日の探索も無事終わりますように……。


 ★     ★     ★


 北口の受付に書類を提出し、迷宮へ続く横穴に入る私たち四人。

 先頭からレザル君、ユフィー、シエルさんと続き、荷物持ちは最後尾。


 この横穴、意味ありげな様々な紙が貼られ、短剣や釘なども無造作むぞうささっているので、気味悪きみわるがる探索者も多いのだけど、むしろ私はちょっと好きだったりする。


 ちなみにここの品々をがしたり抜いたりするのは御法度ごはっとだが、増やす分にはなんらおとがめはない。

 以前、私も探索の無事を祈願きがんしてこっそり術符じゅつふを貼ったことがある。ただ、今はもう埋まってしまってどこにあるか分からないけれど……。


 そうして多くの人の様々な思いが重なった横穴に見送られ、私たちは封印迷宮シルメイズへ足をみ入れる。


 ★     ★     ★


 迷宮に入って約二時間。

 私たちのパーティは普段よりもかなり早いペースで目的の第十四階層に到着したのだけど――、


「おかしい! 絶対におかしい!!」

 

 ――ちょっとした問題が発生していた。

 というのもこの階層に到達するまでに、迷宮生物とほぼ遭遇そうぐうしていないのだ……。


 迷宮生物、その名の通りこの封印迷宮にのみ生息する異形いぎょうの生物たち。

 その特殊性とくしゅせいゆえに狩って売りさばけば、結構な金額で取り引きされる。つまりは探索者の主な収入源なわけだが、どうしたことか今回はどこにもいない……。


「ねぇ~、レザル~。赤頭巾あかずきんはもういないんでしょう~?」


「のはずですがなぁ~。さてはてどうしたことか……我にも分からぬ」


 赤頭巾はここ一月ひとつきほど表層で迷宮生物を狩りまくり荒稼ぎしていた、あるモグリの探索者だ。そのせいで、普段表層で活動していた探索者たちは、獲物を思うように狩れず多大な損害そんがいこうむった。


 けれど、その赤頭巾もつい先日、探索者のチェルカにつかまったらしい。そして、今は彼女のパーティに半ば強制的に加えられ、大人しくしているという話だったのだが……。


「ユフィ、もしかしたら……、多重たじゅうバッティング、かも……」


 首をひね前衛ぜんえい二人へ、なにか気付いた様子でつぶやくシエルさん。

 するとあーっと、ユフィーは天をあおぎ、レザル君は参ったというようにひたいへ手を当てる。


 それで私もある程度ていどさっした。

 つまり、赤頭巾がいなくなったことで、今まで活動を休止していた探索者たちが一気に迷宮へ雪崩なだんだわけだ……。


 結果、迷宮生物は再び狩り尽くされ、その他財宝や資源も取り尽くされたと……。


「ダメダメじゃーん! あぁ、もういいよ、いいよ、撤収てっしゅう~! 引き上げるよ、皆!」


 深いめ息をつき肩を落とすユフィーに、シャッシャッシャッ! と笑いながら「気にしなさいますな、頭目殿!」なんて声をかけるレザル君。


 で、まぁ、こういうこともあるよねぇー、と骨折ほねおぞんのくたびれもうけをなげきつつ引き返そうとした瞬間しゅんかん、視界のはしにそれがうつった。


「ユフィー! 岩陰に誰か倒れてる!」


 迷宮内で他の探索者への不用意ふよういな接近は危険だが、こういう場合はしょうがない。

 私たちは周囲を警戒けいかいしつつ、急いで近づき様子を確かめるが――、


「いや、これは死んでるでしょ……」

 

「で、あろうなぁ……」


不運ふうん不幸ふこう不憫ふびん……」


 ――倒れていた男性であろう探索者は背中が大きくえぐられ、すでに事切こときれていた。


「う~ん……一応、認識票にんしきひょうはあるからモグリではないね~」


 顔をしかめながら遺体の首元を確認するユフィー。


 認識票、タグは探索者協会所属の探索者および関係者へ配られる、個人識別用の金属プレートだ。

 協会へ属さずに迷宮を探索することは違法ではないが、認識票を持たない探索者はモグリあつかいされ、迷宮の内外で肩身のせまい思いをすることになる……。


 さておき、その認識票があるということは少なくとも真っ当な同業者なわけだが、


「どうするんですか? 回収していきます?」


 問いかけにユフィーは肩を竦め首を振る。


「いや、放置で。首の認識票が一枚しかないから、すでに誰かが協会へ報告してるよ。もうこれは『骨拾い』たちの案件だ。私たちが手を出すべきじゃない」


 そう言って彼女は遺体へ手を合わせ終えると、迷宮の出口へと向かって進み始めた。探索者はいつだって死と隣り合わせ……それを改めて心に刻む。


 ★     ★     ★


 地上に戻って夜。

 私は拠点にしている宿屋でバックパックと収納箱の点検をしていた。

 いつ、なにが起こるか分からない迷宮探索。日々のチェックがなによりも大切だ。


 仲間たちのような探索者に、私は決してなれないけれど、そばにいるための努力は怠らない。大事な荷物を預けてくれる、その信頼に応えるために……。


 明日も明後日も精一杯荷物を背負うんだ。

 だってそれが、小さい頃に憧れた探索者へほんの少しでも近づく唯一の道だから……。


 ……to be continued?

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だから、ポルテは今日も荷を背負う~封印迷宮都市シルメイズ物語~ 荒木シオン @SionSumire

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