寒い冬も吹き飛ぶあつあつあんかけ丼

アルト

第1話


冷たい風が、ヒュウ、と頬を撫でた。

───今日の晩御飯は何にしようか。

パソコンの入った大きなトートバックを揺らしながら、スンスンと鼻を鳴らす。

あちらの家は今日は焼き魚かな。あ、こっちの家からはカレーの匂い。

学校からの帰り道、夕食の時間にあたる今はどこの家からもいい匂いが漂っている。

冷蔵庫には何が残っていただろうか、と思案しながら歩いている間も、匂いにつられてお腹が限界だとクゥクゥ鳴り始めた。

「とりあえず、炊き立て白米だけは欠かせないよね」

ツヤツヤ、ふっくら、もちもちの炊き立てご飯。私は柔らかめが好きなので、いつも水をほんのちょっぴり多めに入れている。

ああ、白米のことを考えていたらますますお腹が空いてきた。

玄関にたどり着く前にポケットから鍵を取り出し、扉を前にするとすぐさま差し込んだ。

靴を少々雑に履き捨て、お気に入りのスリッパに足を入れる。

パタパタと音を立ててキッチンへ足を進め、荷物を椅子の上に置き、マフラーとコートをハンガーにかけた。

米びつに手をやる直前に、あ、手洗ってないや。と思い至り慌てて石鹸で手を洗う。

タオルで手を拭くと、よし今度こそ、とお米を取り出した。

釜にお米を入れ、少ない水でガシガシと洗うことを数回繰り返し、線より少し上にくるくらいの水を入れて炊飯器にセットする。

本当は十分浸水時間を取りたいし普通に炊飯ボタンを押したいが、今日のところはお腹が空いて我慢できないので早炊きボタンを押す。

とりあえず白米の準備が終わったことで急に冷静さを取り戻し、暖房をつけ忘れていたことに気づき電源を入れた。

「通りで寒いわけだ……」

音を立てながらエアコンが動き出すが、対して炊飯器はボタンを押してからほとんど音が聞こえない。

以前は本当にこれ動いてるのか?なんて心配していたが、この炊飯器くんとは高校の時から数えてもう5年目に入る仲だ。頼むよ相棒、今日もおいしい白米をよろしくな。なんてふざけたことを考えながら冷蔵庫を開ける。

「豚コマ、と………あ、そうだ野菜庫に青梗菜があったはず……うん、今日の晩御飯は決まり!」

豚コマと青梗菜を冷蔵庫から取り出し、コンロの横にポンと置く。

我ながらこの量を1人で食べるのか?とは思うが、最近胃がブラックホールと化しているのだから仕方ない。

片手鍋をコンロの上に置き、ボタンを長押しすればボッと音を立てて火がついた。

鍋を温めている間に青梗菜の根元をカットし、食べやすいよう一口サイズに切り揃えていく。

割と大雑把な性格なので、鍋が温まったと思ったら豚コマを切らずにそのまま放り込んだ。肉はいくらデカくても美味いと思っている。完全に自論だが。

じゅわじゅわと音を立てて、豚肉の焼けるいい匂いがキッチンに充満する。

実家だと換気扇を回せと言われそうだが、一人暮らしの特権なのであえて換気扇は最後に回す。だっていい匂いじゃないか。あとこの家の換気扇くんが優秀すぎてすぐに空気が入れ替わる。要するに寒い。せっかく暖房を入れて暖かくなった部屋をすぐに冷やすわけにはいかないのだ。

換気扇のことを考えながらも、手は勝手に動く。ある程度肉が焼けたのを確認して、先ほど切った青梗菜を全て鍋の中に入れた。

鍋、小さかったかな。と思いつつ、こぼさないよう慎重に炒める。

その間もシュンシュンと音を立てる炊飯器からご飯の炊けてくるいい匂いを感じ取り、自然と頬が緩んだ。

青梗菜がしんなりしてきたのを見計らって、水、醤油、みりん、酒を加える。もうこの辺りは目分量だ。最初から目分量ではあったが。

大体の料理はこの調味料の組み合わせか、醤油、みりん、砂糖の組み合わせにしておけばおいしいと思っている。これも完全に自論。

クツクツと煮立ち、白い湯気が鍋からゆらゆらと沸き立つ。

頃合いかな、と思ったところでコンロの火を消し、水溶き片栗粉を回し入れて菜箸で馴染ませるように混ぜる。

見計らったかのように炊飯器が炊き上がりの合図を鳴らしたが、蒸らす時間がどうしても欲しい。浸水時間は取れなかったが、この蒸らし時間だけはなんとか死守したい。

あんかけは冷めにくいのできっと放置しても大丈夫だろう、と思いつつもソワソワと落ち着かずに時間の経過を待った。

ふんわりと優しい香りを立てるあんかけを前にストップをかけられるなんて、なんたる拷問。仕掛け人は自分だが。

そうこう考えているうちに時間は過ぎ去ったようで、急いでしゃもじを持って炊飯器の蓋を開ける。

パカリと開いた瞬間白い湯気が立ち、炊き立てのあの香りに包まれ喉を鳴らした。

水で濡らしたしゃもじで釜全体をかき混ぜると、さらに香りが立って居ても立っても居られなくなる。

炊き立ての白米を丼に盛り付け、片手鍋を傾けて直接あんかけを上にのせた。

ツヤツヤと輝く白米を、さらにツヤツヤとしたあんかけでコーティングし、ますますお腹の音が主張してきた。ああ、早く食べたい。

冷蔵庫から取り出したお茶をコップに注ぎ、丼と一緒にテーブルの上に置く。

椅子に腰を下ろすと、いただきます!と手を合わせた。

箸を入れると、空いた隙間にあんかけが流れ込んでいく。

そういえば、砂糖を入れたわけでもないのにほのかに香るこの甘い香りはなんなのだろうかといつも思う。みりんか、酒か、もしかして醤油なのだろうか。

ふうふうと息を吹きかけるが、なかなか冷める気配はない。

炊き立ての白米にあつあつのあんかけは、多少息を吹きかけた程度では冷めてはくれない。冷めてはくれないのだが、冷めるのを待つことなんて到底できやしない。

熱いのを承知の上で、口の中に運んだ。

「ん、はふ、あっふ!あふい!」

口から湯気が飛び出るほど熱い!火傷しそう!でも!!

「ん〜!!!」

足をパタパタさせ、全身でおいしさを噛み締める。

しんなりした青梗菜に、大きめの豚肉。醤油の味が引き立つあんかけ。炊き立ての白米。全てが口の中で混ざり合い、そしてすぐに喉の奥へ消えてしまった。

ごくりと飲み込んでから、思わず息を吐く。

お茶をひと口飲んで、またあんかけ丼を口に運ぶ。

熱い熱い、と何度も同じようなことを繰り返すが、心はほかほかと温まってくる。

一人の食事は味気ない?とんでもない!おいしいものは1人で食べてもおいしい!!

むしろこんなにおいしいものを食べられないなんて。今度帰省したら家族に作ってあげよう。

そう思いながら、空になった丼を持って、おかわりするために立ち上がった。


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