俺の推し馬生活 KAC2202用

高戸 賢二

第37回有馬記念(G1)

 最近、巷では「ウマ娘」とやらがかなり流行っているようだ。コンビニに登り旗まで立っているし。ウマ娘の存在は何年も前から知っていたが、こんなに流行るとは思ってもみなかった。競走馬を美少女にね~。まあ神様も英雄も武将もモンスターも美少女になる時代だから、あり得なくはないんだろうけど。

 残念ながらプレイはしたことがない。サラブレッドが美少女になることに、それほど抵抗があるわけではないけど何となくやっていない。暇が無いのは事実だが、ただの食わず嫌いだと自分でも思う。

 でもやっぱり競走馬は馬なのだよ。特にトウカイテイオーは思い入れの強い馬だけに、なおさら美少女とは思えないんだよな。

 よくよく考えてみたら、俺にとっての一番の馬はやはりトウカイテイオーなのだ。儲けさせてくれた馬はそれなりにいたけれど「一番好きな馬は?」と聞かれればトウカイテイオーの一択だ。競馬ビギナーの俺に競馬の全てを教えてくれたと言っても、過言ではあるまい。…いや過言だな。


 時は1990年。バブルという好景気の絶頂にあった日本は、史上空前の競馬ブームが沸き起こっていた。主役はオグリキャップと言っていいだろう。1990年第35回有馬記念を有終の美で飾り、引退したオグリキャップ。時代は次のアイドルホースを求めていた。

 同じ年の1990年12月1日4回中京3日目4R 3歳新馬戦でデビューしたのがトウカイテイオーである。「皇帝」と呼ばれたシンボリルドルフの初年度産駒。無敗の三冠馬にして有馬記念2回、天皇賞(春)、宝塚記念、のG1を制した、当時の日本競馬史上最強の「七冠馬」でもあるルドルフの息子。スターになる要素は十分すぎるほど持ち合わせていた。


 競馬ビギナーだった俺は「単勝コロガシ」という馬券の買い方を、悪友の中岡から教わった。大した配当が付かない単勝だが、当たった額全てを資金にするのである。例え配当が2倍でも2連勝で4倍、3連勝で8倍である。夢が膨らむ。

 俺はトウカイテイオーの単勝コロガシをすることにした。関東初見参の若葉ステークスからである。



若葉ステークス 単勝 4番 トウカイテイオー 120円 1人気

 

 1,000円買って、1,200円の配当。しょぼいが勝ちは勝ちである。続いて皐月賞。


第51回皐月賞(G1) 単勝 18番 トウカイテイオー 210円 1人気


 1,200円買って、2,520円の配当。順調だ。続くダービーはちょっと資金を足して3,000円にしてみた。


第58回東京優駿(G1) 単勝 20番 トウカイテイオー 160円 1人気


 3,000円買って、4,800円の配当。1,000円の元手が5倍近くになったのである。

骨折が判明して1991年後半のレースを棒に振ったトウカイテイオーだが、俺はトウカイテイオーを追い続けると心に決めた。


 年が明けた1992年4月、トウカイテイオーは阪神競馬場の産經大阪杯で復帰した。当時、関西のG1以外の馬券は関東では買えなかったのでTVで観戦してた。トウカイテイオーの楽勝だった。気を良くした俺は、10,000円の元手で今年も単勝コロガシをすると決意する。

 しかし、天皇賞(春)で5着、天皇賞(秋)で7着と、トウカイテイオーは連敗した。俺の馬券も連敗である。

 続くジャパンカップ。世間のトウカイテイオーの評価は低かった。俺は「これでトウカイテイオーが負けたら、単勝コロガシは止めよう」と最後のつもりで、トウカイテイオーの単勝10,000円を買った。


第12回ジャパンカップ(G1)(国際G1) 単勝 14番 トウカイテイオー 1,000円 5人気


 やった~!!!10万円の配当である。す、すげえ…さすがトウカイテイオー。

 続く有馬記念。もう単勝コロガシを続けないわけにはいかない。例えトウカイテイオーが負けたとしても、10万円はトウカイテイオーからのプレゼントなのだ。10万円は大金だが、惜しくはない。



 俺と中岡は土曜日のWINS後楽園の券売機周辺にいた。

有馬記念は翌日なのだが、有馬記念の前日発売の馬券を買いに来ていたのだ。有馬記念当日は場外馬券売り場もかなり混雑する。前日発売で馬券を買うのは初めてだった。いつもは買い目が絞れずに直前まで悩むので、馬券を買うのは早くても日曜日の午後一。彼女が寝た後、ラブホの小さなテーブルで予想をしたこともある。人混みが嫌いな俺としては、空いている土曜日に馬券を買うのは気分がいい。加えてトウカイテイオーの単勝1点勝負するには、決意が揺るがないうちに前日発売にて馬券を買ってしまいたかった。

 実はトウカイテイオーにはアクシデントが発生している。主戦ジョッキーの岡部騎手が騎乗停止で有馬記念の手綱を握れなくなってしまい、田原成貴騎手への乗り替りとなっていた。安田隆行騎手に戻るかと思ったのだが、「元祖天才・田原成貴」なら問題ない。

 中岡はトウカイテイオーをヒモにするらしいが、俺はむしろ田原騎手への乗り替りを歓迎していた。乗り替りを嫌って少しでも単勝オッズが下がればいいと思ったからだ。案の定、トウカイテイオーの単勝オッズは2.4倍の1番人気。前走のジャパンカップの勝ちっぷりから考えると、1.5倍ぐらいにまで下がると思っていたから上出来だった。当たれば20万を楽勝で越える。捕らぬ狸の皮算用。

 暮れのグランプリ「有馬記念」の舞台は中山競馬場芝2,500m。小回りの中山競馬場のターフを一周半するためか、2500mという距離にしてはマイル向きの馬でも勝てるレース。オグリキャップのラストランは有名だ。今年になってトウカイテイオーは2敗しているが、理由ははっきりしていた。春の天皇賞は距離と相手。秋の天皇賞は殺人的ハイペースを先行してついて行ってしまったのが敗因だ。一時は「終わってしまった早熟馬」だの「トウカイテイオーの世代は弱かった」だの、散々叩かれたものだがジャパンカップの勝ちっぷりでみんな黙ってしまった。中山競馬場なら紛れはないだろう。


 俺はマークシートに記入して、誰も並んでいない券売機で馬券を買う。「中山9R単勝5番」何故か「トウカイテイオー」の馬名は無かったが、買った馬券はすぐに財布に仕舞った。

 「いくら買ったの?」

 中岡の問いに俺は財布から馬券を取り出し、水戸黄門の印籠の様に馬券を見せつける。

 「控えおろう!」

 トウカイテイオーの単勝1点100,000円。彼女へのクリスマスプレゼントよりも高い。もちろん彼女には内緒だった。

 「あれ?」

 中岡が俺の馬券をしげしげと見つめる。何かあった?

 「…有馬の馬券じゃないよ」

 「ななな、何~ぃ!?」

 俺は自分で買った馬券を慌てて見直す。「’91年5回中山7日9R5番100,000円」と書かれている。…7日?

 「ああああああ!!!!」

 俺はマークシートの「前日発売」にチェックを入れるのを忘れたのだ。やっちまった。

 「どどどど、どうしよう?」

 完全にうろたえている。中岡はゲラゲラ笑っていた。笑いこっちゃないわ!!

 「そのまま、持ってればいいじゃん。間違えた馬券は当たるって言うし」

 確かによく聞く話だが、俺は今まで間違い馬券で当たったことは無い。競馬場のチェックを間違えて、当たっているはずの馬券を外したことならあるが。根本的に金運がないのだ。

 「バカ言うな!!俺の10万円はトウカイテイオーのためにあるんだ!!」

今更トウカイテイオーの単勝を買い足す資金なんてないぞ。これから彼女とデートなのだ。デート資金ならあるが、こいつまで競馬に突っ込んだら人として終わりだろう。彼女に「競馬に使ったから金がない」なんて口が裂けても言えるわけがない。

 「そう怒るなよ。窓口で払い戻ししてくれるから」

 「へ?そうなの?」

 中岡の話によると、券売機で買った馬券なら間違って買った馬券も払い戻しをしてくれるのだそうだ。もちろんレースがスタートする前の締め切り前でないといけないのだが。マークシート方式で自動券売機から馬券を売るようになってから、年配の方がよく間違えるらしい。

俺は急いで人のいる券売所へと走った。


 無事に有馬記念のトウカイテイオーの単勝へと買い替えた俺は、昼前に中岡と別れて彼女の元へ向かう。日曜の午後2時まで彼女としっぽりした俺は、急いで家に帰り自分の部屋でスポーツ紙を片手にテレビの前に座った。スポーツ紙の競馬欄を広げ、ふと前日のレース結果に目を通す。


クリスマスステークス 1992年12月26日 5回中山7日目9R 4歳以上オープン 13頭(芝右 外1600m / 天候 : 晴 / 芝 : 良)結果

1着 4枠 5番 ニホンピロラック 柴田政人騎手 1:33.8  ━   6人気

2着 7枠 11番 エーピージェット 的場均 騎手 1:34.0 1.1/4馬身 2人気

3着 8枠 12番 ノーモアスピーディ坂井千明騎手 1:34.4 2.1/2馬身 4人気


払い戻し

単勝  5番 1,150円 6人気

複勝  5番  350円 7人気

    7番  270円 3人気

    8番  250円 2人気

枠連 4‐7 1,610円 6人気

馬連 5‐11 3,890円 14人気


 「え…?」

 ひょっとして間違えたままだったら当たってた?単勝1,150円?…115万???

 呆然としているうちに有馬記念はスタートし、いつの間にかゴールしていた。


第37回有馬記念(G1)  1992年12月27日 5回中山8日目9R 4歳以上オープン 16頭(芝右2500m / 天候 : 晴 / 芝 : 良)結果

1着 2枠 3番 メジロパーマー   山田泰誠騎手 2:33.5   ━   15人気

2着 3枠 6番 レガシーワールド  小谷内秀騎手 2:33.5  ハナ  5人気

3着 1枠 1番 ナイスネイチャ   松永昌博騎手 2:33.7 1.1/4馬身 4人気

11着 3枠 5番 トウカイテイオー  田原成貴騎手 2:34.8    ━   1人気

払い戻し

単勝  3番 4,940円 15人気

複勝  3番 1,590円 15人気

    6番  350円 5人気

    1番  310円 4人気

枠連 2‐3 3,300円 12人気

馬連 3‐6 31,550円 66人気


━ 完 ━


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