最終話

  一同、松崎を見る


松崎「あの子は…殺してない…! 犯人は、あの男だ…」


小泉「いや、あんたの気持ちも分かるけどさ…」


松崎「…」


佐藤「それでは、もう一度、多数決を取ります。よろしいですね?


 被告が無罪だと思う方は挙手を」


  松崎以外、手を挙げる


  松崎、その場に立ち尽くす


小泉「おいおい、また振りだしか?」


濱谷「今度は全く逆の状況ですけどね」


松崎「ふざけるな! 何が親だから子供を庇っただ! あの男がそんな人間な訳がない!


 あの男は、ギャンブルに溺れて、金に溺れて、女にも溺れた最低の人間だ! クズだ!


 それに何より、あいつは虐待されてた自分の息子を見離したんだぞ?」


北山「人間はいつも正しくいられる訳じゃない。時には過ちを犯すこともある」


香田「あの男は今、自分の過去を償おうとしてるんじゃないのか?」


松崎「それもあんたたちの憶測だろ!?」


香田「憶測で何が悪い!? 本当のことなんて実際にはどれだけ話し合ったって分からないんだよ!


 他の十二人がこの事件の陪審員を務めれば全く違う結果になるかもしれない。


 しかし、我々が出した結論は無罪! これだけは真実のはずだ!」


松崎「…あなたたちは、母親から虐待を受けることがどれだけ辛いか分かってない! 


 母親っていうのは、子供にとって唯一手放しで信用できる存在なんだ。


 それが、一番の敵であることの恐怖、絶望、孤独…。子供には…罪は無いんだ…」


  松崎、その場にへたり込み、涙を流す


朝生「ねえ、自分と同じ境遇の子を守りたいのは分かるけど―」


松崎「そんなんじゃない! 僕が守りたいのは、あの子じゃない…。僕自身だ…」


渡部「どういうこと?」


松崎「僕だけが、あの子の気持ちを理解してあげられるんです!」


石田「何を言ってるの?」


松崎「…僕は、別に母さんのことを憎いと思ったことはなかった。


 母さんは母さんで苦しんでて、それを僕も理解してた…。


 だから、母さんが病気になって入院したときは、本当に心から心配した。


 病室で毎日母さんの手を握ってた。でも、ある日突然思ったんだ…。…もう嫌だって。


 虐待を受けてたことも、母さんが病気になったことも、


 何もかも、僕を取り巻く世界の全てが嫌になった。リセットしたくなったんだ…。


 だから…僕は…母さんを殺した…」


  驚く一同


松崎「…あのときのことはよく覚えてない。


 ただ、自分の体が勝手に動いたような感覚になったことだけは覚えてる。


 いつものように母さんの病室で手を握ってたんだ。


 そしたら、急に自分の世界を壊したい、リセットしたいっていう衝動に駆られて…。


 気付いたら、母さんの人工呼吸器を外してた…。そしたらすぐに医者と看護婦が走ってやって来た。


 僕は慌てて人工呼吸器を母さんの口に戻した。医者と看護師は母さんにいろいろ治療してたけど、


 結局母さんは助からなくて…。すぐに本当のことを言おうとしたけど、


 その前に医者が心臓発作だって―。誰も僕を疑わなかった。それどころか皆僕を慰めてくれた。


 それから何度も本当のことを告白しようとしたけど、怖くてできなかった…。


 捕まったらどうしようという恐怖、自分への情けさなさ、そして母親を殺したという罪悪感…。


 いろんな感情で頭がおかしくなりそうだった!


 …だから、役者の道を選んだんです。役者なら、自分じゃない誰かになっていられるから…」


  静まる一同


松崎「(高畠に)あなたが見たドキュメント。あのシーンは、僕は母親の手を握ってたんじゃない。


 あのとき僕は、この手で母親を殺したんです…」


高畠「…」


濱谷「…あの…」


三島「何ですか?」


濱谷「ちょっと思っちゃったんですけど、僕らこのまま、被告を無罪にしちゃっていいんですかね?」


香田「どういうことだ?」


濱谷「だって、今回の事件って、被告の男が自分の人生を懸けて子供を守ろうとしてるんですよね?


 それを僕たちが阻むようなことをしていいんですかね?」


香田「しかしそれじゃあ、今までの話は…」


濱谷「皆さんはどう思いますか?」


  静まる一同


中田「正直、僕はどっちでもいいかなあ」


濱谷「え?」


中田「いや、別にどうでもいいって意味じゃないよ? だってざ、有罪だとしても無罪だとしても、


 絶対にどっちかは不幸になっちゃう訳でしょ? じゃあどっちを選ぶかって話じゃん。


 どっちにしてもバッドエンドなら、僕はどっちだって受け入れます。


 そして僕は、先生について行くと決めたので、先生の意見に従います」


三島「え? 私ですか? 私は…松崎さんは、どっちがいいんですか?」


 松崎、ゆっくりと顔を上げ、三島の方を見る


松崎「…僕…?」


三島「はい。私は、あなたの意見が聞きたいです」


松崎「…僕は…」


  松崎、下を向いて考える


松崎「僕は…被告は…無罪だと思います…」


  静まり返り、松崎の次の言葉を待つ一同


松崎「僕は、母を殺して、それを誰にも言えず、誰にも罰せられることがなかった。


 それから十年近く、僕はずっと地獄にいました。


 誰にも言えない罪を背負って生きて行くのは、あまりにも辛かった。


 何度この命を絶とうと思ったか分かりません。


 僕はあの子に、僕と同じ気持ちを味わわせたくはありません。


 被告の思いを無下にしてしまうかもしれない。


 あの子には何年間か辛い思いをさせてしまうかもしれない。


 でも僕は、これ以上僕と同じ人間を生み出したくはない…」


  松崎、涙を拭いながら、ゆっくりと立ち上がる


松崎「…。(佐藤に)陪審員長」


佐藤「は、はい」


松崎「…無罪です…。被告は…無罪です」


佐藤「…はい。では全員一致で、被告は無罪とします!」


中田「(伸びをしながら)いやー終わったー!(濱谷に)いやー疲れましたね!」


濱谷「…」


中田「あれ? どうしたんですか? 固まっちゃって」


濱谷「いや、逆に何であんたはこの状況でそんな晴れやかな顔してんですか」


中田「え? だって終わったんだよ? 帰ってアニメ見られるじゃん!」


濱谷「あんたやっぱすごいよ…」


石田「(松崎に)あなた、この後どうするつもりなの?」


松崎「…自首します」


高畠「…そっか。もうあなたをテレビで見られなくなるのね…」


小泉「…ねえ皆さん! 会議終了を祝して、この後俺の店で飲み会しませんか?


 今日は特別に貸し切りにしますよ!」


朝生「あ! いいですね!」


香田「私は帰らせてもらう。患者が待っているんでね。(佐藤に)陪審員長。もう帰っていいのかな?」


佐藤「はい結構です」


香田「では、失礼する」


  香田、部屋を出て行く


石田「じゃ、私も帰ります」


朝生「え!? 行かないの!?」


石田「行かないわよ。嫌いなの。飲み会とか。…まあ、次会ったらお茶でもしましょ」


朝生「(笑顔で)本当に!?」


石田「小じわを隠せる化粧品、紹介しますよ」


朝生「ちょっと!」


石田「(笑顔で)じゃあね」


  石田、部屋を出て行く


小泉「何だよ、つれない女だね」


濱谷「でもいい女でしたよねえ」


中田「またどこかで会えるかなあ」


濱谷「あんた基本家から出ないでしょ? (小泉に)あ、僕たちも行きます!」


小泉「よっしゃ! (高畠と渡部に)おばさんたち二人はどうする?」


高畠「私たちは、家でご飯作らなきゃならないから…」


渡部「私もなのよね」


小泉「いいじゃないの。旦那だって子供じゃないんだからさ、


 今日は帰れないって連絡しときゃ勝手に何か食べるでしょ?」


高畠「(考えながら)うーん。そうね! 行っちゃおうかしら!」


渡部「え!? じゃ、じゃあ私も行きます!」


濱谷「あなた、結局最後まで人の意見に影響されっぱなしでしたね」


渡部「いいの。これが私だから」


小泉「これで六人か。(北山に)あんたは?」


北山「すまないが、遠慮するよ。老人はもう眠い時間でね」


小泉「まだまだ元気なくせに」


北山「いやいや…。では、これで失礼するよ」


  北山、部屋を出て行く


小泉「(三島に)先生はどうする?」


三島「すいません。明日も朝から学校なので」


小泉「まあそりゃそうか。二日酔いで子供に勉強教える訳にもいかないもんな」


中田「でも、今日のヒーローは先生ですよね。


 だって、先生の一言が無かったら、今回の事件はすぐに有罪で決定してましたよ」


朝生「それは言えてる」


三島「いえ、そんな…」


中田「いや本当に。やっぱり僕の見立てに狂いは無かったでしょ? この人は面白いって」


濱谷「ああ、そういえばそんなこと言ってましたね」


小泉「いやでも本当にすごいよ。皆と違う意見を主張するってのは、


 簡単そうでなかなかできることじゃない。あんた、いい先生になるよ。これからも頑張りなよ」


三島「ありがとうございます! 今日のこと、生徒たちに話してあげたいと思います。では」


  三島、部屋から出て行く


小泉「さて。(松崎に)おーい。そこの俳優さん」


  松崎、小泉の方を見る


松崎「(涙を拭って)…」


小泉「…飲みに行くぞ」


松崎「え…? でも…」


小泉「別に自首するっつったって、今すぐって訳じゃないだろう?


 一緒に行こうぜ。美味い酒と飯出してやるから」


松崎「…いいんですか?」


小泉「…早く来いよ」


松崎「…(泣きながら)ありがとうございます」


  小泉のもとに近寄る


小泉「(佐藤に)陪審員長は、もちろん来るよな?」


佐藤「良ければ行かせて頂きます」


小泉「よし! じゃあ今日は俺の奢りだ!


 全員好きなだけ飲んで食って歌って騒げ!」


朝生「いぇーい!」


佐藤「あ、すいません。僕は今回の結果を報告しに行かなくちゃならないんで、


 先に行っててもらえますか?」


小泉「はいはいオッケー。じゃあお前ら、行くぞ!」


濱谷「はーい!」


朝生「今日は飲むぞー!」


高畠「私、こういうの久々だわ」


渡部「私も」


中田「すいません。今日金曜ロードショーで僕の好きなアニメの映画やるんですけど、録画してます?」


小泉「してねえよ!」


  部屋を出て行く、小泉、朝生、濱谷、中田、高畠、渡部


  松崎、出口の前で立ち止まり、佐藤の方を向く


松崎「あの…今日は本当にありがとうございました」


佐藤「え? いや、別に僕一人の力じゃないから。


 あなたも含め、十二人全員の協力があったから、今回の結果になったんだと思います。


 だから、お礼を言うなら十二人全員に。それと、皆の協力を仰いだあの先生に」


松崎「…そうですね」


佐藤「あなたこそ、これから大変でしょう?」


松崎「…はい。でも、不思議と、気分は悪くないんです。


 今まで抱えてたものを吐き出せてすっきりしたというか」


佐藤「…いつか、またテレビで拝見できる日を待ってますよ」


松崎「ありがとうございます。僕は、今回の陪審員に選ばれて本当に良かった!」


佐藤「僕もです」


松崎「では、後で」


佐藤「はい。後で」


  松崎、部屋を出る


  佐藤、一枚の紙を出し、ペンで字を書き始める


佐藤「『全員無罪』っと。よし!」


  佐藤、紙を持って部屋から出ようとする。


  と、立ち止まり、振り返って深く一礼する。部屋を出て行く


  誰も居なくなった陪審員室




          終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

12人のおかしな人たち @asas4869

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ