第9話
松崎「分かりました! 被告はお金を借りるために被害者の家に行ったんじゃないと仮定しましょう。
じゃあ被告はあの日何をしに被害者の家に行ったんですか!?」
静まる一同
松崎「ほら、他に理由なんて無いじゃないですか。やっぱりお金を借りに行ったんですよ。
大方、競馬で勝ったお金は、盗まれたかどこかに無くしたんでしょう」
三島「…一旦、被告が何故被害者の家に行ったのか。これは置いときましょう。
その前に、あの息子さんが本当に犯人なのか。それを検証してみませんか?」
松崎「あの子供にそんなことできませんよ」
三島「(香田に)すいません。あの子がいつから虐待を受けていたのかって分かりますか?
もしかしたら、それが何かヒントになるかもしれない」
香田「すまないが、さすがにそこまでは…。実際にカウンセリングしてみればいろいろと分かるんだが…」
北山「…そういえば、あのおばさんの証言に、
隣の家からはかなり前から夫婦喧嘩の声と小さい子供の泣き声が絶えず聞こえていた、
というのがありませんでしたか?」
小泉「言ってた言ってた!」
北山「もしかするとその声っていうのは、夫婦喧嘩の声ではなく、
母親から暴力を受けて泣き叫ぶ息子と、
それを止めようとする旦那さんの声だったんじゃないでしょうか」
小泉「それは考えられるな」
朝生「ていうことは、あの子が小さい頃から、虐待は始まってたってこと?」
北山「そうなりますね」
濱谷「じゃあやっぱり動機は虐待か…」
松崎「ちょっと待ってください! それなら逆にこうは考えられませんか?
そんな昔から虐待を受けていたのなら、どうして今になって母親を殺すんですか?
今までずっと耐えてきたのにどうして今さら?」
高畠「今まで溜まってたものが全部出ちゃったんじゃないの?」
香田「苦痛に耐え続けた子供が、
ちょっとした出来事がきっかけでたがが外れてしまうというケースはよくある」
松崎「そんなきっかけなんてあるはずがない!」
小泉「そんなこと分かる訳―」
石田「いや、ちょっと待って。事件の前の日、息子は何してたんだっけ」
濱谷「確か、剣道部の試合に―」
石田「そのとき母親は?」
中田「いつも通り夕方まで寝てた」
石田「それって…」
朝生「そうか! きっと、母親と剣道の試合を見に来るって約束してたんだ!」
小泉「でも母親はそれを忘れて家で寝てた!」
高畠「それで母親と喧嘩になったのよ!」
香田「しかし、母親はそんな息子の怒りに取り合うはずもない。
自分は仕事のために寝ていたのだからと言い張るはずだ」
渡部「それが、たがが外れたきっかけってことね!」
松崎「そんなことあるわけ―」
三島「あ! そうか! 分かりましたよ!
どうして被告が被害者の家に行ったのか!」
佐藤「本当ですか!?」
濱谷「何でなの!?」
三島「息子さんが呼んだんですよ! 電話でほら、おばさんの証言にあったでしょ!?
部屋を覗いたら電話の受話器が外れてたって。
きっと、あの子がお父さんに電話で助けを求めたんですよ!」
中田「そうか。母親を殺した後だったから、動揺して受話器をそのままにしちゃったんだ」
北山「母親を殺めてしまった今、あの子にとって頼れる人間は、
離れて暮らしている実の父親だけだったということか」
松崎「馬鹿馬鹿しい! じゃああのおばさんが聞いた物音ってのは何だったんですか!?
証言じゃ、息子が学校へ向かった後に激しい物音が聞こえたって言ってたじゃないですか!?」
静まる一同
小泉「…庇ったんじゃないかな、自分の息子を…」
松崎「庇った?」
三島「どういうことですか?」
小泉「多分だけどさ、被告の男、息子から助けてって電話が来たとき、
とっさに自分が守らなきゃって感じたと思うんだよ。だからまず息子を学校に行かせて、
その後自分があの家にやって来た。そこで部屋を荒らしたり、包丁に自分の指紋を付けたりして、
自分が疑われるように偽装工作ってやつをしたんだよ。
そんで、いろんな物音を立て隣のおばさんが見に来るよう仕向けた。
あとは向こうが勝手に勘違いしてくれるって訳だ」
濱谷「なるほど!」
小泉「俺、ずっと思ってたんだよ。何か出来すぎだなって。
おばさんが物音がするから隣の部屋に様子を見に行ったら鍵が開いてて、
死体の目の前に血まみれのナイフを持った男が立ってて、あっという間に逮捕される。
何かスムーズすぎないか? 寝ている女を刺し殺すだけだぞ?
隣に聞こえるぐらいの物音なんて立てることがあるか?家の鍵は普通閉めるだろ?
近所の人が回覧板でも持ってきたらどうするんだ?」
三島「確かに…」
小泉「な? 普通こんなにスムーズに事が運ぶもんか? 俺は何か人為的なものを感じてならない。
まるで、誰かが被告の男を犯人に仕立て上げたがっているような―」
渡部「誰かって?」
高畠「馬鹿ね。被告自身よ」
渡部「あ、そっか」
松崎「そんな…滅茶苦茶だ…」
香田「いや、そうでもないかもしれない。
あの男は、自分の息子が母親から虐待を受けているのをずっと前から知っていたにも関わらず、
それを守れなかった。それどころか、あの男は別居してその場から逃げたんだ。
心のどこかで息子に報いたいと思っていたはずだ。そんなとき息子から助けを求める電話が来た。
人の親なら、たとえ自分がどうなろうが助けてやりたいと思うのが自然だろう。
何故なら親なんだから! …私にはもうすぐ結婚する娘がいるが、
もしあいつが私に何か助けを求めて来たとしたら、何が何でも助ける。絶対だ」
小泉「俺にも中学生の娘がいるから分かるよ。今はちょっと反抗期だけどね」
佐藤「僕にも息子がいます。お二人と同意見です」
高畠「母親だってそうよ! うちの息子はどうしようもない馬鹿だけど、
あの子のためなら死んだって構わないもの!」
渡部「私も、自分の娘に『母さん助けて』なんて言われたら、何をおいても駆けつけるわ!」
北山「私は、もう老い先短いこともあるが、同様だ。息子や娘はもちろん、
中学生、高校生になる孫が私を必要とするなら、喜んでこの身を捧げる」
濱谷「…何か、すごいですね。親って」
中田「僕らにはまだ分からない次元の話ですね」
石田「あんたはまず就職しなさいよ」
朝生「素敵…」
三島「…(微笑む)」
松崎「…違う!」
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