第8話

高畠「…ずっと思ってたんだけど…あの中学生の息子ね、何であんな厚着してたのかなあって」


中田「あ、それは僕も思ってました」


渡部「確か厚手のタートルネック着てたわよね」


高畠「もうかなり暖かくなってきてるのに何でだろうって。


 ごめんなさい。こんなの全然関係ないわよね」


小泉「まあね…」


香田「ちょっと待ってくれ」


小泉「どうしました?」


濱谷「あなた帰ってなかったんだ」


香田「話し合いはまだ終わってないだろう。


 その、子供の服装の件だが、事件に関係あるかどうかはさておき、


 私ならおそらく理由を説明できると思う」


佐藤「どういうことですか?」


香田「(言いにくそうにする)…」


三島「お願いします」


香田「あの子供…おそらく…母親から虐待を受けていた、と思う」


 騒然とする一同


小泉「ど、どうしてそんなこと分かるの?」


香田「私の職業は医者と言ったが、正確に言うと少し違う。私は、実はカウンセラーなんだ。


 主に、虐待を受けている子供や、虐待をしてしまう親を専門のな」


小泉「へえ。でも、俺あんたにカウンセリングされたくないなあ。『虐待なんか気合いで乗り切れ!』とか言いそうだもん」


香田「仕事とプライベートは別だと言っただろう!」


濱谷「それで、何であの子供が虐待されてたって分かるんですか?」


香田「うん。虐待されている子供の特徴の一つに、服装が季節に合っていない、というのがある。


 親が服を買ってくれないために、一年中ほとんど同じ服を着ていることが多いんだ。


 あるいは、首の所に火傷や傷の跡があるのかもしれない。


 虐待を受けている子供は、それを周りに隠そうとする傾向にあるからな」


小泉「だからタートルネックか」


佐藤「そう言われれば、あの子、証言台に立ってるとき、弁護士や検事の人が近づいて来たり、


 身振り手振りを使って話したりするたびにビクッてなってたな」


朝生「それなら私も何度か見ました。厚着してるから寒がりなのかなって思ってたけど」


香田「それも特徴の一つだ。大人が近づいたり、手を挙げたりすると、


 無意識のうちに自分の身を守ろうとしてしまう。殴られるんじゃないかと思ってしまうんだ」


松崎「…でも…結局それって、別に事件に関係ないですよね?」


北山「いや、そうでもないかもしれない」


松崎「どうして?」


北山「それは…」


石田「あの息子には、母親を殺す動機がある。(北山に)そういうことでしょ?」


北山「…ああ」


小泉「いや、さすがにそれは―」


松崎「そうですよ! それに、虐待を受けていたことだって確実じゃないし」


香田「いや、その可能性は極めて高い」


松崎「どうして分かるんですか!?」


香田「私は専門家だ! 今まで何千何万という子供を見て来た。あの子は間違いなく虐待を受けていた」


朝生「…あの、両親どちらも虐待してたんですか?」


香田「いや、おそらく母親だけだろう。


 彼の父親を見る目からは、恐怖心のようなものが感じられなかった」


松崎「(呆れたように)憶測だな。確かなことじゃないでしょう?」


小泉「(松崎に)あんたね、自分と境遇が似てるからって肩持っちゃいけないよ」


松崎「そ、そんなんじゃないです…」


濱谷「でも、もし息子が犯人だとしたら、


 事件のあった日、学校へ行く時間が遅かったことも説明がつきます」


小泉「それに、あの日母親は夕方までずっと寝てたんだ。殺すのも簡単だ」


高畠「そういえば、あの息子は剣道部だったわよね!?」


渡部「剣道部なら、ナイフの扱いにも慣れてるわよね!? 毎日振ってるんだから!」


松崎「それはおかしいでしょう。ナイフと竹刀じゃ大きさも重さも全然違う」


渡部「(恥ずかしそうに)ま、まあ確かにそうよね。私もそう思ってたのよ」


佐藤「あの…僕からも一ついいですか?」


中田「どうぞ」


佐藤「被告なんですけど、本当にお金を借りるために被害者の家に行ったんでしょうか?」


北山「金を借りる前に連絡を入れてなかった件ですか? それはここで議論しても―」


佐藤「分かってます。そうじゃなくて、被告は、そもそもお金に困ってたんでしょうか?」


香田「どういうことだ?」


松崎「困ってたに決まってるでしょう。確かあの男の職業は鳶職ですよね?


 十分な給料をもらってたとはとても思えない」


濱谷「それは偏見じゃないかな」


佐藤「いやね、被告、いい腕時計してたんですよ。


 僕も時計好きだから結構知ってるんですけど、あれは安くても五十万はするんじゃないかな」


高畠「そんなに!?」


松崎「普通に貯金して買ったんでしょう」


石田「あなた、さっき十分なお金もらってないって言ってたじゃない」


松崎「それでも少しずつ貯めていけば五十万ぐらい貯まるでしょう? 


 僕の知り合いには五百円貯金で百万円貯めた人だっている。


 それに、時計を買ったからこそお金に困っていたとも考えられる」


佐藤「(考えながら)うーん。何か違うような気がするんだよなあ」


松崎「何がですか?」


佐藤「僕もそんなに給料がいい方じゃないから分かるんだけど、


 時計とか、自分の趣味で集めてるものって、こつこつ貯金してっていうよりは、


 ボーナスとか臨時収入が入ったとき、思わず買っちゃうんですよね。


 あの人もそうなんじゃないかなあ」


小泉「でも鳶職にボーナスなんかないだろ?」


中田「臨時収入…。それも五十万…。(何かに気付いて)あ!」


  中田、ソファの上の週刊誌を取り上げ、ページをめくる


三島「どうしたんですか?」


中田「大金が入って来る臨時収入と言ったら、やっぱりギャンブルでしょ? あった!」


  中田、あるページで止まる


小泉「おいおい、まさかこの前の万馬券を当てたのが被告だってのか?


 そりゃいくら何でも無理があるだろ?」


  小泉、週刊誌を覗き込む


小泉「あら残念。当選者の写真は載ってるけど、さすがに顔は隠されちゃってんな」


  中田、週刊誌の記事を指差す


中田「これ、よく見てください」


  小泉、指の先を見る


小泉「うん? あ! これ!」


中田「さっきの休憩のとき、この記事がちらっと見えて、何か引っかかってたんですよ」


濱谷「ちょっと何なんですか、二人だけで盛り上がって。こっちにも教えてくださいよ」


朝生「そうですよ」


小泉「分かってる分かってる」


  小泉、週刊誌のページを一同に向けて広げる


小泉「ほら、ここよく見て!」


  小泉、週刊誌の記事を指差す


濱谷「あ!」


三島「これは!」


佐藤「そんな!」


石田「なるほどね」


高畠「あらま!」


渡部「何? よく見えないんだけど」


北山「これはまた…」


朝生「うそ…」


香田「これは…パンダネコだ!」


小泉「その通り!」


濱谷「これは決定的でしょ!?


 これを着て外を出歩く成人男性なんて、被告と(香田)この人ぐらいしかいませんよ!」


香田「そんなことはない! 世の中にはパンダネコ好きの男はいくらでもいる!」


小泉「ちなみに、最近競馬当たりました?」


香田「私はギャンブルは一切しない」


朝生「てことはやっぱり―」


松崎「偶然だ!」


  松崎を見る、一同


松崎「(香田を指差して)その人も今言ってたじゃないですか!


 そのキャラクターの服を着た男なんてたくさんいる! その一人がたまたま万馬券を当てただけだ!」


小泉「確かにそう言われちゃうとねえ…」


佐藤「ちょっと待ってください! (中田に)その万馬券の着順って、どんなでしたっけ?」


  中田、週刊誌の記事を見る


中田「ええと、11―2―5の三連単です」


佐藤「何かその数字、どっかで見たことある気がするんですよね」


濱谷「…!」


  濱谷、ポケットからメモ帳を取り出し、ページをめくる


濱谷「あった! …十一月二十五日! …被告の誕生日ですよ!」


香田「それだ!」


朝生「そうだそうだ!」


小泉「あいつ、やけになって自分の誕生日で馬券を買いやがったんだ!」


中田「ところがそれが大当たり!」


佐藤「羨ましいなあ」


松崎「そんなの…偶然だ!」


中田「いや! この着順は自分の誕生日ぐらいの理由がないと絶対に買わない!


 それぐらいの大穴だ! 僕も馬券を買ったから分かる!」


松崎「…」


小泉「このレースは事件の二週間前だから、被告は少なくともそのとき一千万は持ってたことになる!」


濱谷「五十万の時計を買ったから九百五十万に減りましたけどね」


高畠「え? ちょっと分かんない! 私、頭がこんがらがっちゃって。


 つまりどういうことなの?」


石田「被告の男は、お金を借りるために被害者の家に行ったんじゃないってこと。


 他に何か理由があったのよ」


高畠「はあ。そんなことになってたの」


渡部「へえ」


小泉「あんたたち、ちゃんと話聞いてる?」


高畠「聞いてるわよ! でも皆の話すスピードが速いから―」


渡部「私もちょっと追いつけなくて―」


高畠「でももう追いついたから! ちゃんと分かってるわよ!」


渡部「わ、私も!」


小泉「不安だなあ…」

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