モノの数になりてえ
ギヨラリョーコ
第1話
1分50秒のショートMVと2分34秒のダンス動画のプレイリストで合計4分24秒つまり264秒。
1日が86400秒だから、1日に327回再生できる。
たったの300回とちょっと。
「誤差じゃん!」
スマホの電卓に並んだ数字を見て思わず口に出てしまう。誤差だこんなの。というか誤差にしなきゃいけないのだ。
「来週の土曜日までに10万回、回さなきゃいけないの」
「何を? ガチャ?」
「動画!!」
大学の学食のトレーを下げながら片手で器用にスマホをいじるきーちゃんを軽くこづく。びくともしない。居酒屋でバイトしてるきーちゃんは、空のお皿が2、3枚載ってるくらいはなんてことないらしい。
「なるほど、動画いっぱい再生するのを『回す』って言うわけね」
きーちゃんはどちらかというとアニメのオタクの人だから、ついアイドルファンのノリで喋ると言葉が通じないことがある。
きーちゃんは最近私がダンスサークルの活動を休みがちなのを気にしていた。ゆるいサークルだから別にいいっちゃいいんだけど、私は結構参加率が高い方だったから、逆に突然顔を出さなくなって心配だったらしい。
「そうそう」
「10万ってやばいね」
「でもひとりでじゃなくてファンみんなでだから」
きーちゃんと一緒にトレーを戻し、講義棟まで戻ることにする。
きーちゃんの手元はせわしなくゲームの画面を操作して敵と戦っている。ソシャゲのイベント中らしい。
「何だっけ、ラボアイ?」
「アイラボ! アイラボの新曲作ってもらうのに、2週間でMVとダンス動画が10万回再生っていうのが条件だから」
8人組男性アイドルグループ、アイラボは平たく言うと私の推しで、かっこつけて言うと私の生きがいだ。
まだメジャーではないけれど。持ち歌も2曲しかなくて、単独ライブではほとんど先輩グループの曲を借りてるし、ライブのキャパも小さいけれど。SNSのフォロワーも大していないけど。
でもメンバー全員ダンスが本当に上手いし、たまにする配信ではみんな仲良さそうに喋っているのもかわいい。応援したくなる一生懸命さがある。
今まで少ない動画、とくにたった1本のMVを何度も見て、ライブに通って、たまに更新されるSNSを何度も確認して、貴重な供給に縋り付くみたいな推し活をしてきた。
新しい供給のチャンスを、ファンの応援を数字にして見せるチャンスを、絶対に逃したくない。ただでさえ後輩グループを作る噂もあるのに、ここで結果を出せないと事務所がもう目をかけてくれなくなるかもしれない。
「これで事務所もアイラボがどんだけ売れそうかを測ろうとしてるんだと思う。今も家でパソコンつけっぱなしにして動画回してる」
「ヤバいね」
きーちゃんはちょっと考えてからマニ車みたいだねーと言った。
「まに?」
「マニ車。輪っかにお経とか書いてあって、一回回すと一回お経を唱えたことになるやつ」
「んで?」
「それに似てるって話」
「よくわかんない」
「徳積んでるねえってことだよ」
「徳かあ」
「いけそう? 10万回」
「いけるいける」
きーちゃんは次の時間違う講義なので、階段前で分かれた。
きーちゃんが「あたしも再生しようか」と言わなかったことに、実はこっそり安心していた。
講義が始まる直前、動画サイトを開いてプレイリストを確認する。
MVが50211回。ダンス動画が36708回。これまでの10日間の成果。
多分、多分目標を達成するのは無理だ。でも絶対ではない。
MVのリンクを貼った私のツイートがバズれば。
誰か有名人が突然ラボアイの魅力に目覚めれば。
奇跡が起きれば。
奇跡が起きなければ、目標は達成できず、ラボアイの新曲は出ない。あるいは目標をうやむやにして新曲を出し、私と、決して大勢とは言えないファンの努力は無かったことになる。
分かってる。ラボアイが期待されてるほど有名じゃないことは。大してカッコよくないって同じ事務所のグループのファンにすら言われてることは。事務所のお荷物と言われていることは。
せめてきーちゃんのぼんやりしたイメージの中でくらい、たくさんの熱心なファンに支えられる期待の新人アイドルでいてほしかった。
徳とかじゃない。私が回して積んでいるのは、もっとちっぽけな、誤差みたいな何かだ。
イヤホンを挿して、音が漏れないくらい音量を絞って、再生ボタンを押す。擦り切れるくらい見たMVが始まる。からから回っている。
画面の中の推しくんはいつも通りの綺麗なダンスを踊っていて、私は見飽きたそれから目が離せずにいる。
モノの数になりてえ ギヨラリョーコ @sengoku00dr
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます