青春友情物語

醍醐潤

青春友情物語

 原案 うっくん(友人)

 制作 うっくん・醍醐潤



         〇


 上を見上げるだけで、暗い気持ちになるような空模様だ。厚い灰色の雲を見て、信次は、腹の底から突き上げた重たいため息を吐き出した。


 ここは中学校の外階段の四階踊り場。殺風景なこの場所は、普段、あまり人が来ることはない。転落防止用の柵があり、その柵の向こうには、広い世界が広がっている。


 意外と知られていない学校の穴場スポット───信次はここをそう勝手に思っていた。知っているのは、自分ともう一人、、、だけ、と。


 時刻は午後四時三十分。すぐ近くに体育館があるので、バレーボール部の掛け声が聞こえてくる。聞き慣れた女子たちのよく届く声だった。

 信次は転落を防ぐための柵に身体をもたれかからせ、特に考えることもせず、ただ、ここから広がる景色を眺めていた。


「なんだよ。急に呼び出したりなんかして、さ」

 背後からよく知っている声がした。1秒も入らずに声をかけた人物の顔が頭に浮かんだ。振り返ると、サトシがズボンのポケットに両手を突っ込みながら、上がって来ていた。


「俺たちが、出会ったのも、ここだったよな」

 サトシが信次の横に並ぶと、顔を横に向けることなく、遠いところを見ながら言った。

「オイオイ、どうしちまったんだ?」

「いや、ふと、なつかしくなっちまってな」

「2年前のあの日、だったよな……」

「あぁ」

 今にも雨を降らせようとする空の下、二人は初めて会った時のことを思い返した。


         〇


 入学式から一ヶ月。中学一年生だった信次は、クラスに馴染めないでいた。毎日、教室で一人、クラスメイトとは離れて過ごしていた。誰かに話しかけることもない。誰かが話しかけてくることも、ない。

 ───学校なんてイヤだ。

 はっきり言って、「苦痛」だった。


 クラス内で孤立し、なんの楽しみもないこの学校まなびやに、1日の大半の無駄な時間をこうしてここで過ごすのは、彼にとって虐待を受けているのと同じぐらい辛かった。


 そんな日々の中、この安楽地を見つけた。


 誰も来ないこの踊り場は、まさに砂漠の中にあるオアシス。休み時間になると、毎回、訪れるようになった。

 サトシと出会ったのは、毎日通うようになってから、一ヵ月ほど経った日のことだった。


「何やっているんだ。こんなところで」

 いつものように何も考えずに景色を眺めていると、声をかけられた。信次とは対照的な明るい笑顔を浮かべるサトシのことを最初は、

(迷惑。近付かないで欲しい)

 そう思っていた。


 しかし、会話を重ねる中でその思いはしだいに薄れていった。打ち解けて、「親友」になることが出来た。


「なつかしいぜ」

 信次と同じように柵に凭れかかるサトシは言った。「あれから二年、か。まったく、時の流れっていうやつは、ほんと、早いな」


 信次は言葉を返すことなく、頷いた。顔を下に向けて、前を見ようとしない。顔の表情は、暗かった。


 そんな信次の様子を見て、

「どうしちっまたんだよ、信次」

 サトシが尋ねてきた。親友の異常を感じ取っていた。


「サトシ……」

 今にも泣きそうな口調で信次は言った。「俺、もう、ダメだ……」

「おい、それ、どういう意味だよ!」

「もう辛いんだ! また、クラスに馴染めなくて、俺。ここで生きるのが嫌なんだ!」

「信次! お前は自分を責めすぎだ! 信次!」

「もう限界なんだよ!」

 叫ぶ信次にサトシは、うろたえてしまったようで、後ろに二、三歩下がった。「俺は! 俺は! ここで――」


「バカ野郎!」

 柵を乗り越えて、飛び降りようとした信次をサトシは自分の方向へと引っ張った。

「やめろよ――」

「お前――死んでどうする!」

「いいんだ。もう、このまま死んでも。俺を頼ったり、一緒に話してくれる奴なんていないんだ! だから――」

 パチン!、高い音が辺りに響いた。サトシが信次を平手打ちしたのだ。

「バカ! そんなこと言うなよ! お前――俺がいるだろ!」

 その時、信次は、ハッとした。「お前、お前――俺がいること忘れるなよ! 頼ったり、一緒に話す親友が、すぐそばに、いるだろ!」


 目が熱くなった。

 自分自身、ありのままの自分、それらに彼はガラスの蓋をして、心の奥深くに閉じ込めてしまっていた。自分は辛いはずなのに、嘘を重ねて隠してきた。それが――今のサトシの言葉で、優しい気持ちに包まれ、静かに崩れた。

 涙をぬぐい、信次は親友を真っすぐ見つめた。

「ありがとう、サトシ。俺、生きてみるよ」


         〇


「いやー、まさか、お前があんなことを言うとはな」

 学校からの帰宅途中、二人は並んで通学路を歩いていた。「びっくりしちまったぜ」


「あの時はどうかしちまっていたからな」

 電柱に取り付けられた街灯がともり始めた。既に日の入りの時刻であり、まもなく夜をむかえる。

 通りの交差点を渡り、真っすぐ進む。二人はいつも通り、笑いながら歩いている。

「俺、こっちだから」

 学校を出てから五分ほど歩いたところで、サトシは言った。


「そっか。じゃあな」

「気をつけて帰れよ」

 お前もな、バイバイ、手を振り合い、互いに違う道を歩き出す。

 信次が五十メートルぐらいそこから進んだ時だった。


 キキ―!


 辺り一帯に響く車の急ブレーキの音。

 そして――


 バンッ!


 何かにぶつかった。

 信次の背中側から聞こえてきた。背筋を一粒の汗が流れた。嫌な予感がする。

 後ろを振り返る。そして――信次の目が大きく見開いた。

 

 ハザードランプを点滅させて、止まっている車。その車の後ろに濡れたアスファルトに横たわる、制服を着た男の子――。


「サトシィィィィィィィィィィィィィ!」

 かばんをその場に投げ捨て、信次は来た道を走って戻る。息が切れる中、必死でサトシのもとへ駆け寄った。サトシの周りには、血の池が広がっていた。


「おい! サトシ! しっかりしろ!」

 信次の大声とは対照的に、か弱く、今にも聞こえなくなってしまいそうな声で、サトシは言う。

「もう……俺は……ダメ……だ」

「何言っているんだ! 今、救急車、呼んでやるからな」

「いや……もう……ダメ……だ」


「諦めんなよ! サトシ、お前、さっき――俺に、死ぬなって言ったんじゃなかったのかよ!」

 溢れる涙を抑えることなく、信次はサトシの身体を支える。手には血がついた。

 徐々にサトシの意識がなくなっていく。それでも、サトシは親友の信次に言葉を伝えようとした。


「しん……じ。お……まえ……は……生きろ」

「お前もだよ! お前も……俺と一緒に生きるんだよ!」

 その時、信次の腕を伝うものがあった。涙、しかし、それは彼の物ではなかった。サトシが流した涙、だった。

「しん、じ……あり……が……と……」

 頭がガクッとなった。暗い空から雨が降り始める。

「サトシー-----!」


         〇


 数年後。

 信次は十八歳になっていた。そして、新たな人生の岐路に立っていた。


「お前がいなくなって、もう三年だな。サトシ」

 ここは、町の一角にある霊園だ。ここに三年前から、サトシ、井上諭死いのうえさとしは眠っている。毎年、命日が近付くと、信次はここに花を手向たむけに来ていた。


「あれから色々あったよ。色んな番組に出ていた爽やかなイメージのある某芸人は、不倫して干されたし、あるアイドルは深夜の公園で全裸になって捕まった」

 墓石に水をかけながら信次は語りかける。


「俺、やっぱり無理だ。もう、生きるのに疲れたよ」

 しゃがみ込んで、ため息をつく。「何やってるんだろ、俺」


 その時だった。

「バカヤロォー!」

 突然、後ろから頭を叩かれた。


「えっ?」

 聞きなれた声。信次は驚き振り返る。すると、そこには、白い着物を着て頭に三角をつけたサトシが立っていた。


「サトシ……」

「お前、弱気になるんじゃねーよ!」

 サトシはあの時と変わらない熱さで言った。「多目的トイレ不倫した芸人とか、裸になって逮捕されたアイドルがいても、お前は生きる道しか用意されていないんだよ!」


「でも、もう……」

「生きるんだ! お前は!」

 サトシが信次の肩を揺らす。「お前は、俺の分まで生きるんだよ!」

 信次は目から溢れる涙を抑え切れなかった。いつも、いつも、自分のことを勇気づけてくれる――サトシに何回も、何十回も救われた。サトシの熱血した言葉が深く心に刺さった。


「サトシ……サトシ……」

「いつも見守っているからな」

 空へと昇っていく、サトシ。信次は胸に手をあて、目を閉じる。

 —―お前は俺の中で生き続ける。

 再び目を開け、信次は歩き出した。これからもあいつの分を生きなきゃ、そう思いながら。


         〇


 サトシ。

 俺はお前と出会えてよかったよ。

 これからもずっと親友だからな。

 先日、子どもが生まれたんだ。

 元気な男の子だ。

 俺、その子を見て、決めたんだ。

 ――お前と同じ名前をつけるって。

 諭死。

 いい名前だな。

 これから、父親として、

 一家を支えるために頑張るよ。

 

 それじゃあ、またな。






        了









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