あなたは私の推しではありません。
かなぶん
あなたは私の推しではありません。
ある日、神妙な面持ちで父さんが言った。
「
「いいんじゃない?」
特に反対する理由もなかった私は、そんな父さんの気持ちを踏みにじる、気楽な声で返す。だって、詳しくは聞いてないけど、どうせ何度か会ったことがあるあの人が相手だろうって思ってたし、印象は悪くない……いや、父さんにはもったいないくらい良い人だと思う。たぶん、「お母さん」って言うのもそんなに抵抗はないだろう。
「そ、そうか?」
「うん」
またもあっさり答えた私は、少しだけ画面の外を覗き見る。
わざわざ娘の視線が直接向かない時間を狙った告白は、これからを語るにはどうなんだろうって思わなくもない。それでも、父さんがほっとしたような顔をしていたなら、(良かった良かった)と口元を笑ませて、再び画面の中へ意識を集中させる。
ちょっと他人事みたいな感想だけど、仕方がない。
なんたって、私は今、大切な時間の真っ最中なのだ。
スマホの小さな画面の中に映る、見目麗しい三人の少年。
私と同じぐらいの年なら、知らない訳がない、今、とても人気なグループ。
その彼らが出した新しい
……とは言っても、すでにこのMVはリピートしまくってて、だからこそ、父さんの告白もちゃんと聞いていたし、答えもできた。
これが初めて聞いたタイミングだったら……想像するだけで自分が怖い。
当然、そんなタイミングを図れるということは、父さんもMIRAsyaのことは知っていて、私が特に推している”彼”のことも知っている。
「!」
丁度、画面いっぱいに映し出されたその姿に、何度目だってくらいなんだけれど、私の胸はきゅっと締め付けられてしまう。
MIRAsyaのセンター、ではなく、左側に立つ少年・コウヤ。
私と同い年の彼は、本当に同い年の男の子なのかと思うくらい、整った柔和な顔立ちで、MIRAsyaの中では可憐なお姫様みたいなポジション。男の子の紹介の仕方として正しいのかは知らないけど、とにかく、美しいし、かわいい。
そう言えば、父さんが再婚する(と思っている)あの人も、似た感じだったな。
やっぱり親子だから好みが似るのかも――とか、コウヤを前にふわふわした感覚を味わっていたなら、再び父さんからかかる声。
「そ、それでだな。実は
「へえ、初めて聞いた」
聞き慣れた名字。やっぱりあの人だ。
しっかし、これから妻になる人なんだから、名前で呼べばいいのに、名字でさん付けなんて。と思いつつ、廣野さんの「お子さん」を想像しかけた矢先。
「実は……そこに映っているコウヤくんが、彼女の息子なんだ」
「…………………………は?」
全ての感情を吹き飛ばす話に、自分でもビックリするぐらい低い声が出た。
――で、それから半年後。
「ねえ、なんで屋上なのよ。喉を痛めたらどーすんの?」
「そんだけ着込んでりゃ、風邪なんか引かねーだろ」
「ち・が・う! あんたよ、あんた! そうじゃなくても屋上なんて危ないのに」
義兄弟となったコウヤ――
本当なら、私が言ったとおり危険だから生徒に開放されないはずの屋上だけど、有名人の特権なのか何なのか、鍵を持っていた知樹は手慣れた様子で扉を開けた。肌寒い風が吹くのも何のその、陽光を背景に「入れ」という知樹の姿に、一瞬だけ惚けてしまうのは仕方がない。
正気に戻るように首を振っては、「早くしてよね」と小言を一つ。
「さむっ……!」
想像より強い風は吹いていないものの、やっぱり寒い屋上に知樹を振り向く。
「ちょっと! 寒いけど大丈夫? せめてコートだけでも持ってきたら?」
「ヘーキヘーキ。これでも常連だから」
「常連って……」
「んなことより、だ」
屋上と聞いてきっちり着込んできた私と違い、制服だけの知樹は、扉の外を確認してから鍵を閉めた。
「そんな神経質にならなくても、今更ここまで追いかけてくる奴もいないでしょ」
「うるせー。念には念をって言うだろ」
すっかり慣れた荒い言葉遣いに、私は呆れたため息をつく。
半年前の「MIRAsyaのコウヤがウチの学校に!?」という騒ぎは、今は昔。
姿形はコウヤではあるものの、中身はこの通りの少年である知樹に、熱狂が冷めるのは私が思うよりもだいぶ早かった。まあ、それでもこの容姿で、性格もそこまで悪いわけでもないから、モテると言えばモテるけれど。ちなみに同性の友だちも多い。
そんな知樹は、改めて私と対峙すると、ビシッと指を突きつけてきた。
「単刀直入に聞く! アレは何なんだよ!」
わざわざ屋上まで来て尋ねる「アレ」。
かなり大事なことなんだろうけど、
「アレ? アレって……何?」
本気で分からなくて首を捻ったなら、さっと顔を赤らめた知樹が、再度を指す。
「だ、だから! あの、扉の!」
「扉?」
「ああ、もう! ポスターだよ、ポスター! なんであんなもの貼ってんだよ!?」
「あ、それであの時……って、あんなものとは何よ」
ようやく知樹が何を言っているのか察した私は、同時に彼が「あんなもの」と指すモノにも気づいて少しだけムッとした。
昨日の夜、夕飯ができたと呼びに来た知樹。それに「すぐ行く」と返事をしたんだけど、前日に同じように返事をしてしばらく来なかったせいだろう、そのままガチャッと扉の開く音がした。で、私は「勝手に開けないでよ!」なんて、思春期の代表格みたいな叫びと共に机から扉の方を振り向いて、でも、そこには知樹の姿はなく――
在ったのは、私の今も変わらぬ最推し・コウヤの眩い微笑み。
思い起こした扉の守護神に、一時心を奪われていれば、目の前の知樹が叫ぶ。
「お、おま、香苗が言ってたじゃねえか! 自分の推しは俺じゃないって!!」
「うん。私の推しはあんたじゃないよ?」
「うぐっ」
あっさり否定する。
あまりにもあっさりし過ぎていたのか、知樹は一瞬息を詰めて怯んだけど、気を取り直すように腕を払っては、一歩足を踏み出してまた叫んだ。
「なら、アレは!? なんであんなポスターが貼ってあるんだよ!?」
見た目が完璧なコウヤは歌も素晴らしい。だから当然、知樹も声量はある方だ。
なるほど、だから屋上だったのか。
私は一人納得しつつ、今回もしれっと答えた。
推しと同じ瞳をしっかり見つつ、
「もちろん、好きだからに決まってるでしょ」
「!!?」
「ちなみに、ポスターどころかグッズも、コラボとも言えないような出来映えのも持っているし、ほらほら、この髪留めにもちゃんとコウヤのシンボルマークが」
「ちょちょちょちょちょっと待て!?」
前髪の髪留めを外しがてら知樹に近づき、見えるように宝物をかざす。
慌てて手に取ろうとするのを躱せば、大混乱している顔がそこにあった。
「いや、だって、え? 初めて会った時だって、そんな……」
それはそうだろう。
何せ、初めて会った時、私たちは再婚相手の子ども同士なのだ。
これから家族に、兄弟になる相手なのに、ファン目線でいられる訳がない。
それに、画面越しの推しと違って、目の前にいるのは生身の人間。
画面から見えない部分があるのは当然で、その違いを想像できないほど、私は子どもでも、夢見がちでもないつもりだ。
……とか思いつつも初めの頃、実はすっごく動揺していた。
連れ子がコウヤと聞いた時の反応からも分かるとおり、嫌な予感で。
いつも見てきたコウヤとこれから会う知樹が全然違ったら、そこで私の最推しとお別れすることになるんじゃないかって思っていた。
まあ、ご覧のとおり、全然、顔以外、方向性も何もかもが違ったんだけど。
全然お姫様じゃないし、この顔で腕っ節は強いし、男子と似た雰囲気だし。
でも――不思議とそれで私とコウヤの距離が離れることはなかった。
もちろん近づくこともないけれど、いつもと変わらず、変わらない距離で私の大好きなコウヤはそこにいる。
――画面の向こうに。
「だから、あなたは私の推しではないけど、コウヤは今でも私の最推しなの!」
「は……? いや……え? どういう意味だ?」
言えば言うほど大混乱に大混乱を重ねる知樹。
別に分からなくてもいいけどね。
私だって、言い切るほどには上手く説明できないんだから。
そんなことを思っていれば、
「っひ、くしゅっ!」
「ちょおおっっ!!? だから、風邪引いちゃうでしょ!?」
突然のくしゃみに驚き、着ていたコートを脱いで知樹に被せる。
こんなところで、こんなことで、コウヤが風邪を引いては大変だ!
「ちょ、やめ、大丈夫だって! くしゃみ一回くらいで大げさだろ!」
「何言ってんの! あんたはあんた一人だけのものじゃないんだから!」
「香苗こそ何言って! っつーか、寒いだろ!?」
「私なら平気だって! 良いから、着て! さっさとここから出る!!」
絶対、腕力では劣るんだけど、コウヤを想う私の気迫に怯んだのか、知樹は慌てて屋上から屋内へ。
私はこれに満足感を得て笑いかけたけど、
「っぐしゅ……うぅ……さ、寒い……」
自分で剥ぎ取ったコートを追うように、知樹の背を追いかけた。
あなたは私の推しではありません。 かなぶん @kana_bunbun
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