推しに捧げる人生

志波 煌汰

全ては彼のために

 彼と出会うまで、私は腐っていくばかりのろくでもない人生を歩んでいた。

 はっきり言って、当時の私は誰からも嫌われていた。殺したいほどに憎んでいたものも居ただろう。それに対して私はと言うと完全に開き直り、誰に対しても横柄な態度をとりながら日々を生きていた。

 退屈な仕事。理解のない家族。周囲の人々からの蔑み。溜まれども溜まれども、私を慰めることのない金銭。

 人生などこんなものかと、どこか諦めていた。


 そんなある日のことだ。彼に出会ったのは。

 一目見た瞬間に、体中を稲妻が打ち据えたかの如き衝撃を感じた。

 その顔も、手も、声も、全てが祝福された完璧さだった。

 彼の一言で、生まれ変わるような心地がした。


 その時から私は彼のためにこの生涯を投げ打つことに決めたのだ。


 彼のことを知ってもらうため、日々熱心に布教活動に取り組んだ。

 アンソロジーにも寄稿した。私の作品がトップを飾ることになった時は少しばかり照れ臭かったが、彼の尊さを伝えるために、出来る限り筆を尽くした。

 時に同志と衝突することもあったが、それも彼のおかげで和解できた。

 彼のためならば、どんな苦難も耐えられた。

 本当に、彼が私を救ってくれたのだ。

 私のようなろくでもない人間にとって、彼との出会いは涙が出るほどの喜びだった。


 だから──剣に貫かれた今この瞬間も、後悔などは一切ない。

 彼に救われたこの人生、彼のために終えるのならば、これ以上のことはない。

 彼が罪深い私を見出してくれたあの時に、私は既に救われていたのだから。



 ああ、我が敬愛する救世主イエスよ。

 この徴税人マタイが、あなたの御許へと参ります──。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推しに捧げる人生 志波 煌汰 @siva_quarter

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ