酒場にて

シンカー・ワン

酔って候

 迷宮保有都市モンタナ。

 いにしえの大魔導士の名を冠し、彼が造ったと言われるこの都市の迷宮は "聖地" と呼ばれ、世界各地から腕試しに冒険者がやって来ることで有名だ。

 数ある酒場のひとつから、日が暮れてひと仕事終えた冒険者たちの喧騒が聞こえてくる。

 飲めや歌えやのバカ騒ぎの中、カウンターの隅で黙々と食事をする、柿色の忍び装束をまとった少女がひとり。

 淡々と飲み食いしているようにみえるが、さり気なく辺りの様子をうかがっている。

 周囲の冒険者たちの何気ないやり取りに聞き耳を立て、自身に益となりそうな情報を得ようとしているのだ。

 例えば迷宮で出くわすだろう怪物の種類や出現場所、各階層のエンカウント率、得られる宝物の種類などなど。

 基本的に冒険者は秘匿主義者が多い。情報というものは武器でもあるからだ。

 しかし命をかけた戦いに勝ち相応の報酬を手にし無事に帰還しての飲食は、生を実感する充足感から心のゆるみを生む。

 気のゆるみに酒が入って酔いが回れば口も気持ちも軽くなり、語りだされる武勇伝に多くの情報が含まれていたりするもので。

 機に敏な忍びの者はそれを逃さない。

"……地下三層は回転床に落とし穴ピットの連続、それに首狩りしてくる敵も出るか、なるほど。む、四層に最重要アイテム? これは良いことが聞けた……"

 思わぬ重大情報に口元が緩むが、料理が美味かったふりをして誤魔化す。

 品の無い酔い方をする一党パーティとしか見ていなかったが、けっこう高位の冒険者のようだ。

 テーブル下へ無造作置かれている連中の武器防具も、よく見れば高品質の物やマジックアイテムで揃えられていたりする。

 さすがはモンタナの迷宮に挑む一党と、忍びは認識を改める。

「――んだなぁ、ヒック。さすがに今日は、ヒッ。やばかったぁ」

 へべれけ一歩手前といった感じの戦士らしき男が、ろれつの回らぬ口で話しを切りだす。

「あー。あれは、貴様が悪い。うん、悪い」

 杯から手を放さず据わったまなざしで戦士を糾弾するのは魔法使いか?

「まったくよぉ、枯れちまうんじゃないかって、冷や冷やしたぜ」

 赤ら顔して言うのは盗賊だろう。

「ガハハッ、この世とあの世の境、あのギリギリ感がいいんだろって」

 戦士が酒臭い息を吐き散らしながらしたり顔をして言う。

 "あの世とこの世? ギリギリ? 強敵との戦いか? いいぞ、どんな奴とやり合った? 全部ぶちまけろっ"

 新たな敵のデータ収集の機会と、昂る気持ちを顔には出さず忍びは耳を澄ませる。

「気持ちいいんだよ~ヒック、パンシーちゃんのドレインはっ」

 "――はい?"

 が、耳に飛び込んできたのは予想から斜めに外れた言葉であった。

「こう、チューチューって感じでさぁっ、ヒック。なんかためらいがちでよぉっヒック、あれがたまらんっ」

「わかる、わかるぞぉっ」

「慣れてない感じが、生前を想像させて萌えるよな」

 実に楽しげに戦士のげんに魔法使いも盗賊も激しく同意と首を縦に振る。

「ガスドラゴンやられて前に出て来たプリーステスがフレイル振るうとことかさ、もういじらしくていじらしくて」

 いつの間にか口調がしっかりしてきた戦士。

「うむ、あの後のない必至な姿は良いものだ」

 うんうんと頷きながらの魔法使いに、

「やられた時の恨めしげな顔でおかわり三杯いける」

 決め顔でほざく盗賊。

 常人には理解できそうにない内容の会話を弾ませる男三人。

 "――な、何を言っとるんだ、こいつらは?"

 高位冒険者たちがぶっちゃける話は、忍びにとって迷宮よりも謎に満ちていた。

「覚えてるか? アーロンの深層で遇った……」

 懐かしそうに戦士が言えば、

「忘れようがないではないか」

 初恋を思い出したかのように魔法使いが応え、

「あぁ、アイツは最高だった……」

 盗賊が一瞬遠い目をしたあと、男どもは声をそろえ、

「サッキュバス!」

 高らかに女夢魔の名を呼び、酒を湛えた杯を掲げ合わせる。

「も一度お相手してぇよなぁ」

「是非もなし」

「二発……いや三発は耐えたいところだな」

 目をキラキラと輝かせるその姿は夢を語る少年のようだ。

 聞いてしまった忍びにとっては悪夢でしかなかったが。

 隠形が意味を失くし、ハッキリとした態度に出してしまっている忍びに、

「……お客さん初めてかい? 悪い奴らじゃないんだが悪酔いするとああいう話をしちまうんだ」

 カウンター付きの店員が話しかける。

 あの三人は高位の熟練者ベテランで、強くなりすぎて普通に戦うのに飽き、おかしな楽しみ方を見つけるようになってしまったのだと。

 彼らの見つけた楽しみ。

 それは女性型の怪物にギリギリまでやられてから倒すこと。

 勝てないと知りつつも倒そうとしてくる相手の必死なさまを見て楽しむとか。

 吸精攻撃エナジードレインしてくる相手なら、活動できなくなるスレスレまで吸わさせてから反撃するとか。

 彼らの最推しは上級淫魔のサッキュバスで、アイツらにどれだけ吸われても大丈夫でいるために鍛え上げている冒険生活らしい。

「……まぁハッキリ言って変態だな」

 無視してた方がいいぞと言って店員は離れていった。

 図らずも男性冒険者の深淵を覗いてしまい、ゴリゴリと精神が削られてしまった忍び。

 忍びクノイチとして男性生理はそれなりに知識として持ってはいたが、今知ったはそう言うのとは違う。

 次元が、違っていた。

 ……美食家が行きつくところまで行くとゲテモノにたどり着く。

 思考が止まりかけている頭の隅っこにそんな言葉が浮かぶ。

 今にも灰化しそうな彼女の背後では、高位冒険者たちの楽しげな声が響いている。

「――魔力の尽きたウィッチが見せる絶望の顔がこれまたそそって……」

 宴はまだまだ続きそうだ。

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