第4話 ノスタルジア

暑い・・・

顔からぬぐいきれないほどの汗が噴き出している。

降り注ぐ太陽は容赦しない。


真人たちは岩肌がむき出しとなっている大岩の影で体を休めた。

時折、見える黒い点。熱射で思考がぼんやりとしながらも、それが何か考えることで一点に集中することができた。


「あと、どのくらい?」

水流の中に顔を突っ込んだ。

幸い、定期的にあるオアシスのおかげで、いくら飲んでも水筒が空になることはない。

「そこまで」

玄は疲れている様子はなかった。いたって平然としていて、息切れしている姿を真人は一度も見たことがない。


「あそこ?・・まだけっこう遠いね」

「いえ、あちらです」

疲れて視野が狭くなっていたせいで五十メートル内にあった木々の存在を認識できなかった。

「ああ。あと少しなんだ。良かった・・」


疲労も限界に近かった。太陽の眩しさも暑さも夜の寒暖差からも、ようやく解放される。真人の目尻に自然と涙がにじんだ。


「そこからは中間地帯。抜ければヒミオルフです」

真人の足はその中間地帯の面前で驚愕に震えた。ちょっとした平原というイメージが真人の想像したものだった。

ところが、平原どころか平坦なだけの隙間無いジャングルだ。

その向こうに見えるのは青々とした高い峰。想像を絶するほど高く尖った山々の集合体。右側視界に隆起した山のこぶは高く、スプーンでアイスをすくったかのごとく岩が断壁となって遠く立ちはだかっている。

目的地はこの絶景の向こう側だと様子で察した・


「大丈夫、ここは問題ない」玄が言った。

「本当ですよ」蜷が言った。

「通ったことあるの?」僕は言う。

その問いに蜷は首を振った。

「ないのに・・」

「玄様の言葉は真実だけです」

根拠がない話に重ねてどうするんだと思いながらも、真人は素直に受け入れた。



麓の前に目印だろうか、岩に図形が刻まれていた。

それにしても〝げん〟の世界とは違ってこの風景は人間の世界に似ている。それに眩しくない。真人はかぶり物を脱いだ。

「脱がないで。それはあらゆるものから防護してくれるもの。ヒミオルフまで」


蜷は善意の気持ちで非道な言葉を告げた。

「ここで体をこれで連結します。道は私しか知らない」

玄はロープのようなものを取り出した。

そして、禁止事項は、絶対に振り向かないこと。

これが小説や漫画の主人公なら、鉄板な展開が待っている。

きっと、主人公はまんまと振り向いてしまってどこかへ連れて行かれる。でも、これは現実であり、僕は決してそんな愚かなことはしない。

そう分かっているのに真人は不思議と少しくらいなら・・とか、斜め後ろの視界を見るだけなら・・とか、思ってしまうのだった。

振り向きたい衝動に努めて抗いながらも何とか乗り切った。


玄の言うとおり、それ以外何も問題がなかった。

見た景色と縮尺があっているのか不思議なほど距離は短く、百メートルもないように感じた。

「どうぞ」

ジャングルを抜けた先で蜷は何か小さなものを真人に手渡した。硬いクルミのよう。振り返った先にさっきの山が今度は左手に見えた。

「あの山、あんなに遠い。こんなに早くここまで来たんだ」

蜷は真人の言葉に無表情だった。

自分の手の中にあるものを確認する。

「いやそのこれ何?」

食べ物だと蜷は言い、カラを石で叩いて潰した。

自然な甘み、しっとりとした食感。

これはあれだ。あの、乾き物・・カシューナッツと同じ味だ。

蜷は身軽に目の前の中低木のてっぺんまで昇っていった。

どうやら、この実のなる木らしい。


真人は子供の頃行った神社の夏の祭りを思い浮かべた。

ぶら下がった電球の灯り。

出店に並ぶ人。

焼きそばの音、焦げた焼トウモロコシ、甘いリンゴ飴、熱を加えたザラメの匂い。

既視体験。

ここから見える風景が懐かしさを感じさせる。


「まなと」

どこかへ消えていた玄が戻ってきた。

「ここの植物は生きてるみたいだよね」


風と一緒に無言の時間が流れた。

人の声も、動物の声も聞こえないが、真人の中で聞こえている。

和気に満ちた会話の声だとか、犬の鳴き声、車の音。そんな生活の音が恋しかった。

真人はどちらの世界も知っているが、玄は比べることが出来ない。

異世界は、価値観が全く違う。


「玄はさ、人間をなぜ知っているの?」

玄は少し考えていた。

「私もかつては人間でした」

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ひねもす木漏れ日わたる 御法川凩 @6-fabula-9

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