推し活笑い ~Pin‐1グランプリ 決勝戦~

ひなた華月

開幕! Pin‐1グランプリ!


「……ううっ、伊予いよちゃん、どうしよう。わたし、もう心臓が持たないよ」


 震える声で、あたしの高校のクラスメイトでもある蜜柑みかんが、話しかけてくる。


 普段から内気な性格なので、彼女がそわそわしているところなんて、別段珍しくないのだけれど……。


「お前が緊張してどうすんだよ、ただテレビ観るだけじゃねえか」


 あたしは、デリバリーで頼んだピザを口に運びながら、適当に返事をする。


 しかし、蜜柑はテーブルに広げられたピザやお菓子には目もくれず、祈るような目線でテレビを見続けていた。


 そして、時刻が夜の8時になったところで、



『Pin‐1グランプリ、開幕~!』



 スーツを着た男の2人組の人たちが大声と共に、テレビのモニターには派手なフォントで『Pin‐1グランプリ』と表示された。


『いやぁ~、今年もやってきましたね! 一年に一度の、一番面白いピン芸人を決める大会が!』


 すると、それを聞いていたアナウンサーの女性も相槌を入れる。


『はい、今年はなんと、3000組以上のエントリーがあったそうですよ』


『ホンマですか。僕が優勝させてもらったときって何人でしたっけ? 確か、10人くらいしかおらんかったんじゃないですか?』


『そんなわけないやろ! お前の年、どんだけしょぼかってん!』


『いやいや、ほんまにそうやってんって。賞金もしょぼくて全部なくなったし』


『それはお前が全部ギャンブルに突っ込んだからやろ! 自業自得やんけ!』


 会場からはどっと笑い声が起こり、アナウンサーの人も笑顔を浮かべていた。


「どうしよう、どうしよう! 伊予ちゃん! 始まっちゃったよ!」


「いや、始まらなかったら放送事故だろ」


 コーラを飲みながら適当にそう言ったものの、あたしの言葉など今の蜜柑には全く聞こえていないようだった。


『はい、このPin‐1グランプリですが、改めて私から説明させて頂きますね。Pin‐1グランプリとは、ピン芸人たちによる夢の祭典です。そして今宵、厳しい予選を勝ち抜いてきた方々が、ネタを披露し、ナンバーワンの称号をかけて対決してもらいます!』


『では、ここまで勝ち上がってきたファイナリストたちをVTRで紹介しましょう! どうぞ!』


 そして、画面は事前に用意されたVTRに切り替わり、今回の大会のファイナリストたちの紹介が続いていく。


 それぞれが今回の大会に臨む意気込みを語っていく中、1人の男の人が紹介される。



『エントリーナンバー0319 復活の劇場王 笑太郎しょうたろう!』



「わあああああああああああああああっっっっ!! 笑太郎さああああああんんっっ!!」


 すると、いきなり感情が爆発したように、今まで大人しかった蜜柑が奇声をあげる。


「うるせぇ!? おい、びっくりするじゃねえか!?」


 あたしがクレームを入れても、蜜柑は座っていたベッドをバンバンと叩くだけで、一向に大人しくならなかった。


 普段の蜜柑を知っているからこそ、そのギャップには驚かせられるが、こんな蜜柑の姿を視たのは初めてというわけじゃない。


 そして、蜜柑が興奮している間にも、VTRでは笑太郎というお笑い芸人の紹介は続いている。


『意気込みですか? そりゃあ、ここまで来たらやるしかないって思ってますよ。妻にも迷惑ばっかりかけてますし、賞金を持って帰って旨い肉でも一緒に食べたいです』


 他の人たちと比べると、やや固い感じでインタビューに答える中、その言葉を一言一句聞き逃さまいと、息を止めて彼を見守り続けている。


 蜜柑が『笑太郎』というお笑い芸人を好きだと知ったのは、中学生のときに初めて蜜柑の家に遊びにいったときだ。



 ――伊予ちゃん! 私ね、この人のことが大好きなの!



 そう言われて見せられたのが、当時はまだコンビを組んでいたときの彼の漫才だった。


 当初は殆ど知り合ったばかりの頃なので、あの大人しい蜜柑がお笑いが好きというのもちょっと意外だと思ったことは今でも覚えている。


 ただ、蜜柑の情熱は本物で、その人たちの話になったら、目を輝かせて話すのだ。

 その後、コンビが解散しても、ピン芸人として活動している彼のことを今までずっと応援してきた彼女の様子も、あたしは間近でみてきた。


 そういう行為を、一般的には『推し活』というらしい。


「がんばって……笑太郎さん……!!」


 祈るような様子でテレビを見る蜜柑。


 この状態が2時間も続くのかと思うと、結構面倒くさいことになりそうだ。


 しかし、ピザとお菓子に釣られて呼び出しに応じたあたしにも責任があるので、今更自分の家に帰るわけにもいかない。


 こうして、あたしも蜜柑の応援に付き合うことになったのだが、蜜柑の目当てである笑太郎の出番はなかなか回ってこないみたいだ。


 その間に別の芸人たちがネタを披露していて、あたしも笑ってしまう場面が何度もあったのだけど、蜜柑は全然笑わないどころが、固まったまま微動だにしなかった。


 一応、蜜柑の分のピザも残しているんだけど、全然手を付ける気配はない。


 お菓子はともかく、冷めたピザを食べるほど、この世にがっかりすることはないので、あたしが全部食べてやろうかと思ったりもしたけど、それは流石にカロリー的に厳しいので自重することにした。


 そして、一人、また一人とネタ披露が終わっていく中で、7人目として、ついに彼の名前が紹介される。



『続いては、コンビ解散からピン芸人の道へ! 今や劇場王と呼ばれた男の復活劇が幕を開ける! エントリーナンバー0319 笑太郎!!』



「――――――!!!!」


 もはや声になっていない声が、蜜柑の喉から声にならない声が漏れる。


 いよいよ、彼の出番がやってきた。


 すると、暗転したステージに照明があたり、部屋の舞台セットが映し出される。


 大会では、ネタの種類などは特に規制はないため、前の人たちは漫談や歌ネタ、クリップ芸など多種多様なネタが繰り広げられていた。


 そんな中でも、彼は一人コントを選んだらしい。


 部屋着っぽい、紺色のスウェット姿で登場する。



『もしもし、あっ、藁井野保険さんですよね? すみませんけど、ちょっと保険の適応のことで聞いてもいいですか?』



 そんな口上から始まったネタは、携帯で繋がったオペレータ相手に、色々な保険が適応するかどうか聞いていくというものだった。


 たとえば、最初は転んで怪我をしたので、その治療費に保険が適応されるかという、至って日常的な会話で始まる。


 だが、段々と内容も変化していき、『友人との会話で滑った手当として、保険が聞くのか』『お年寄りに席を譲ろうとしたら断られて恥ずかしい思いをしたので、保険でなんとかしてほしい』といった、日常のあるあるを混ぜつつ、面白可笑しく話は進行していく。


 テレビ越しでも、審査員の人たちや会場のお客さんたちからも笑いが漏れる。


 それでも、蜜柑は全然笑っておらず、教会にいるシスターくらい真剣に祈りを捧げていた。


 それでも、ネタはどんどん進んでいき、今まで笑いが続いていたところで、最後のオチがやってくる。




『あと……僕、さっき彼女と別れて来たので、保険を適応してください』



『……はっ? 彼女はまだ、俺と別れたくないって……そう言ってるんですか?』



『……わかりました! すぐに迎えに行きます!』




 そう叫んで、彼が舞台袖に入っていったところで、ネタは終了したのだった。





  〇 〇 〇





「ううっ……ううううううっ……」


 2時間後、番組が既に終了しているのに、蜜柑はずっと泣き続けたままだった。


「……惜しかったな。3位以内には入ったのに」


 そんなあたしの慰めの言葉を聞くと、より一層、蜜柑の泣き声が大きくなってしまう。


 残念ながら、彼は最終決戦には勝ち残ったものの、優勝は別の芸人が選ばれた。


 それを、蜜柑か自分の事以上に悔しがり、涙を流している。


「……あのさ。なんでそこまで、あの人のことが好きなんだ、お前」


 そんな蜜柑の姿を見てしまったら、あたしは聞かずにはいられなかった。


「うぐっ……それは……!」


 すると、声を詰まらせながらも、蜜柑はあたしに話してくれた。


「私……引っ込み思案で、伊予ちゃんが友達になってくれるまでは、本当に友達がいなくて……。だけど、笑太郎さんのネタをテレビでたまたま見た時、自然と笑顔になってたんだ」


 そう言って、鼻を啜った蜜柑。


「笑太郎さんは私に笑顔をくれた人なの。笑太郎さんが面白いことをしてくれるから、私、ずっと笑って毎日を過ごすことができたの」


「……そっか」


 正直、あたしは悩みを抱えるような人間ではないので、蜜柑の気持ちを本当の意味で寄り添えないかもしれない。


 だけど、あたしが今できることがあるとすれば、友達をこれ以上、泣かせないことだ。


「蜜柑、さっきの番組、録画してたよな?」


「えっ? う、うん……」


「だったら、今からもう1回観ようぜ」


「ええっ!? なんで!?」


「お前、緊張しすぎてネタも観れてなかったじゃねえか」


 そう言って、あたしは蜜柑の返事を待たずに、勝手にハードディスクの電源を入れた。


 その間も、ずっと不思議そうにあたしを見てくるので、あたしは蜜柑に言ってやった。


「……ちゃんとネタを見て、笑ってやれよ。それに、ファンのお前が泣いてままだったら、本人も嫌だと思うぜ」


「……伊予ちゃん」


 あたしの言葉を聞いて、今まで泣いていた蜜柑の頬が赤く染まる。


「うっ、うん!! そうだよね!! じゃあ、最初から見直そう!!」


 それから、あたしは蜜柑の詳細すぎる解説を聞きながら、もう一度『Pin‐1グランプリ』を視聴することになった。





 明日も学校があるにも関わらず、鑑賞会は深夜にまで及んでいたけれど。


 気づいたときには、蜜柑はお腹を抱えながら、満面の笑みを浮かべていたのだった。


 END


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