マニュアル車

結騎 了

#365日ショートショート 065

ブラスバンドの練習室で、男は声をかけた。

「どうしたんだい、難しい顔をして」

女は答えた。

「自動車学校がなかなか卒業できないの。頑張ってマニュアル車に挑戦してみたんだけど、私には向いてなかったみたい」

「どうしてそう思うんだい」

「だって......」女は、腕と足をがしゃがしゃと動かす。「4本の手足で違うことやるのって、とっても難しいじゃない。こっちに集中したら、こっちが疎かになっちゃう。複雑すぎるよこんなの」

持っていたスティックをくるくる回しながら、男は笑った。

「なんだそんなことか。簡単じゃないか。俺たちブラスバンドで打楽器をやっているだろう。マニュアル車なんて、ドラムセットみたいなものさ。腕と足は違う動きをするけど、ひとつのビートを刻んでる。それに似た一体感が運転なんだ」

ぽかん......「えっ、そんな考え方で大丈夫なの?」

女は不安そうに尋ねる。

「大丈夫だよ。ドラムだと思って運転してごらん。君のドラムは上手いんだ。きっと出来るよ」


数日後、女は松葉杖をついて男の前に現れた。

「あんたのせいで酷い目にあったわ」

「どうしたんだい、そんな大怪我をして」

「ひとつのブラスバンドにドラムセットがいくつもあったら、リズムが合わなくて事故を起こすって、あなたそう思わない?」

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マニュアル車 結騎 了 @slinky_dog_s11

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