私は推し活をしない。

kayako

私は、推しの妻だもの。

 

 私はいわゆる、推し活をしない。

 今まで推しは色々なジャンルにいたけど、サイン会も握手会も行かないし、ライブもそこまで行かなければ、球場に行って試合を応援することもあまりない。

 グッズはそこそこ買うけど、よくツイッ〇ーで見るような、祭壇を作るほどの量は全くない。

 何故かって?

 だって――



 当たり前でしょう?

 私はいずれ、推しの妻となる存在。

 奥さんが、旦那のライブに毎回行く?

 奥さんが、旦那の試合にそんなに一生懸命に行く?

 奥さんが、旦那のグッズで祭壇を作ったりする?

 奥さんが、旦那の一挙手一投足に奇声あげたりする?

 将来推しの妻となるもの、そんなことより旦那の為にやるべきことが山ほどあるの。



 だから私は、そんなはしたない真似はしない。

 そのかわり、わが夫となる推しの為に、将来を見据えて自分を磨くの。



 今の私の推しは、野球選手。

 ならばきっちり、夫の栄養管理をせねば。当然、金銭管理も出来なければ、個人事業主たる野球選手の妻など務まるはずがない。

 その為に管理栄養士とFP、そして整体師の資格もゲットした。

 勿論、海外に行く可能性もあるから英会話の学校にも通っている。

 当然、選手の妻として見栄えがいいように、外見を磨くのも忘れない。

 アスリートは選手寿命が短いことも考え、将来の為に貯金もせねばいけない。だから私はきっちり大企業の正社員として勤めている。

 しかし当たり前だが、それだけではダメ。



 毎月毎月、節目節目にファンレターとプレゼントは欠かさない。

 ツイッ〇ー? 冗談じゃない。推しに真心を届けるには手書きのファンレターが一番と、昔から決まっているでしょう。

 1月はお正月だし、2月はバレンタインデー、3月はシーズン開幕。そのたびに心をこめた手紙を贈る。

 4月は開幕ダッシュ成功ならそのお祝い、そうでなければ激励のメッセージを。

 5月は男の子の日たる端午の節句があるし、6月は彼の誕生月。

 7、8月はシーズン半ばで夏場でもあり、疲れが目立つ時期。ここでの激励メッセージラッシュは欠かせない。

 9月と10月はやや変則的になって難しいけど、チームが優勝するならそれなりのプレゼントが必要になる。残念ながら優勝を逃したとしても、勿論お疲れさまのプレゼントと来年こそは、の激励レターは必須。

 11月はハロウィン、12月はクリスマス。気を抜いて怪我をしないよう、シーズンオフこそちゃんと励ましてあげなければ。


 当然ファンレター以外に、スペシャルプレゼントも用意しないとね。

 去年のクリスマスには手編みのマフラー、お正月には手編みの帽子、バレンタインデーには手編みのセーターをプレゼントした。勿論、色は彼の好きな菫色。

 今年はデザインをちょっと変えてみるつもり。彼の色に私の好きな緑を添えてみるのもいいかもしれないな。


 春先には士気高揚の為、彼の好きそうな歌の入ったCDを自作してプレゼント。

 彼の好きな歌手は勿論知ってるけど、その歌だけを集めたCDでは芸がない。そもそも、お気に入りの歌だったら大体のアルバムは持ってるだろうし。

 だから、似たような曲と、さらに私のお気に入りアニソンも半々ぐらい混ぜて、特製CDの出来上がり。私の旦那さんとなる方なのだから、少しは私の趣味も理解してもらわねば。


 夏は少しでもリラックスして涼しくなってもらう為、ハーブの香りをたくさんつけた大きな自作のぬいぐるみを。

 秋は元気の出るメンタルヘルス本、そしてお気に入りのパワーストーンを、心をこめて贈っている。



 さらに言うと。

 選手名鑑見れば分かるけど、我が夫となる愛する推しは、自分の夢に対して若干消極的な人物だ。将来の夢に「田舎でのんびり過ごしたい」とか書いていた。

 とんでもない。彼にはもっともっと大志を抱いてもらわねば。3割30本は当たり前、そして三冠王、ゆくゆくは海外を見据えて頑張ってもらわねば。

 推しの活躍をもっと見たい。そう思うのは自然なことでしょう?

 だからその意識を、改革してもらわねばならない。


 私はファンレターに何度も何度も書いた。

 私の推しならば、もっとしっかりしてほしい。もっと夢をもってほしい。アスリートはファンに夢と勇気を与えるものではないか。

 自分を律し、どこまでもカッコよくあり、皆の憧れであり、永遠のヒーローたること。それがあるべきアスリートの姿。

 そうでなければ、激しい生存競争の世界。すぐに新人に追い越されてしまうではないか。



 推しからの返事は全くなかったが、私はそれでもファンレターとプレゼントを続けた。

 それでも推しが頑張ってくれるなら。今まで以上にカッコイイ姿を見せてくれるなら、私はそれで良かったのだけど――



 ある年、事態は急変した。

 新しく入ってきた選手のうち一人がかなりの有望株で、しかも推しと同ポジションだという。

 つまり――我が推しと新人の間で、ポジション争いが発生したのである。



 若さの分、この争いは推しの方が不利。

 しかも新人は推しと同程度の打率で、守備は正直、推しより巧い……

 周囲のファンはあっという間に新人を支持するようになり、ツイッ〇ーもそんなファンの声で溢れた。

 勿論、今までチームを支えたベテランたる推しを支持するファンも勿論いたが、世代交代の声に儚くかき消された。

 結果――我が推しは、次第にレギュラーから外れることが多くなった。



 最悪だったのは――

 その世代交代を、我が推し自身が受け入れているという事実であった。

 自身のポジションを守るよりも、新人を指導し次世代を育成することに注力している我が推し。新人と随分仲睦まじくしている様子が、スポーツ紙に何度も掲載された。



 仕方がない。

 推しにその気がないなら、私がどうにかするしかない。

 スナイパーの資格はどこで取れるのか。劇薬取り扱いの資格は――

 いや。手始めに、その新人のツイッ〇ーを荒らしてメンタルを削っていこうか。

 そんな考えを巡らせていた、ある日。



 その朝、とんでもない記事がスポーツ紙に掲載された。

 ――それは、推しが結婚するというニュース。

 幸せそうに笑顔を見せる推しの隣には、全く知らない若い女性の姿があった。



 ツイッ〇ーやSNSは、推しへの祝福の言葉で溢れたが。

 同時に、こんな噂もまことしやかに囁かれていた。



 ――彼、最近しつこいファンレターに悩んでたらしいよ。

 ――え? 今時手紙?

 ――ファンレターだけならアリだと思うけどさ。

 貴方の生きざまはアスリートじゃないとか、プロならもっとしっかりしろとか、上から目線の内容ばかりだったんだって。

 ――変な臭いのぬいぐるみとか、センス最悪のセーターとかマフラーとか、キモイアニソンが山ほど入ったCDとか、妙な自己啓発本とか、毎月のように色々送りつけられて、周りにも相談してたみたい。

 ――新人君のことも心配だったみたいだよ。そっちに被害が発生したらどうしようって。

 ――その中で、あの幼馴染の女性はすごく親身になって話を聞いてくれたらしいね。

 ――それがきっかけで距離が縮まったって、ストーカーにしてみれば皮肉でしかねぇw




 何の噂かは全く分からないが、私が思ったことはひとつだった。

 ――とにかく今は、推しをすぐ近くで支える人がいるわけだ。

 私がこれ以上、彼にすることは何もない。

 推しの奥さんである必要はもうない。だって、本物の奥さんが推しの隣にいるのだから。

 そう思ったら、急に肩の力が抜けてしまった――

 私は推しに、色々尽くしすぎたのかも知れないな。



 青天の霹靂のはずの、推しの結婚。

 でも私の気持ちは、不思議とはれやかだった。

 これまで推しに捧げた気持ちが無駄? そんなことは絶対にない。

 推しのおかげで、私は成長出来たじゃないか。

 推しの為に、色々な資格も取れた。正社員にもなれた。料理も英会話もできるようになった。



 それにまた――別の推しを見つければいい。



 *****



 それから数年後。

 私には、とあるVtuberの推しができた。

 彼はお寿司が好きだというので、寿司の修行をし。

 ロッククライミングと神社巡りが趣味だというので、それに倣って全国の山々を登り、全国の神社を巡りまくった。出羽三山は何度巡ったか。

 おかげで足腰が非常に強くなっている。

 いつでも推しと一緒に、伏見稲荷の階段を極めた後にお寿司を御馳走する用意は出来ている。

 しかし最近の雑談配信で推しは、結婚の条件に巨乳をあげてきた……

 胸を大きくする訓練はどうしたらいいんだろう。いや、そもそも推しにその認識を改めさせるべきか。

 これが最近の悩みである。



 私は推し活をしない。

 というか、大切な推しの為に自身が成長する、それが私の推し活なのだから。


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