男三人がセックスしないと出られない部屋に閉じ込められた話

佐藤悪糖🍉

本文

 新入生に告ぐ。

 サークル選びは、部室に置かれたこたつで決めろ。


 青春の価値を定めるものは部室に置かれたこたつである。大学における聖域、それがこたつだ。なんだかんだと人目も多い学内で、人間の皮を脱ぎ捨てられる場所はここしかない。

 ゆえに俺たちはこたつに溜まる。書きかけのレジュメと先輩から借りたAVが詰まったかばんを放り投げて、いそいそとこたつに潜り込んでは、長く深い息を吐き出すのだ。

 そんな聖域たる部室のこたつだが、残念ながら今日は先客がいた。


「おっす、おつかれ」

「うーい」


 軽く手を上げた茶髪眼鏡の男は、ジュンと言う。

 こいつとは大学入って以来の付き合いだ。最初の頃の講義で隣の席だったから、なんとなく話しかけた。それから同じサークルに入り、なんだかんだとゆるっとつるんで、もう一年になる。


「ソウタぁ」

「あ?」

「やべーこと言っていい?」

「度合いによる」

「じゃあ大丈夫」


 ジュンはゆるっとしたノリで続けた。


「仮に今、絶対にうんこ食わなきゃいけない状況だとしてさ」

「度合いによるっつっただろ」

「ソウタはどこまでいける?」

「続けるな」


 何気なく放たれた豪速球を俺は全力で見送った。拾いたいとも思わなかった。


「まあ聞いてよ。理由があるんだ」

「そこまで言うなら」

「最近コーヒーにハマッてさ。ジャコウネコって知ってる?」

「あー。あの猫に豆食わせて、その糞から採るコーヒーか」

「あれ興味あってさ。でもうち、猫いねえじゃん。うちにいるのって俺だけじゃん」

「……それで?」

「やってみたんだ。俺で」


 …………。

 絶句した。絶句するしかなかった。なぜこいつは、『最近コーヒーにハマッてさ』なるお洒落ワードから、こんなロクでもない話につなげられてしまうのだろう。


「採取まではしたんだ。でも、そこから先は勇気が出なかった」

「そこまで行かないと踏みとどまれなかったのか」

「俺、どうすればいい?」

「水に流せ水に」

「俺がしでかしたことも水に流せるかな……」

「俺は一生お前が馬鹿だって言いふらすけどな」


 ジュンは泣きそうな顔をした。本当に馬鹿だなって思った。そんな馬鹿が泣きそうな顔のままにじり寄ってきたが、ばっちいので触るのはやめておいた。

 その時、部室の扉が開く。中に入ってきたのは背の高い男。男は後ろ手に扉を締め、部室内に俺とジュンがいるのを見下ろした後、明瞭に告げた。


「今からここは、セックスしないと出られない部屋だ」

「……!?」


 男の名はハヤト。こういうことをする変なやつだ。

 高校時代は野球部なんてやっていたくせに、なんでか知らんが大学では園芸部に入ってきた。ノリとパッションで呼吸をするこの男は、すべてを置き去りにする思考を持つ。


「やべーよソウタ。セックスしないと出られないんだって」

「鍵あいてるけど」

「どうする? やべえって、俺セックスなんてしたことねえよ!」


 友人の悲しいカミングアウトを聞き流しつつ、俺はハヤトに湿度高めの視線を送った。


「ハヤト。やりたかったのか、このシチュエーション」

「ああ」

「男三人で?」

「……いや」


 ハヤトは歯を食いしばりながら、ゆっくりと首を振る。


「俺だって……! 本当は、女子がいる時にやりたかった……!」

「馬鹿だなぁ」

「でもなァ! 実際に女子がいる場でこんなこと言って、変な空気になったらもう死ぬしかねえだろ!?」

「日和ったなぁ」

「頼むソウタ、ジュン。力を貸してくれ。俺にはお前らしかいねえんだ……!」


 ハヤトは熱く語る。俺はその熱量をスルーして、ペットボトルの茶をずずっとすすった。


「ハヤト……。わかるよ、俺……!」

「わかってくれるか、ジュン!」

「俺はわかんねえけど」

「これが友情ってやつだよな! 友だちのためなら、俺なんだってやるよ!」

「わかってくれるか、ジュン……!」

「俺はわかんねえけど」


 馬鹿と馬鹿は熱く抱き合う。楽しそうだが、混ぜてほしいとはこれっぽっちも思わなかった。


「議題」


 ハヤトはあちこちに消し残りがあるホワイトボードに、水性ペンで大きく書く。


「セックスしなければ出られない部屋」


 俺は無言で部室の扉に目を向ける。鍵はちゃんと開いていた。


「さあソウタ。お前ならどうする!」

「死ぬ」

「軽々しく死ぬなんて言うんじゃねえよォ!」

「そうだよソウタ! 俺たちと一緒に生きようよ! 友だちだろ!?」

「さっきからお前らのノリについていけてねーんだわ」


 暑苦しい馬鹿どもは、瞳に涙すら浮かべていた。人生楽しそうで何よりだ。


「でもハヤト。セックスって二人でやるもんだろ」

「そうだ。この部屋のルール上、3Pは取り扱わないものとする」

「仮にやるとして、どういう組み合わせでやるんだ……?」

「おい待て掘り下げるな。生々しくなんだろ」


 口を挟む。ジュンは俺の言葉を自然と聞き流し、ふと俺の方を見て、儚い笑みを浮かべた。


「俺……。ソウタなら、いいぜ……?」

「マジでやめてくんない?」

「そんなこと言っていいの? もし俺がLGBTだったら、世界中のポリコレ棒が俺の味方をするんだよ?」

「LGBTなのか?」

「違うけど」

「マジでやめてくんない?」


 知っている。ついでに言えばハヤトもノーマルだ。俺たち三人、共通LINEにおっぱいのでかい女の子の画像を張ってはきゃっきゃと騒ぐ仲である。

 つまりはこれ、まったくの茶番だった。


「でも待って。もし俺とソウタがセックスするとして」

「おぞましい仮定を持ち出すんじゃない」

「ハヤトは……。ハヤトは、どうなるの……?」


 何かに気づくジュン。その時のハヤトは、見たこともないほど優しい顔をしていた。


「俺はこの部屋で朽ちることになるだろう」

「そんな……!」

「いいんだ。お前ら二人が幸せになってくれるなら、それでいい」

「ハヤト……! 嫌だよ、俺! 俺は三人でこの部屋を出るって、あの日ソウタと誓ったんだ!」

「無理やり俺巻き込むのやめなー?」


 いいから二人で盛り上がっていてほしかった。俺は扉からこの部屋を出るから、もうセックスでもなんでも好きにやってくれたらいいと思う。


「ならソウタは、俺とハヤトがセックスして、二人でここから出ていってもいいの!?」

「いい。最高。それで行こう」

「そんな……!」


 心の底からどうでもよかったので適当にあしらう。ジュンは傷ついた顔をしていた。

 かと思うと、きっと、覚悟をキメた顔になる。


「わかった……。だったら、俺が残る」

「残るな出ていけ」

「俺が残るから、ハヤトとソウタは二人でセックスしてよ! ほら、はやく!」

「だからマジでやめろって!」


 くそっ……! なんで俺はこんな頭の悪い会話に巻き込まれてるんだ……!

 お前が収集つけろよこれ、とハヤトを見る。ハヤトは達観した顔をしていた。


「ソウタ。一つ、言っておきたいことがある」

「……なんだよ」

「俺は乳首舐めAVが好きだ」

「お前ふっざけんじゃねえよ! やめろ! 想像すんだろ!」


 史上最悪のタイミングでのカミングアウトだった。それをこのタイミングで明かすことで、一体誰が救われるというのだろう。おそらく誰も幸せになれない。主に俺が。


「でも……! でもよぉ、俺……! 俺さぁ……!」


 ハヤトは拳を震わせて、絞り出すように吐き出した。


「男の乳首なんて、舐めたくねえよ……!」


 そりゃあそうだろうな、と思った。

 そこから先は禁域だ。選ばれしものしか到達してはならない禁断の花園だ。人の身で足を踏み入れてはならない。

 絶望に打ちひしがれるハヤト。どうにもならないのかよと、本気で悔しがるジュン。もう帰ろうかな、と考えはじめた俺。そんな煮詰まった混沌が、この空間に形成されていた。


「いや待て。一つ、いいことを思いついた」


 そしてまた余計なことを言い出すのが、ハヤトというやつだ。


「お前ら、ドラゴンカーセックスって知ってるか」


 思考を置き去りにする男。それがハヤトの二つ名だ。


「俺たちはセックスの形而下学的な意味合いにとらわれていた。だがしかし、考えても見ろ。セックスとは、何も人間同士でやるものとは限らないだろ?」

「ねえソウタ。形而下学って何?」

「知らねえ」


 急に難しいことを言わないでほしい。俺たちは馬鹿なんだ。


「つまり俺が言いたいのは、人間相手じゃなくてもセックスできるってことだ」

「な……なんだって……!?」

「人の可能性は無限。その気になればなんだってオカズにできるのが人間ってやつよ。つまり取り残された最後の一人は、この部室内にあるものを使ってセックスをすればいい。そう、これが俺の『答え』だ!」

「すげーよハヤト! それなら俺たち三人で部屋から出られるよ!」


 二人は世紀の大発見をしたかのように喜んでいた。ぴょんぴょん跳ねるのはホコリが舞うからやめてもらいたい。


「そこでだ。ソウタ、貴様に問おう」

「また俺か」

「お前、この部室内にあるものとセックスするとしたら、何を選ぶ?」


 これまためっちゃくちゃくだらない質問が飛んできた。

 しかし、さっきまでの質問に比べればまだマシだ。リアル友人(それも男)を相手にセックスがどうのと語るのは正直キツかったが、それくらいなら答えてもいい。


「そうだな……」


 園芸部の部室内をざっと見回す。乱雑に物が散らかった部室内で、どれならイケるかと軽く考えた。


「あの土とか、いい感じじゃね?」


 指差したのは、床に平積みされた園芸用の培養土。あれならまあ、感触的には柔らかいし、穴としては使えるんじゃないか。


「うっわぁ……」

「マジで引くわ……」

「おい待て、なんでそうなる!」


 ハヤトもジュンも、本気で引いた顔をしていた。

 ここまで散々振っておいて、急にハシゴを外されたのだ。抗議の一つもしたくなる。


「生々しいんだよソウタ。マジでやれそうなラインを出すな。もっとぶっ飛んだ回答をしろ」

「そうだよ。俺、もう頭の中でソウタがあの土にギンッギンにおっ勃てたモノぶちこんで、腰振ってるところ想像しちまったもん」

「埋めるぞお前ら」

「イカ臭い土だけは勘弁してくれ」

「いや本当に無理。吐きそう」

「お前らなー!」


 馬鹿三人、ぎゃーぎゃーと騒いでいると、扉が開いた。


「おっす。おつかれー」


 入ってきたのは女の先輩だ。ポニーテールを後ろに縛る、ラフな格好の女の人。そしてこれは大切なことだが、おっぱいが大きい。


「盛り上がってんね、馬鹿三人。廊下まで聞こえてたけど、何してたの?」


 俺たちは固まった。固まるしかなかった。

 人間かどうかも怪しい馬鹿どもだが、さすがに先輩の前でも馬鹿をやるほどの度胸はない。そんなことをすれば失ってしまう。ましてや相手はおっぱいが大きい、絶対に失うわけにはいかなかった。

 ここは誤魔化すべきだ。とっさに俺は、こたつ上に置かれたトランプに手を伸ばす。ポーカーをやってましたとでも言えば、この地獄はそれで終了だ。


「待て」


 ハヤトはその手を掴み、小声で囁いた。


「逃げるのか……!?」

「は……?」

「俺たちはまだこの部屋にいる……! まだ終わりじゃねえ、こっからだ……! こっからが面白いんだろ……!?」


 正気かこいつ……!?

 続けるのか、この闇のゲームを……! 先輩がいる前で……!? しかも、この先輩はおっぱいが大きいんだぞ……!?


「ソウタ。俺も逃げたくない」


 そしてジュンも、ハヤトと同じく俺の手を掴む。


「ここで逃げたら俺、きっと大事なものを失っちまう」

「立ち止まったらもっと大事なものを失うぞ」

「それでもいい。たとえどうなったとしても、今だけは逃げたくないんだ。だから頼む、ソウタ。続けさせてくれ……!」


 本気の目。ハヤトもジュンも、二人とも本気で続けたいと言っている。

 内容はどうあれ、二人はやり通すという覚悟を決めた。この二人が本気でやると言っているのだ。だとしたら、俺も本気を出すしかない。

 俺は覚悟を決める。トランプに伸ばした手を引っ込めて、柔らかな笑みをジュンに向けた。


「黙れ、うんコーヒー野郎」


 ジュンは死んだ。

 激烈な反撃を受けてジュンの精神は吹き飛ばされていった。寝てろ、ボケ。

 俺は、本気でこの闇のゲームを終わらせる覚悟をした。そんな俺に挑発的な目を向けるのは、この地獄を作り出した張本人・ハヤトだ。


「そう来るかよ、クレイファッカー……! いいぜ、止められるもんなら止めてみな……!」

「上等だ乳首舐め男……! お前とは、今ここで決着をつける……!」


 俺とハヤトはぽかぽかと喧嘩をはじめた。そんな俺たちを、先輩はにこにこと楽しそうに見ていた。


「ねえ。何話してたか、当ててあげようか」

「俺たちは……! ポーカーを、やってたんすよ……! なあ、ハヤト……!」

「いいや違うね……! 先輩には言えないっすけど、俺たちはもっと大事な話をしていました……!」


 先輩は、狭い部室によく通る声で、軽やかに言った。


「セックスしないと出られない部屋」


 時が止まった。

 止まった時の中、俺とハヤトと、倒れていたジュンは同じところを見つめる。

 部室内に置かれたホワイトボード。そこに書かれているのは、『議題 セックスしないと出られない部屋』の文字。

 瞬間的に状況を察した俺たちは、三人揃って同じ行動を取った。


『こいつが言い出しました』


 責任のなすりつけである。

 俺はハヤトを、ハヤトはジュンを、そしてジュンはなぜか俺を指差していた。

 そんな様子を、先輩は楽しそうに見ていた。


「君ら、馬鹿だなー」


 ……新入生に告ぐ。

 サークル選びは、部室に置かれたこたつで決めてもいい。

 ただし、ホワイトボードには気をつけろ。

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