第5話 諜報国の機密
「「「「「強靭身体(コールジュール)」」」」」
ヴィジョン15訓練隊の隊員達は自らに身体を強化する魔法をかけ模擬戦闘に備えていた。
「バークス、いつものように戦闘立案を頼む。」
隊長の役割を担うネブラの依頼に応じ、バークスは数分ほど考え込むと皆に戦闘立案を伝えた。
「模擬戦の相手であるマリオドネル訓練隊は全員が人族であり多角的な情報収集に不向きな隊です」
「敵は恐らく視覚情報を重視します。そこで我が隊は敵拠点の風下に移動し攻撃すると見せかけ、実際の主力部隊は風上へ移動し攻撃することにしましょう。」
「ネブラはシミュラクラを使用し我が隊が風下に移動していると誤認識させてくれ。」
シミュラクラとは水属性魔法と光属性魔法に特化したネブラが得意とする魔法であり、空気中に溶け込んでいる水蒸気を意のままに操作し光の屈折率や空気密度を操作、加えて光属性魔法で明暗を操作することで隊の位置を数メートルから数キロまで誤認させる魔法である。
「ベアトリーチェ。君には敵拠点の風上に到着した時点で敵隊員が精神錯乱を引き起こすよう神経毒を希釈し散布して欲しい。」
痺れを切らしたアギラがバークスに役割を話すよう急かした。
「バークス。俺とカニスはどうすればいい。」
「カニスは敵の汗の臭いから精神状態を分析するとともに聴覚を使用して拠点内に待機している隊員の位置を特定し皆に伝えて欲しい。」
「敵の精神状態が最高潮に乱れた時、ネブラは拠点に対し強烈な光が集中するよう魔法 攻撃を行い、アギラはカニスの火炎を突風(ラファール)で拠点に直撃させてくれ」
アギラとカニスはジェスチャーで了解したことを示すと仕上げの攻撃方法を促した。
「では詰めの攻撃としてネブラとベアトリーチェは後方より敵拠点に携帯用軽迫撃砲で攻撃。」
「拠点にヒットさせる必要はない。強烈な光と熱、爆音と神経毒により精神を混乱させ正常な判断が行えない状態で拠点から飛び出させることが目的だから。」
「敵が出て来たらアギラとカニスで近接戦闘、僕は移動先の風下から敵をゴム弾で狙撃し2人を援護する。」
バークスの戦闘立案を聴いたネブラは皆を落ち着かせるために軽い笑顔を見せ実行指示を出した。
「今回の模擬戦もいつものように勝利し、次回は初任務といこう。」
ヴィジョン15訓練隊の連携は既に熟練の域に達しており、マリオドネル訓練隊との模擬戦にあっさり勝利を収めた。
その夜、トロイト連邦共和国最高評議会副議長であるアガルド・ジャコメッティの執務室にでは機密事項が話し合われていた。
「ブラウリオはどう思う。ヴィジョン15訓練隊には初任務に就いてもらおうと思うが」
「一番年下のバークスは13歳でまだ成人ではありませんので時期少々かと。」
ブラウリオ・ロドリゲスの発言にジャコメッティは苦渋の表情で話を続けた。
「我が国よりも前世の記憶を持つ者が多いメッサッリア共和国ではNBC兵器の開発が最終段階に突入しているという情報を得ている。」
「中世ヨ―ロッパに酷似している魔法世界で世界の理に抗うように科学を使用した広域戦略兵器を開発し運用しようとしているのだ。」
「戦略兵器と同等の魔法攻撃を使用出来る者は現時点でこの世界には存在しない。資源も乏しく食糧自給率も低く、これといった産業もなく強力な兵器を開発し大量に装備することも出来ない我が国が生き残る道は最強の諜報国となる道しかない」
ジャコメッティの熱い想いにロドリゲスも呼応する。
「我が国を最強の諜報国としてメッサッリア共和国に価値あるパートナーと認めさせ同盟関係を結ばせることが真の目的ということですな」
ジャコメッティは黙って頷いた。
「わずか5年でメッサッリア共和国を中世から一気に近代国家とし強大な軍事国家に押し上げた大統領であるジグムンド・シュミッツの情報も必要ですな。」
「あぁ、かの者も我らと同様に前世の記憶を持っている者のであろう。そうでなければ、この魔法世界で科学兵器を作り出そうとは発想しない。」
「この世界で最強の国家は騎馬魔法兵に特化したプロストライン帝国でも肉体強化魔法兵に特化した東殷夏帝国でもなく間違いなくメッサッリア共和国である。」
「我が国の存亡はメッサッリア共和国との同盟に掛っているのだ。そのために…」
ジャコメッティは確信に触れる言葉を飲み込みと窓際に向かい夜空を照らすレーネを見つめ、感慨にふけった。
その数日後、訓練隊から正規隊に組み入れられたヴィジョン15隊にメッサッリア共和国への潜入工作任務が下されたのであった。
諜報国の蠍 『この渇きは敵を殲滅することでしか満たされない』 北山 歩 @k_ayumu
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