変態恋愛マスターの受難

石濱ウミ

・・・




 この物語は、幼馴染に究極の変態……じゃなかった偏愛を注ぐ一人の男の壮大な叙事詩お下劣コメディの端っこである。




…………。



「わあ、ゆうちゃん見てください蚯蚓ミミズですってそういえば、これにオシッコをかけると大事な部分が腫れ……」


「えっ……な、なに? その目、俺ナニかを期待されてる?! そんなんヤるわけないデショあり得ないからっていやしかし通常と非常すなわちモノは可変可能であることを知りたいならそうじゃナイ方法で変態させるコトも出来るからして観察したいって言うなら喜んでソノ過程を見せることに何ら躊躇ためらいはないって、紬衣ゆえ聞いて……ねぇし、だよね」


 咄嗟のことでドサクサに紛れて遠回しではあるが秘めた願望を躊躇ためらうどころか恥ずかしげもなくのたまってみたものの、微妙なる言い回しでは気づくかどうかさえ分からない相手紬衣ではパンツを脱ぎ去るまで通じる筈もなく、花壇の土を掘り返し、のたうち回る蚯蚓ミミズを掌に乗せてもう片方の指先で突いて遊んでいるその幼馴染の紬衣ゆえの横顔と指先をイヤらし……恨めしい目で見ているこの人物こそ、当物語の主人公で性春まっサカりな朝永ともなが ゆうである。


 そのゆうが、こうして不承不承ながら紬衣ゆえが所属している機能停止状態を常としていた園芸同好会に参加し、花壇の花の植え替えの手伝いをする事になっのには訳があった。

 その訳とは、紬衣ゆえを挟んだ向こうで爽やかな笑顔を浮かべているもう一人、祖母がフランス人だからなのか何なのか顔の造作も華やかに、白いTシャツさえも眩しい反射材にしてみせるその見た目から王子という綽名を付けられた秋海棠しゅうかいどう 冬馬とうまの存在に他ならない。


「実に紬衣ゆえさんは、花のような人ですね。凄く、素敵です」


 冬馬とうまの、美しい色の瞳が紬衣ゆえに向かって優しく細められるのを見たゆうは、分かりやすく思いっきり顔を顰めてみせた。


「……安定のお花畑馬鹿だな。仔鹿の次は花って。どう見たら花に例えられんだよ蚯蚓ミミズで遊んでる紬衣ゆえを目にして」

「そうですか? 可愛らしいじゃないですか。でも、なぜ園芸部には紬衣ゆえさんしか居ないんでしょう?」

「……この先もには絶対ならない園芸な。それと、名簿上ではちゃんと五人いるから」


 それは部活動が必須の、この学校で魑魅魍魎俺以外の男が跳梁跋扈する中に紬衣ゆえを放り込む訳にはいかない、更には知らないうちに俺以外のナニを入り込ませてはならぬと自らを奮い立たせた最中のゆう奸計思いつきにより紬衣ゆえが、あの手この手でいつものように騙された挙句であるとは口が裂けても言えないのである。


「って思いっきりイっちゃってますよ。なるほど……まぁですが、そのおかげで却ってこれからはで……」

「……ッな、ナニを言っちゃってんの?!」


 恋だの何だのって年頃の男女が二人きりで何があるってもうナニをするしかないデショ馬鹿なの何なの名前どおりウマ並みなのシカ程度なのって思わず気にしちゃうのは俺だけじゃない男心あるあるだけど男の威厳はソコにあってもソレに威信はナイから、とはいえ理由はナニが何でも断じて二人きりにはさせないと思わず立ち上がるゆうだった。


「……? 二人きり? もしかして冬馬とうまくんは、ゆうちゃんと二人が良かったとかですか? 気づかないでゴメンね?」


 色んな意味でどうすればそうなるのか、蚯蚓ミミズを土に戻した紬衣ゆえが顔を上げ、首を傾げたその鼻と頬を横切る土汚れに、ふっと笑顔を見せながら冬馬とうまは手を伸ばす。


「可愛い勘違いだね、Ma biche仔鹿ちゃん……違うよ。僕は君と……」


「はいストーップ、そこまで。さっさと終わらせて早く帰ろうな、紬衣ゆえ?」


 ぐいっと紬衣ゆえの腕を引っ張り立たせたゆうによって、冬馬とうまの伸ばされた手は虚しく空を切るのだった。


「早く終わらせることに異存はナイのですが、早く帰りたいならゆうちゃんは一人で先に帰って良いですよ? わたしこの後、冬馬とうまくんと用事があるから」


 ウンウンと頷きながら冬馬とうまも立ち上がるって俺より少しだけ背が高いのがムカつくとゆう冬馬とうまを軽く睨みながら紬衣ゆえの顔の土汚れを擦る。


「いや俺も一緒にイクから」


「い、痛いです。そんなにしたら皮剥けちゃうから、もっと優しく……ってゆうちゃん? ナニをにやけてるんですか? どんな笑いのツボですかってそれより一緒にイクとか言ってますけど、すぐには帰れませんよ? このあとは冬馬とうまくんのお祖母さまの誕生日プレゼントを選ぶお手伝いがあるんです」


「知ってるし。つか、そんなんネットでポチッと八十八本の薔薇でも贈っとけよ」


「……? 八十八本? どうしてゆうくんは僕の祖母が88歳だと?」


「知ってるもナニも昨日の夜、紬衣ゆえが誕生日だの88歳だの何だのって良く分からないコトを、ぬいぐるみに向かっ……む、むか……ムカデだ! ほらソコ!!」


 振り返りざまゆうが勢いよく指し示す地面には、当然の如く何もありはしない。

 冬馬とうまは両腕を組むとゆうに向かって目を眇め「……悠くん、もしかして」と言いかけたその時、横にいた紬衣ゆえから奇声が上がった。


「はわッはわわッ、ゆ、ゆうちゃん?!?!! それってもしかして、とは思っていたんです……時々ぎゅっとしてると、クマのぬいぐるみのお腹の辺りからジーーッとかブツブツブツって音が聞こえたアレは気のせいなんかじゃなくて形成過程にある心臓の音で間違いなかったってコトはつまりゆうちゃん以外の友達のいないわたしも星に願えば奇跡が起こってあのクマのぬいぐるみ、命が宿ってオッサンに……じゃなかった友達になってくれるとかの信じられないことが叶うってやつですよね?」


「………………んーん、そうね」


「あれ? でもなんで、ゆうちゃんの方が、わたしよりあのクマと意思疎通できるんだろう?」


 ……イタい。

 すっげ、イタい。


 小首を傾げる可愛らしい紬衣ゆえを見ながらゆうは自分のことをそっと棚に上げ、紬衣ゆえの所為で痛む胸を押さえた。


紬衣ゆえさん……でしたら僕も、新しいクマのぬいぐるみをプレゼントしましょうか?」


「させるか」


 どさくさに紛れて酷く真面目な顔で、さらりと申し出るとは冬馬とうま、なんて恐ろしい子……と思わず白目でゆうが呟いているのを知るや知らずやってどう考えても知る筈もナイであろう紬衣ゆえは、その申し出は聞こえていなかったようで二人に背を向け、せっせと花壇に花を植えていた。


「ところで、何でまた花壇の植え替えなんてやってんの?」


 ゆうが尋ねれば「顧問の先生に言われたんです。冬馬とうまくんが同好会に入るなら、部に昇格させる良い機会だからって」と言うではないか。


「え? 紬衣ゆえ、部に昇格させたいの?」

「んー? 冬馬とうまくんが入れば、同好会に入りたいって子が増えるって先生が言うんです。他の部との掛け持ちでも、人数が増えれば部になるんだったら、それも良いかなぁって……」

「いやいやいやいや、良くないッ。良くないデショそれ……って……ん? 良いのか」


 冬馬とうま目当てというならば、昨日の花苗の買い出しみたいにゆうが居ない時に二人だけで出掛けることもなく、女の子達が紬衣ゆえ冬馬とうまを二人きりにしないどころか、ぐいぐい間に入ってくれるなんて、それは柔らかで丸みを帯びた素晴らしい二つでひと組の緩衝材がいっぱいってなモノである。

 冬馬とうまだって目移りすることもあるだろうし、あわよくば紬衣ゆえよりも気になる緩衝材を見つけるかもしれない。

 

「ふむ。部への昇格、やぶさかではナイ」

「流鏑馬?」


 そうこうするうちに花を植え終え、あとは水を撒いて終わりにしようと水道の蛇口にホースを取り付けたが水の出が悪い……そう、である。


「あれれ? 水があまり出ませんね?」


 紬衣ゆえがホースを覗き込むように頭を下げるのを見て、緩む口元も隠さずにゆうが指差したその先。


「……紬衣ゆえ、ホース踏んでる」

「うぎゃっ?!!!」


 紬衣ゆえが慌てて足を退どかすと同時に勢いよく飛び散った水は、高く降り注ぎ西陽にキラキラと燦く。

 その水飛沫を浴びた身体の、白いTシャツはピタリと肌に吸い付くように胸元をくっきりと浮き上がらせ、水の滴る髪をゆっくりと掻き上げるその艶かしさよ……って「冬馬とうまくん?! 大丈夫ですか?」驚く紬衣ゆえの目の前には、頭から水を浴びた冬馬とうまが、ポタポタと雫を落としながら笑顔を向ける。


「うん、大丈夫。紬衣ゆえさんじゃなくて良かったね?」


 良くねーしって空気読もうよ冬馬とうまくんさぁ? そこは紬衣ゆえがアチコチ濡れちゃうってヤツだし胸元もピッタリくっきり下着が透けて見えてドギマギさせてくれんじゃナイのとゆうが恨めしげな視線で冬馬とうまを見れば濡れたTシャツに手を掛け……嘘だろ羨ましいくらいの肉体ってソレ脱いでも凄いんですとか反則じゃねって思わずゆうまでもが見惚れてドキッとしちゃったモノであった。

 その上、ごくりと生唾を飲み込む音に振り返れば紬衣ゆえがウットリ見つめてるとかマジか。


冬馬とうまくんさぁ……」


 がっくりと項垂うなだれたゆうの口から思わず、溜め息が漏れる。

 髪を掻き上げ濡れたTシャツを絞る冬馬とうまの腕の筋の動きや、腹から腰に向かう程よく筋肉のついた滑らかなラインに涎を垂らさんばかりに目を奪われている紬衣ゆえを前にしたゆうにとっては、まさに今こそが受難の始まりに過ぎないと知る瞬間でもあったのである。





つづきは、お題次第で……。









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