異説人魚姫
葛瀬 秋奈
幸せは人それぞれなので。
むかしむかし、海を治める王様のところにたくさんの姫がいました。みな美しい人魚でしたが、その中に少し変わった子がいたのです。
その人魚姫は人間に強い興味があり、水面から顔を出して彼らの生態を観察するのが日課でした。中でもお気に入りは海辺の王国の王子。よく浜辺にやってきてはぼんやり海を見ている彼の姿を遠巻きに眺めるのが、人魚姫はなにより好きなのでした。
ある夜、海の好きな王子のために船上で誕生パーティが開かれました。人魚姫はその様子を海から眺めておりましたが、楽しげな音楽につられてつい一緒に歌ってしまいました。それを聞きつけた王子が船から身を乗り出して下を覗き込みました。
「キレイな声だなぁ。下に誰かいるのか?」
困ったことになりました。というのも、人魚は人間に見つかってはいけない掟があるからです。
どうにかごまかせないかと人魚姫が思案していると、急に大きな波が来てぐらりと船が揺れました。あっと思う間もなく王子は暗い海へとまっさかさま。
これは大変と人魚姫は王子を助けにいきました。本当は人魚が人間に干渉すると王様にしかられるのですが、そんなことを考えている場合ではありません。
人魚姫は王子を大波のこない入江まで連れていき、気絶した彼をつきっきりで看護しました。朝になると人が大勢やってきたのでその場を離れましたが、王子は無事に保護されたようです。
それからもこっそり人魚姫が王子を観察していると、王子を保護した一団の中にいた少女とよく一緒にいるのを見かけるようになりました。どうやらその少女は隣国の姫で、ふたりは恋仲になったようです。
近々そのふたりの婚約記念パーティが開かれることを聞きつけた人魚姫は、大急ぎで海の魔女を訪ねました。
「たのもう!」
「道場破りじゃないんだぞ。何の用かね」
老齢の魔女はいきなり押しかけてきた人魚姫を睨みつけましたが、姫はちっとも気にしません。何事もなかったかのようにこれまでの経緯をかいつまんで説明しました。
「ふむ、大体わかったが、お前さんどうするつもりだい。人間になりたいってんなら高くつくよ」
「あら、人間になんて別になりたくないわ。どうしてそんなことを言うの?」
「どうしてって、お前さんはその王子とやらが好きなんだろう。だったら自分も人間にならなきゃそばにいられないじゃないか。ただでさえ人間の恋敵がいるんだし」
気まずそうに話す魔女に、人魚姫は笑って答えます。
「いやだわ、魔女さんたら。私の好きはそういうんじゃないのよ。これは恋じゃなくて、いうなれば『推し』ってやつね」
「なんだって?」
「つまり私は推し活をしてるわけ。推しの王子様が幸せになるのを応援したい。遠くから眺めていたい。ただそれだけなの」
「わかるようなわからんような。それで、結局ここへは何を頼みに来たんだい」
「私が知りたいのはね、この結婚で本当に王子様が幸せになれそうかってことよ!」
「幸せかどうかなんて人それぞれさ。当事者でもないのにわかるわけないだろう」
「婚約者の評判とかだけでもいいから」
「急にお手軽だな。じゃあ、この水晶玉でちょっと調べてみようかね。ふむふむ、身分は申し分なし。臣民からの評判も上々。相性も……悪くなさそうだなあ。こりゃ文句のつけようもない良縁じゃないか」
「ヤッター! これで心置きなくお祝いできるわね。あ、お祝いっていうのはもちろん直接伝えにいくわけじゃなくて海の中で勝手にするだけなんだけど」
「別に聞いてないが」
「とにかくありがとう!」
「どういたしまして。それでお代だけど」
「私に払えるものならなんでもいいわよ」
「おいおい軽いな。まぁ、人間になる薬だったらその美しい声をもらってやろうと思ったが、今回は占いだけだからね。祝いの歌でも聞かせてもらおうか」
「歌を聞いてもらうの好きだから私には得しかないけど、そんなことでいいの?」
「なに、わしもお前さんの声が『推し』なんでね。特別だよ」
「アラ嬉しい。そんなに私の声が好きならまたここに来てお話したいわ」
「そうかい。まぁ、仕事の邪魔にならない程度に頼むよ……やれやれ、お手軽な幸福もあったもんだ」
そのことがきっかけで人魚姫と魔女は仲良くなり、たまにそれぞれの推しについて語り合ったりしながら末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。
異説人魚姫 葛瀬 秋奈 @4696cat
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