第2話 推し活始めました

 月曜日に漫画を早紀に返した花蓮は、一気に感想をまくしたてた。

 もうとにかくこの気持ちを伝えたい。

 文章なんて滅茶苦茶だ。「すごい!」 と「いい!」 のオンパレードで、興奮だけが先走る。

 早紀は笑いながら、分かる分かる。その気持ちと言った。

 そして信じられないことに、違うの読んでみる? と聞いたのだ。

 あり得ない! こんな感動作を読んだ後に、すぐ次の作品を読めっていうなんて!

 ファンとしてあるまじき行動だ!

 花蓮は、首を振りながら後退り、ターンして次の講義室へと駆けて行った。


 自分の中にため込んだ熱を何とかしたい。

 こんな素晴らしい漫画を誰かと語り会うことはできないだろうか?

 そうだ、ファンクラブがあるかも。


 ヒーローや作品について何でもいいから教えて欲しい!

 まるで空っからに乾いた身体が水を欲しがるように、webで情報を求めた。

 「あった! 作者のTwitter!」


 読むのも恐れ多いと感じる私は、大げさだろうか?

 でも、読みたい、読まずにはいられない。

 クリックした画面に広がったのは、あの漫画の主人公。

 ザッと鳥肌が立ち、ラストの感動が蘇って校内を歩いているというのに涙が込み上げた。


 涙に潤む目で、遠くを見るような眼差しの少し寂し気なヒーローを見つめる。

 自然に唇を突いて出た言葉。そしてため息。

 「ああ、尊い」

 SNSでよく目にするその言葉に、ちょっと誇張し過ぎて滑稽だと思っていたのに、花蓮はその境地を理解した。


 

 それからというもの花蓮の日常は、とんでもなく張りのあるものとなった。

 作者のフォロワーたちが、いかに登場人物を愛しているかを呟くのに共感してイイネ!!を押す。

 自分の気持ちを語るのは怖いけど、溢れ出る’好き’を誰かと共有したくて、ついにどれだけ感動したかをツイート。

 剥き出しの自分の気持ち。大人に近づくごとに本音を隠し、周囲に合わせることを学んできたけれど、ここでは生の声が許される。


 例えば、同じ好きでも、女子同士は好きな服やメイクに至るまでお互いを意識しあって、表面では新作素敵だねと友人に言いながら、陰では自分の方が上手に着こなせるとか、あんなアイシャドウの入れ方はダサいとか、陰で他の友人たちと悪く言ったりするのを聞いたことがある。


 でも、二次元の作品やヒーローに向ける気持ちに、ライバル意識は存在しない。

 どこまでも、相乗効果で好きを高めていくのだ。


 あっ、♡がついた!

 ひとつ。ふたつ。みっつ……

 同じ気持ち。ここにも同類がいると嬉しくなる一瞬。


 作品に出てきた景色をバックに、過去に販売されたグッズを掲げた写真をアップしたフォロワーが、巡礼にきましたと呟くのを見た時には、自分もいつか「巡礼」をしてみたいと素直に思った。


 できたら、一緒に行ける友人が近くにいたらいいな。

 さりげなく、講義を待つ空き時間に作品を読む。

 天井の明かりが遮られ、誰かが覗き込んだ。

「何読んでるの?」


 花蓮はにっこりと笑って、作品の紹介をした。

 買わせようとか、入会しないと天国にいけないとか、そんな邪心のないピュアな気持ちを伝える。

「へぇ~。面白そう。私も読んでみようかな」

「さっきちょうど一巻を読み終わったの。読んでみて」

「えっ? いいの? ありがとう」


 満面の笑顔が溢れる瞬間を作ってくれるのも、この作品があってこそだ。

 今日も私は幸せの布教をしている。




 

 


 

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新世界 マスカレード @Masquerade

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