【KAC20222】推し活

リュウ

第1話惜し活

 地下鉄の階段を上がり、地上に出て直ぐに左に曲がる。

 ボタン付きの歩行者用横断歩道を過ぎ、右手にある小さな宝くじ売り場を抜けるとファミリーレストランがある。

 今日はそこで待合せ。

 待合せといっても恋人じゃなくて、友だち。

 高校からの友だち。

 私が、SNSで流行る前からの友だち。

 自慢じゃないけど、私、クラスや学校で可愛くて有名だったの。

 アニメも好きだから、最初はコスプレの写真をネットにアップしていたの。

 その写真が、受けちゃって。

 SNSってすごいわね。

 あっという間にスターよ。

 ネットアイドルっていうやつ。

 いつの間にか、お金も稼げるようになってきちゃって。

 同期の仲間の何十倍も貰ってる。

 コツコツやってるなんてバッカみたい。

 でもね、やっぱり、いいことばかりじゃないの。

 ストーカーに会っちゃって。

 もちろん、このご時世だから気を付けていたわよ。

 でも、対策を打てば打つほどエスカレートしちゃって。

 最近、疲れてきたわけ、マジで。

 そこで、相談できる友だちを呼び出したの。


 バカみたいに楽しそうなキャラクター人形の頭を小突いて、お店の前に立つ。

 ドアがサーと開くと、案内ロボットが待っていた。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「後から、二人くらい来るかな」

「わかりました。それでは、ボックス席にご案内いたします」というと、

 顔の位置にあるモニターに矢印を出しながら、ロボットが動き出した。

 ロボットの後を付いていくと、窓際の席に案内された。

「ごゆっくり」と挨拶をするとロボットは行ってしまった。

 ここなら、ゆっくり出来そうだ。

 どちらかというと、お店の隅で目立たない静かな所だから。

 窓から外を眺めると、日が落ち始めた街の風景が目に入る。

 足早に通りすぎるサラリーマン。

 何が楽しいのか分からないキャーキャー言いながら通り過ぎる女子高生。

 気が付くと窓に私が映っていた。

 頭をスッポリと覆う帽子、大きめのサングラス、ピンク色の大き目のマスク、さらに、厚手のパーカー。

 誰も私には気づくはずがない。

 店の入口に友だちを見つけた。

 腰を曲げて先ほどの案内ロボットと話している。

 私が「こっちよ」と手を振ると、気づいてこちらにやってきた。

「お久しぶり」と言いながら、私の前に座った。

 私たちは、案内ロボットに注文すると早速話を始めた。

「どこに行ってたのよ。ずーっと音信不通で、心配してたんだから」

 起こり気味の挨拶だった。私を心配してくれてる。

 ありがたいことだ。

 彼女は、本島マミ。

 高校からの友だち。私が有名になる前からの友だち。

 ずーっと、私を応援応援してくれてる大切な友だち。

「なぁにその恰好?変装?」

「そう、変装。ちょっと訳あってね」

「有名人って、辛いね」

 丁度、配膳ロボットがやってきたので、マミが取り出しテーブルの上に置いた。

 このお店の定番メニューアフターヌーンティーだ。

「ここのケーキ、おいしいよね」

と言って、私の前にミルフューユとダージリンを差し出した。

 マミは、モンブランだ。

 マミは、モンブランをフォークで抄うと口に含むと、「コレコレ」っと何度も頷いた。

「で、今日は何?」

「うん、可乃子の事」

 須藤可乃子、マミと同じ、高校からの友だち。

 マミより、私を大好きらしかった。

「可乃子?どうかした?最近見ないけど」

 相変わらず、モンブランを食べ続けている。

「ちょっと、困っているんだ。しつこいというか……」

「ああ、あの子にとって、あんたは、カミよ、神。

 大、大、大、好きだもんね。病気よ」

 ”あんた”そう、マミはずーと私のことを呼ぶ。

「ファンなら、うれしいけど、それを超えちゃってるの」

「SNSでは、あんたの事、褒めて布教活動全力ってカンジでいい事じゃない」

 マミは、モンブランを食べ終わり、ダージリンで舌直しをしている。

 ケーキスタンドから、次のケーキを物色している。

「ちょっと、ちゃんと聞いてよ」

 真面目な話と分かったらしく、初めて私の目を見た。

「この前、可乃子の家に行ったの。

 びっくりしたわ。私の部屋そのものなの。何もよ。

 私の家に来た時に写真撮ったのね。

 自分の家にいるみたいで、なんか気持ち悪かったの」

「彼女にとって、あんたは推しだから、そのくらいするかもね。

 ところで、いい加減、メガネと帽子取ったら、暑くないの?」

「なんとのないわ。

 それだけじゃないの。何もかもマネしてくのよ。

 ライフログって知ってる?」

「ああ、自分をネット環境で永遠に残すためのデータの事?」

「そう、自分の生活や思ったこととかすべてデータに残すの。

 そのデータがこの前、盗まれたの。たぶん、可乃子だと思う」

「本当に?」

 マミの声が裏返り大きくなる。思わず周りを見渡す。誰もこちらを見ない。

 マミは小さな声で繰り返した。

「ホ・ン・ト・ウ・に」

「本当。それに……」

「まだあるの?」

「あるの。私、将来の病気のために臓器クローンを作ってるの」

「あんた、永遠に生きる気?」

 マミは、呆れ顔だった。

「ちゃんと、聞いて。クローンも盗まれたの」

「そんなもの、どうすんのよ」

「食べるの?」

「食べる?」

 またまた、マミの声が大きくなる。

 周りを見渡す。周りの反応がないのを確認する。

 誰もこちらを見ていない。

「食べるの?」

「食べたい程、好きになることってあるらしいの。

 エスカレートしたら、私、食べられちゃうかも」

「そんなことないわよ。

 それより、メガネと帽子を取ったら。

 誰も見てないわよ」

 そう言えば、暑苦しくなっていた。

 可乃子の事を話していたら興奮してしまったらしい。

 メガネと帽子を取って、ダージリンを一口飲んだ。

 その時、マミの視線に気づいた。

 大きく目を見開いていた。

 スマホを私に向けた。シャター音。

「勝手に写真、撮らないでよ!」

 と、言い終わらないうちにマミは、スマホを置いた。

「あんた、だれよ!」

 マミの目から怒りが現れていた。

 私は、スマホを覗き込んだ。

 そこには、可乃子が写っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20222】推し活 リュウ @ryu_labo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ