花子さん花子さん推させてください

久世 空気

第1話

 怖い話にもキャラクターっているじゃない? 四谷怪談のお岩さんや皿屋敷のお菊さん、昔話に出てくる山姥、都市伝説なら八尺様とか口裂け女が有名かな。その中でもね、忍川おしかわヤヨイは「トイレの花子さん」が大好きだったの。

 小学生の時は、怖い話が好きな子が結構いたわ。でも女の子は怖がりが多いから、積極的に本を読んだり怪談を披露するのは私とヤヨイくらいだった。だから仲良くなったの。一緒に図書館に行って怪談の本を読みあさったり、ネットで見つけた怪談を話したり。

 その頃からヤヨイは「花子さん」が好きだった。切っ掛け? 特にないんじゃないかな。強いて言うなら「姿は見えないけど自分と遊びたがっている女の子」が琴線に触れたんじゃない? だってトイレに行くたびに3番目のトイレの前で

「花子さん、花子さん、遊びましょ」

 ってやってたの。怖い話が苦手な子に嫌われてたわよ。1回だけ「やめて!」って怒られて喧嘩になってたし。喧嘩は先生に止められて、ヤヨイの方が注意されていたけど、ヤヨイはやめなかった。その子や先生の前ではしなくなったけど。

 イラストもよく描いてたな。児童書にもイラストがあったしアニメにもなってたから、そのイラスト。あとヤヨイ自身がイメージする花子さんのイラストとか。あれはちょっと不気味だったな。絵が上手いわけじゃないけど、雰囲気のあるイラスト描いてたのよね。

 中学生になったからと言って、ヤヨイの花子さん好きは止まらなかった。さすがに小学校の時ほど大々的にはしなかったけど、トイレに行ったら呼んでたし、手帳に自作のイラスト挟んだりネットで花子さん情報を探してたりもしてた。私がそれを知っているのは、私の怖い話熱も冷めてなかったからよ。他の人には普通の文学少女のフリして、二人になったらお互い読んだ怖い本やネットで見た怪談、ホラー映画の情報とか交換してたわ。

 高校生になってからの方が開き直ってたかも。ヤヨイは美術部に入って花子さんの絵を描きまくってた。だからクラスメイトは知らなかったけど、部員は知ってたみたいね。相変わらず微妙な画力の、だけどやたら怖い絵を描いてた。文化祭の展示で見せてもらったの。一緒に行ったクラスメイトはヤヨイが描いたって気付いてなかったわね。興味なかったんだと思うわ。ヤヨイはそれを見て残念そうだったから、私は後でめちゃめちゃ褒めてあげた。その代わりに私が文芸部で書いたホラー小説読ませて褒めさせたけどね。

 ある日の放課後、二人きりの時にヤヨイがぽろっとこぼしたの。

「結局花子さんには会えないままだ」

 その表情が本当にさみしげで、多分冗談じゃなかったんだと思う。これから就職したら「学校のトイレ」って関わりなくなっちゃうなって思ったんだろうね。

「大学にもトイレあるよ」

 これだけだったら揶揄っているみたいだけど、わりと私は本気で慰めようとしていたのよね。

「うーん、大学に出るイメージはないなぁ」

「高校まで?」

「そうね、でも一番出そうなのは小学校かな。だって花子さんは小学生だし、小学校で死んだんだもん」

 私も「高校のトイレに幽霊が出る」って話は聞いたことあったんだけど、「トイレの花子さんが出る」話は聞いたことがなかった。

「結婚して子供生まれたり、学校の先生になったら小学校に行けるんじゃない?」

 私が言った言葉に、ヤヨイはふっと笑っただけだった。だからヤヨイが教育学部に進学するとは思わなかったわ。

「もともと教育関連の仕事に就きたかった」

 とは言ってたけど、たぶん一番の理由はまた小学校に出入りすることだと思う。

 ヤヨイは成績もそこそこだったし、問題行動もなかったから多分内申は良かったんだと思う。でも進学を決めてからの猛勉強ぶりはすごかった。

 私でもちょっと引いたもんね。本人には言わなかったけど。ヤヨイはしっかり教育免許取って母校の小学校に赴任した。

 どんな先生だったかは知らない。本人は楽しそうだったけど。話を聞いてる限りでは仕事は熱心に取り組んでいたみたいよ。「夜中まで保護者の電話に付き合うことになって~」って笑ってたわ。私は全然笑えないけど。教師ってめちゃくちゃブラックみたいよ。公的な施設がそれじゃ、一般ブラック企業がなくならないのは仕方ないかもね。

 それでもヤヨイは弱音一つ漏らさないから、花子さんとは関係なく天職だったのかもしれない。

 だけど3年目くらいかな、夜の7時くらいにヤヨイから電話があったの。

「花子さんが出た!」

 って。興奮気味で。私は家にいたんだけど、向こうは足音とか声が反響しているみたいで、すぐに校舎の中って分かった。ヤヨイは早口で状況を説明してくれた。

「赴任してから放課後、誰もいない女子トイレで花子さんを呼び続けていた。今日初めて返事があって、花子さんが出てきた。花子さんは私の横をすり抜けて、廊下に出て行ってしまった」

 私だって今でもホラーとか好きよ? こうやって副業で書き物してるくらいだもん。でも「出てくる」とは思ってないのよ。半信半疑というか。だっているかいないか、分からないから魅力があるんじゃない? 自分の中でも「いる!」と信じ切っちゃったら、それはもうホラーじゃないのよね。ホラー好きだったら、この感覚わかってくれるかもね。

 まあ、そういう訳だから、そんな電話があってもすぐに信じないで「校内に児童が残っていたんじゃない?」って考えちゃったの。それをヤヨイに言おうとしたら、電話の向こうでバチンッて何かが弾けるような音がして、通話が切れて・・・・・・。その後何度かけ直しても繋がらなかった。

 それからヤヨイはきっちり1週間行方不明だった。学校にも行かず、家にも帰らず、彼女の車もそのまま構内の駐車場に置きっぱなし。結構な騒ぎになった。私もヤヨイの両親や警察から連絡があって知ったんだけどね。

 ヤヨイは生きてたかって? まあ、生きてたよ。ギリギリね。1週間目の早朝、衰弱して動けないヤヨイが校門で倒れてたんだって。今は病院で療養して意識もあるし、元気よ。

 でも行方不明の間どうしてたか聞いても「花子さんと遊んでた」て目を爛々とさせて言うだけ。それは私も見たし、話した。ご両親が仲が良かった私になら話すだろうって面会させてくれたんだけど、無理だった。「楽しかった、楽しかった」ってげっそりやつれた顔で嬉々と叫ぶから、ちょっと怖かったよ。

 これはご両親から口止めされたんだけど、拘束されてたんだよね。目を離すと、小さな女の子を「花子さん」って呼びながら追いかけるんだって。

 あれから1ヶ月くらいだけど、ご両親からの連絡も無いし、退院したって話も聞かない。

 私も友達も、ヤヨイのこと「花子推し」って呼んでたのよ。本人も知ってる。でも違うかもね。最初から取り憑かれてたのかも。「トイレの花子さん」に。たぶんね。


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