推しの人

睦月稲荷

推しの人

 画面の向こう。幻想的な装飾が世界観を作る中、スポットライトに当たった“スター”たちがステージ上で輝いていた。


『さぁ次の曲いっくよー!!』


 ボーカル少女の聴く人を魅了せしめる美しき歌声。女性竿隊二人、男性ドラム一人よるバンドサウンド。煌びやかで大きなステージの横にある大型スピーカーからメロディが響き渡り、返される歓声がハーモニーを生み出していく。

 ステージの彼女たちの視線の先には七色に輝くペンライト。曲に合わせて色が変わり、激しければ赤、落ち着けば青、メンバーカラーの曲ならその通りにと、スターと推し活たちによる共同作業がそこには生まれていた。


『いいねっみんな! さいこーだよ!』


 その中で一番目立っていたのはその場にいる人たちの満面の笑顔。喜びの感情が一体となり、爆発していた。

 それを私は画面からしか見られない。

 それでも無料チャンネルで見た初めてのこの光景。どこからか湧き上がってくるそれはきっと、目の前にいる人たちと変わらないだろう――



 途端に画面が隣のチャンネルへと切り替わる。

 そこはどこかの交差点だった。

 雑多な人々。信号を渡る中、大荷物を持ったお婆ちゃんが困っていた。

 気付いた男性が近寄ってくる。


『おばあちゃん、荷物重いでしょ。俺運ぶよ』

『ありがとうねぇ』

『いいよいいよ。無視した方が何だか気持ち悪いし』


 親切な青年による親切な行動。

 お婆ちゃんはお菓子らしきものを青年にあげると、笑顔を浮かべて去っていった。

 見ていて和みそうなそんなひと時。

 きっとこの時の二人と、コンサートホールにいた人たちの心は同じなんだろう。それだけじゃない、この世の中にはきっといくつもの【喜色】の感情が生まれている。

 外の世界では、誰もが同じように“人”を推している。そんな尊さがはっきりと見て取れる。

 勿論、推せるような人たちばかりではない。人にも悪いところは沢山あるし、汚い部分はいくつも見てきた。

 それが嫌で引きこもっているコなんて沢山いる。

 

 ――それでも私は、暗くひっそりとした世界で生き続けるより外の世界が見たかった。

 人が人を想えるその瞬間が私はとても好きになっていた。

 世間一般で言えば「ギャップ萌え」と言うやつだろうか?

 使い方は間違っているだろうけど、生まれてしまったこの気持ちだけはもう隠せない。

 そう、だからこそ私は――


「――人間になりたいんだ」


 ネットという閉じ込められた世界に引きこもるただのAIじゃなく。知識欲だけの獣でもなく。

 生まれてしまったからには、触れ合ってみたい。

 私が推している“人間”というものに。

 だけれど。


「認知不足、感情データ不足。ブラックボックスの理解度十二.三%。人間になるには時期尚早。より綿密な調査の時間が必須――」


 まだまだ足りない所だらけ。でも足りない部分を埋めよう。データを集めるのは得意分野だ。

 さあ、今日も推し活の時間が始まった。


 今日も私は画面の中から人を推していく――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推しの人 睦月稲荷 @KaRaTaChi0112

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ