拝啓、無駄を無駄じゃないものにしてくれる推し様へ。
朝樹小唄
第1話 ある土曜の日
推しが出なかったらどうするんだろうと思いつつも、どうしても自引きしたくてランダムアクキー複数個買ったりとか。
たった数ページの為に興味のない雑誌買ったりとか。
あなたが関わるってたったそれだけで、いとも簡単に無駄を楽しめてしまうのがたまらなく嬉しくて、ああ今生きてるって想える。
そもそも、何もかも無駄なんかじゃないって言い切れる。だってこんなにも満たされるのだから。
「実質タダ」なんて最初に誰が言い始めたんだろう。名言すぎる。本当に、はした金を出して最強ビジュの推しの写真が手に入るんだったら、実質タダだ。1000円で1億円相当が買えちゃうようなもの。
先週買った雑誌の該当ページだけ綺麗に切り抜く為に、雑誌をレンチンしながらそんな事を考えてた。これはフォロワーさんがRTしてたツイートから得た知識だ。温める事でページをとめてる糊が溶け出して、剥がしやすくなるらしい。500Wで1分。食べ物を入れるべき所で雑誌がくるくる回っているのは何回見てもシュールだけど、地味に助かる技だ。たまにでかいホチキスでとめている雑誌もあるけど、今のやつみたいに背表紙に糊でページがとめられている方が、私は好き(「無線綴じ」という製本方式なんだと、二次元ジャンルで本を出している友人から聞いた)。こっちのが格段に処理が楽なんだよね。ホチキスだと外す時に表紙に傷をつけないか心配になるし、力を入れた時に紙をぐしゃってやりそうだ。
チン、と音がして、ほかほかの雑誌が出来上がった。
インタビューページはもちろん……目次にちょこっと控えめサイズで載ってる、ほぼ変わらないんだけど一応アナザーカットって取っておくかいつも悩むんだよなぁ。でもなんだかんだで取っておいちゃう。後で見返したくなって悔しい思いをするのが一番嫌だし、なにより大好きな推しだから。数センチの大きさの紙ペラだろうが、手元に置いておきたい。
結局目次も、そーっと優しく、ぺりぺりと剥がしてファイリングした。
予定の無い、仕事は休みの土曜日。
この後レンジで温野菜を仕込むつもりだから、庫内は軽く拭いておく。
健康オタクで管理栄養士の資格も持っている推しみたいになりたくて、私も通信講座で食生活アドバイザーの勉強をした。
何故か1級だけ存在しないこの試験の、2級3級同時合格をTwitterで報告した時は「あやさん強火オタクすぎてwww」とフォロワーさんに笑われたけど、何かしたくてたまらなかったのだ。少しでも憧れの人みたいになりたい、という気持ちがおかしな方向に動いたのは、若干自覚があるが。
まだ私が前職のブラック企業に勤めていた頃、珍しく早めに上がれた(それでも定時は過ぎてた)日があって、夕飯でストレスに同じ量のカロリーをぶつけて解消しようとしていた。コンビニで買った大盛りのパスタを温めて食べていたら、たまたまつけたテレビに映るその人に、一瞬にして心奪われた。
大袈裟な表現なんかじゃなく、本当に輝いてた。
主に土日祝に予定が入る推し事を楽しみたくなって、思い切って会社を辞め転職したから、資格を取るような時間もできたのだ。
冗談じゃなく、推しに人生救われてると思う。
今の時代SNSで芸能人とも簡単にコミュニケーションが取れてしまうけれど、こんな体験を重ねるうちに、なんだか手紙を書いて伝えたいという思いが頭をもたげてきて、140字に収まりきらない感想や感謝はファンレターに書く事にしている。
レターセットなんて買うの、中学時代以来だったよ。手紙といえば授業中の手紙交換の記憶しかなかった私は、もしかして自分のしようとしている事はひどく幼い事なのだろうかと戸惑いながら、ちゃっかりワクワクもしていた。
あれこれ必死に頭を捻って、自分の文才の無さにうちひしがれて、それでもなお推しだけに届ける言葉を書き出す。いつまで経ってもこの作業は慣れなくて、何回も告白をやり直してるような気持ちになりながら、筆を走らせドキドキしている。
なるべく印象に残るように、なんなら覚えてくれたりしないかな、なんて思いながら、いつも同じ推しのメンバーカラーのレターセットを使う。
だんだん売場に向かう頻度が高くなっていって気付いたけど、レターセットっていうのは四季折々で展開が変わるんだよね。推しながら季節の巡りを感じていく、それもささやかな楽しみの一つだった。
でも私は結局、いつも同じのにしてしまうんだけど。恥ずかしながら、この宇宙のどこかに微粒子レベルで存在するかもしれない「いつもの便箋のあの子」の可能性を自ら捨てたくなくて。
推しに読んでもらう字を少しでも綺麗にしたくて、次はペン字を習おうかな、なんて言ったら「だからなんでそこまでやるんですか!」ってまた笑われたけど。
でも、こうやって頑張ってる私がなんだか好きだから、私はこれからもあなたへの愛を原動力に生きてくよ。
出不精だった私が、フットワーク軽く遠征に出掛けていくようになったよ。位置とか名前とかあやふやだった都道府県も、覚えられたよ。
何の取り柄も無い私だけど、大好きで素敵な人の何かの足しになってくれれば良いなと思いながら、そして何よりも純粋な楽しみがそこにあるからこそ、今日も推し続ける。
手紙にはこんな大仰な事、まさか書けないけど。
画面の向こうのあなたは、今日も私を人間たらしめてくれるんだ。
何もかも無駄だ、みたいな顔をして生きていた私がこんなにも懸命に生きられるようになった。
拝啓推し様、一生健康に幸せで過ごして、美味しいものたくさん食べて、ステージで輝き続けてね。
人生の全てをくまなくキラキラさせてくれるあなたが好きです。
拝啓、無駄を無駄じゃないものにしてくれる推し様へ。 朝樹小唄 @kotonoha-kohta
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