『魂約』魔法・罠が破棄された場合、『惡約霊城エリザ・ベース』は手札から特殊生誕できる。

平 四類

『魂約』魔法・罠が破棄された場合、『惡約霊城エリザ・ベース』は手札から特殊生誕できる。

謀りごとカード発動! これで貴方の場の札はすべて破棄され埋葬地墓地へ送られますわ~~~!!」

「う、嘘……! 私の英雄騎士サルゴーヌ様が……!」

 令嬢プレヤは大理石の床に膝をつく。

 手に持ったカードがやけに重く感じた。

 左腕に装着した山札を格納した魔霊石が残りの生命力を表示する。

 残り二〇〇。

「そしてわたくしの山札から『優雅騎士王ラービス』様を特殊生誕させますわ!」

 対面した令嬢ジャリーテは手に持った札を魔霊石にかざす。

 超常なる魔法の力によって、ジャリーテの目の前に金髪の騎士が出現した。

 騎士は恭しく、彼女の手に口づけをする。

「ふふ……。さぁ、決着の時よ! ラービス様で貴方に直接攻勢!」

 ラービスは腰に備えた剣を抜き、プレヤに向ける。優美な装飾の施された剣は、強い輝きを放っていた。

 プレヤは後ずさる。

 頭の中では相手の持つ騎士力と自身の残り生命力の計算が走っていた。

 ラービス様の騎士力は一八〇〇。

 この攻撃で、敗北は決定する。

 

 ラービスが雄叫びを上げながらプレヤに斬りかかる。

 魔法で形付けられた虚像ホログラムの剣が彼女を貫いた。

 魔霊石からオーラが消え去る。

 生命力が尽きたのだ。

「……う」

 『札遊びゲーム』の終了を告げるかのように、虚像を生み出すために周囲を覆っていた魔法空間が消滅した。

「今日もまた、私の勝ちですわね。プレヤさん」

 かつかつとヒールの音を響かせながら、ジャリーテがプレヤに近づく。

 勝利の後のなじり。これもいつものことだった。

「貴方みたいな下級貴族では、とても私の『札遊び』相手なんて務まりませんわ! せめて、もう少しマシな札でも手に入れてから私に挑むんですね。まあ、『下級』貴族にはそんなこと出来ないでしょうけど!」

 ジャリーテは高笑いをする。

「……」

 いつものこと。

 プレヤは半ば無視をしながら、魔霊石と札を鞄に片付ける。

「あら、もう帰りますの?」

「……ええ、この後、馬術のお稽古がありますので」

「馬術? まあ、泥臭い! お古い家系は大変ですわね!」

 古い。確かにそうだとプレヤは思った。

 家系図の長さで言えば、プレヤの家はジャリーテよりも遥かに長い。

 二百年前から続く家系図はぼろぼろに腐敗して、始祖の人物名なんかはもう読めない。

 対してジャリーテはここ数十年で急速に地位を伸ばした新興貴族だ。沿岸部の一帯、海外との取引場を支配することで富を増やしてきた。

 古臭い風習に従って穏やかに没落してきたプレヤの家と、新しく強欲に発展を続けてきたジャリーテの家との違いだ。

「……対戦ありがとうございました、ジャリーテさん。お先に失礼しますわ」

 プレヤは荷物を持ってそそくさと遊技場を後にした。


*****


 プレヤは馬が嫌いではなかった。

 馬は人を軽蔑しない。接したら接しただけ、その人に懐いて親しくしてくれる。

 人馬一体となって野を駆ける瞬間は、他のことを考えずに済むたまらなく好きな時間だった。

 学校の日々は辛く厳しいものだけど、この馬場ではそれを忘れられる。

 馬術の稽古の時間が、彼女の唯一の心の癒しだった。

「ベイク、おいで」

 手綱を引いて馬を小屋へと収める。

 ベイクはすんなりと小屋へ入ってくれる日と、そうでない日がある。プレヤが不機嫌な日は決まってすぐに入ってくれるのだった。これも、プレヤが馬が好きな理由のひとつだった。

 ひとしきり馬の手入れをした後、水と餌を補充して、小屋の扉を閉める。

 日は落ちて、空はもう随分暗くなっていた。

「……帰らなくちゃ」


「プレヤ・プレイフィールドさんはこちらにおられますか?」

 声に驚いて振り返ると、そこに大柄の男がいた。

 長いシルクハットを被り、全身を黒一色の正装で固めている。

「ど、どなたですか……?」

 暗がりに立つ男に怯えながらプレヤは声を返す。

 喉は震えていて、吹けば消えるようなか細い音が出た。

「貴方がプレヤさんですか? わたくし、配達を頼まれていまして、プレヤさんにお届け物があるのです」

「お届け物?」

 これを、とシルクハットの男は革製の鞄を取り出す。

 心臓が強く脈打つ。

 見慣れた形。

 経年劣化によって傷や色落ちが目立つが、それは魔霊石を収めた『札遊び』のセットだった。

「これを、さるお方から貴方へ届けるように言われましてね。なんでも、貴方のご先祖様と交わした『魂の約定』だと」

「約定、ですか」

 プレヤは差し出された鞄を恐る恐る受け取る。

 それは普段彼女が使っているものより幾分大きかった。手に余るサイズ感は、十代の少女のために作られたものではないことがわかる。

「では、私はこれで」

「え? ちょっと待ってください!」

 暗いといってもまだ人影があるかどうかくらいはわかる。それなのに、男は目を離した一瞬で消え失せてしまった。

 一人残された少女は身震いする。

 手に感じる鞄の重みが夢でなかったことを証明していた。


*****


 翌日、プレヤはいつものように令嬢学校ハイスクールへ登校していた。

 昨日と違うことといえば、例の鞄だけ。

 シルクハット男から渡されたあの重い鞄を、いつもの『札遊び』セットの代わりに持って登校していた。

「あら、プレヤさん、おはようございます。今日はずいぶんかび臭いセットをお持ちですのね! 前のセットはどうしたのかしら?」

 教室に入ると、ジャリーテが一番に声を掛けてきた。

 彼女の取り巻きの令嬢も数人一緒になって、プレヤを取り囲む。

「まさか!? 馬術のお稽古の間に、お馬様に食べられてしまって?」

 ジャリーテがからかうと、周りの少女たちも甲高い声で笑い始めた。

「おはようございます、ジャリーテさん」

 毎朝のことで、プレヤにとっては慣れっこだった。

 クラスで最も位が低くて貧しい貴族。いじめられるには充分な理由だ。地位に反して無駄に古い家柄であることが、そのことに拍車をかけていた。


 ジャリーテの横を顔を伏せながら通ろうとする。

「まぁ、つれないですわね。折角今日も『札遊び』を一緒にしてあげようと思ってましたのに。それとも、プレヤさんは今日も馬術のお稽古かしら?」

「……今日はありません」

「まあ! それは良かった! ではまた放課後に遊びましょう。今日はお父様に買って頂いた『とっておき』もありますの」

 プレヤとジャリーテの所持している札の質は大きく異なっている。

 札には魔力が込められていて、魔霊石と組み合わせることで力を発揮する。当然、札の品質が良いものは高級で、札の持つ効果も騎士力も遥かに大きい。

 ジャリーテは金に糸目を付けずに質の良い札で『札遊び』のセットを揃えていた。

 噂ではそのセットだけで、巨大な屋敷が建つほどだと言われている。

「ええ、放課後」

 そんなセットに、下級貴族のプレヤの札で勝てるはずもなかった。

 だが、負けるからと言って戦わないわけにはいかない。

『札遊び』は社交場の最先端。多くの令嬢がその舞台で観客に見染められ、貴族へと嫁いでいく。社交場の誘いを断ることは、令嬢としての将来を捨てることに等しい。

 勝てなくてもいい。

 プレヤはそう思った。負けること、それだけで済むなら。

 ただ日々を問題なく過ごせるだけで、いい。

「おほほ! 楽しみですわ! また貴方の跪く姿を見ることができるなんて!」


*****


「今日は昨日に引き続き、『札遊び』の歴史について授業させていただきますわ」

 黒板の前に立ったマグノールが、教科書を開くように指示する。

 彼女は三十代ほどの若い教師であるが、分厚い眼鏡をつけた化粧っ気のない顔をしている。教育熱心で授業は分かりやすいものの、生徒には厳しく人気のある先生とは言えなかった。

 一部の生徒は彼女のことを『札遊び』の札に描かれている彼女によく似た偶像になぞらえて『天使騎士ヒステリック』と呼んでいた。


「『札遊び』の起源は古く、約二百年ほど前から始まったと言われておりますわ。皆さんもよくご存じの通り、当初は『遊び』ではなく『試合』という要素が強く、令嬢誰もが気軽に参加できるものではありませんでした」

 教科書を読みながら、マグノールは黒板にさらさらと魔法で文字を浮かび上がらせていく。

 プレヤは流れる文字を目で追いながら、必死にノートへと書き写していた。

「歴史書によると多くの場合、令嬢間で諍いが起こった時に、解決手段として用いられたのが『札遊び』。……いえ、当時は『決闘デュエル』と呼ばれていたものです」

「……」

 決闘。

 聞きなれない単語であったが、プレヤの耳にはなぜかその響きが強く残った。

「お互いが選び抜いた『札』と『魔霊石』、それに『決闘礼装デュエルドレス』を一つのセットとして纏って戦い、文字通り生命力を賭けて戦う。その戦いに勝利した令嬢が『相手に一つ、どんな要求でも飲ませることができる』とされていました」


 開いていたページの内容を説明し終え、クラスの全員の書き写す手が止まったところで、マグノールは「さて」と呟いた。

「ここまでが、昨日説明したところですわね。次のページからが宿題で読んでくるようにと伝えた内容です。……そうですね、ちゃんと読んできたか質問をしてみましょうか」

 飾り気のない眼鏡を左手でくいっと上げると、教卓にある座席表を睨むようにして見つめた。

 当てられた令嬢は、皆の前で先生の問いに答えなければならない。

 厳しいマグノールのことだ、答えられなかったときにはこっぴどく叱られるだろうとプレヤは思った。

 彼女を含め、クラス中の誰もが自分が当てられないことを祈った。

「そうですわね。……では、ジャリーテ。ジャリーテ・アルデンヌ」

「は、はい」

 いつもは強気な彼女も、この教師の前では萎縮してしまう。

 ジャリーテは震える声で返事をした。

「質問です。『決闘』は神聖なものとされ、一度始まってしまえば外部からの如何なる魔法でも邪魔することはできず、どちらかの生命力がゼロになるまで誰もそれを止めることはできません。ただ一つの方法、、、、、、、を除いては。……さて、それは何かしら? 当然、宿題をしてきたのなら、分かると思いますが」

「そ、それは……」

 ジャリーテは言葉に詰まる。

 彼女の顔がみるみるうちに蒼白になっていくのがわかった。

「……わ、わかりませんわ」

「ジャリーテ、しばらく立っていなさい」

 マグノールは冷たく言い放つ。

「次。……プレヤ。プレヤ・プレイフィールド。貴方はわかりますか?」

 心臓が跳ねる。

 クラスの令嬢たちの視線が一斉に集まるのを感じた。

「……の、残っている生命力の多い令嬢が決闘の中断を提案し、……相手が従った場合、その決闘を無効にすることができます」

 緊張した喉で、絞りだす様に答えた。

「その通りです。よく勉強してきましたね」

 マグノールは褒めるが、表情はにこりともしない。

「ジャリーテ。貴方が『札遊び』において非常に優秀なのは知っています。ですが、遊びばかりにかまけて歴史を学ばないようでは、立派な令嬢にはなれません。次からは宿題をしっかりとやってくるように。プレヤを見習いなさい」

「…………はい」

 クラスの何処かから忍び笑いが聞こえた。

 プレヤが横目でジャリーテの方を見ると、彼女は顔を真っ赤に染めて今にも泣きだしそうになっていた。


*****


「嘘……。どうしよう」

 放課後、遊技場に呼び出されたプレヤは『札遊び』のセットを開いて準備を進めていた。

「このセット、『まじない魔法札』と『謀りごと札』しかない……。こんなセットでどうやって戦えばいいの……」

 古いセットの中に入っていたのは、札と魔霊石、そして黒いドレスだった。

 鞄に反して中身は手入れをされていたようで、意匠こそ古風なものであるが、汚れひとつない綺麗なものだった。

 問題は、札。

 シルクハットの男に鞄を貰ってから確認もせずに持ってきてしまったせいで、プレヤは今の今までそのセットの札構成を知らないでいた。

 まじない札と謀りごと札は強力な効果を持つものが多いが、それだけでは戦いにならない。前線に出て令嬢のために身を捧げる騎士札があってこそ、『札遊び』は戦えるのだ。


「プレヤさん!! 早くなさい!!!」

 遊技場の『札遊び』スペースからジャリーテの怒号が聞こえた。

 ジャリーテは授業の時のことで怒り心頭といった様子だ。放課後になるや、力づくでプレヤを遊技場まで引き摺ってきて、早々に『札遊び』を始めようとしていた。

 プレヤを叩きのめすことで溜まったストレスを発散しようとしているのだ。


「でも……」

 プレヤは呟く。

 これでは逆効果だ、と思った。

 ジャリーテの機嫌を直すには、こちらもそこそこの戦いをした上で負けなければならない。しかし、こんな騎士札の入ってないセットで戦ったら。

 結末はわかり切っていた。

 騎士も出さずにサンドバックの様に一方的に攻撃されて負けるだけでは、ふざけていると思われる。

 火に油だ。

「か、帰ろう……!」

 準備の途中だったセットを鞄にしまい込み、ジャリーテの怒号と反対方向に走る。

 用意していた姿は見られていない。ばれてはないはずだ。

 そのまま屋敷まで、歩を緩めることなく走り切った。


*****


 プレヤは自室でひとり、カバンを広げていた。

 帰ってから最初にしたのは、札の構成を組み替えることだった。

 以前から持っていた騎士札を、シルクハットの男に渡された古いセットの魔法・罠札と交換していく。

 元のセットの内容から半分ほど組み換えたところで、プレヤは満足した。

「サルゴーヌ様……」

 英雄騎士サルゴーヌの騎士札をセットの一番上に置く。

 彼女のフェイバリットカード。『札遊び』で欠かせないものだった。


「お嬢様! プレヤお嬢様!」

 サルゴーヌを眺めていたところに、突然大声で名前を呼ばれて飛び上がる。

 屋敷の外から聞こえるその声には聞き覚えがあった。

 片付けたセットと鞄を手に持って、声のする方へ行く。窓を開けて顔を出した。

「何かしら?」

「ああ! プレヤお嬢様!! たい、大変でございます!!」

 息も切れ切れの男が窓のすぐそばまでやってくる。

 やはり知っている顔だった。

 馬術のために通っている乗馬場の飼育員の一人だ。

「どうしたの?」

「う、馬が……!! 乗馬場が……!!!」

 男から告げられた内容は信じられないものだった。


 プレヤは着の身着のまま屋敷を飛び出した。

『札遊び』のセットすら置いてくることを忘れて、重い鞄を手に持ったまま走る。

 馬場が近づくにつれて漂ってくる焦げ臭い匂いが、彼女の不安を強くしていった。

 大丈夫、と心の中で唱える。

 だが、馬場に辿り着いた時に希望は完膚なきまでに打ち砕かれた。


 燃え盛る馬場の芝生。崩れ落ちた柵。

 そして、焼け焦げ炭と化してしまっている馬小屋。

 生きている馬の姿など、どこにも見えなかった。

「ベイク! ベイク……!!」

 プレヤは大好きな馬の名前を呼ぶ。

 応じるものはなく、その声は虚しく響き渡った。

 

 否。

 答えるものはあった。だが、それは望んでいた声ではなかった。

「あらあら、プレヤさん。ご機嫌麗しゅう……」

 ジャリーテ・アルデンヌが燃える馬場から姿を現した。


*****


 飼育員の男の話は単純明快だった。

 どこからともなく豪華な決闘礼装デュエルドレスを着た令嬢が現れ、魔法を使って馬場を破壊し始めた、というもの。

 攻撃を受けた従業員は恐れ慄いて散り散りになり、飼育員の男も馬小屋にいたところを襲撃され、屋敷まで走って逃げてきたとのことだった。


「ジャリーテさん、どんな権利があってこんなことを……!」

 プレヤが問いかける。

「権利? 権利ならありますわ。いくつも」

 ジャリーテは美しい紫の決闘礼装の上にフード付きローブを羽織っていた。

 フードを外すと、左腕に装着した魔霊石から札を一枚取り出す。

 札は普段遊戯場で見るものより遥かに強く、異質な光を放っていた。

「ひとつ。プレヤさん、貴方は私に恥をかかせました。下級貴族風情がアルデンヌ家の名に泥を塗るなんてこと、決してあってはなりません、許されざる行為です。当然報復の権利があります」

「それは貴方が……!」

「お黙りなさい!!」

 魔霊石に札をかざす。

 次の瞬間に、凛々しい騎士がジャリーテの前に出現した。

「ふたつ。この馬場はアルデンヌ家が買い取りました。つまり、ここは私のものという事です。自分の所有物を壊すのに、権利も何も必要ありませんわよね?」

 ジャリーテが札を指揮棒のように振るって、近くにある小屋を指し示す。

 生誕された騎士は頷くと、ひと振りで小屋を瓦礫の山に変えた。

 

 虚像ホログラムでは無い。

 札から形作られた騎士が実体を持っていた。

「みっつ。折角ですからお父様に買っていただいた『とっておき』の魔霊石を使ってみたかったの。二百年前、実際に『決闘デュエル』で使われていた逸品ですもの、広い場所で盛大にお披露目しなければ嘘でしょう? ……あら、これは権利とは関係ありませんわね」

「あ……あ……」

 為すすべもなく破壊されていく馬場を、プレヤはただ見ていることしかできない。

 悲嘆に暮れる彼女の姿を目にして、ジャリーテは高笑いをした。

「も、もうやめて……」

「『やめて』? ……今、私に命令しましたか?」

 笑うのを止めて、プレヤを睨む。

「それとも、『お願い』したのかしら? だとしたら、相応の態度というものがあると思いますが」

「……」

 プレヤは意を決して、膝を地面につく。

 来ていた洋服の裾が泥にまみれるのも気にせず、跪いた。

「お願いします、ジャリーテさん。もうやめてください……」

 その様子を見て、ジャリーテも真剣な顔つきになった。

「そうね……流石に、やり過ぎたかもしれませんわね……」

 自身が壊しつくした馬場を見渡す。

「……!」

 プレヤが顔を上げる。瞳は僅かに希望の光を携えていた。

「で、で……」

 そしてジャリーテは、プレヤが希望を取り戻すのを待っていた。

「で、で、で……でもやめませんわ~~~!!」

 弾けるように大笑すると、再び札を振るって騎士に攻撃を指示した。

 木製の柵が割れ、砕け散る。

 魔法で作られた騎士は建造物をスコーンを割るように、容易く蹂躙していった。


 プレヤの脳内に憧憬が蘇る。

 たった一日前のこと。

 愛馬ベイクとともに駆けまわった馬場。

 もう、跡形もなかった。

「……許さない」

「どうぞご自由に! 下級貴族に許されたいと思ったことなどありませんわ~~~!!」



 この場所を守りたい。

 プレヤは思った。けれど、非力な自分に何ができる?

 ふと、手に持った鞄のことを思い出す。

『札遊び』のセット。


「……ジャリーテさん、『決闘デュエル』をしましょう」

 破壊音に掻き消されてしまいそうなか細い呟き。

 だが、言葉はジャリーテの表情を変えた。

「……へえ、『決闘デュエル』、ね。『札遊びゲーム』ではなく、『決闘デュエル』、と。貴方、その言葉がどれほど重い意味を持っているか、おわかりですの?」

 ジャリーテは腕に装着した魔霊石を触る。

 声から若干の動揺が伺えた。

「わかっています。これは命を賭けた真剣勝負。……私が勝ったら、この馬場を、『すべて元通り』にしてください」

 半ば、投げやりな感情だった。

 元通りにならないのなら、もう馬に、ベイクと共に駆けることができないのなら生きている意味はない。

「今までの戦績をご存じ? プレヤさん、貴方は私に〇勝三四敗! それで、命を賭けると?」

 プレヤは鞄を開き、中からセットを取り出す。

 腕に魔霊石を装着した。

 札を取り出して、魔霊石にはめ込む。

 残るは、決闘礼装デュエルドレス

 魔法で裁縫されたこの衣服は、マントの様に羽織るだけで一瞬で着用者の身体にフィットした。

 漆黒のドレスだった。

 月日による劣化など全く感じさせない、目を奪うような黒。

「プレイフィールド家令嬢、プレヤ・プレイフィールド。当方、『決闘デュエル』の準備はできております」


 ジャリーテは歯軋りをした。

 冗談ではない。

 自分の腕に装着された魔霊石を見る。

 この魔霊石は二百年前の骨董品。現在流通しているリミッターのかかった魔霊石とは違う。使った魔法が、実体を持って現実に影響を与えるのだ。

 これを使って『決闘デュエル』などすれば、お互いに手酷いダメージを負うことになるだろう。

「っ……!!」

 だが、令嬢たるもの、『決闘デュエル』の誘いを断ることなど出来るはずもなかった。

「アルデンヌ家令嬢、ジャリーテ・アルデンヌ。『決闘デュエル』の準備はできておりますわ!」

 肩に付けていたフードを取り去り、魔霊石を構える。

「「『決闘デュエル』!!」」

 二人の令嬢の声が重なった。


*****


 お互いに山札から五枚の札を取り出す。

 最初に動いたのはジャリーテだった。

「先手はいただきますわ!」

 彼女は手札から一枚を抜き出し、魔霊石にかざす。

 魔霊石のオーラが札に伝播する。

 魔法が宿った。

わたくしは手札から『優雅騎士ゴーシル』様を生誕!」

 札から放たれたオーラが形どられ、一人の騎士となった。

 黒髪をたなびかせた若い騎士が現れ、ジャリーテの手の甲に口付けをする。

 騎士力、一五〇〇。

「まずは様子見です。先手一巡目は攻勢をかけないのが令嬢の慎み深さ。これで私は手番終了ターンエンドですわ」


「私の番」

 プレヤの心は凪いでいた。

 馬場が破壊されているときは、あんなにも恐怖して、あんなにも絶望していたのに、『決闘デュエル』をすると決めた途端、それらの感情は何処かへ消え失せてしまった。

 今は、ただ勝ちたい。

 不思議にも、胸の内にあるのはそれだけだった。

「ドロー」

 山札の上から一枚、札を引き抜く。

 引いたのは、彼女のフェイバリットカードだった。

「私は手札から『英雄騎士サルゴーヌ』様を生誕」

 五〇代ほどの老齢な騎士が姿を現す。

 ところどころ白髪のある頭髪とは正反対に、身体は筋肉に覆われ、活力に満ちていた。

 鉄塊のような大ぶりな剣を背中から引き抜き、相手へと向ける。

 騎士力、一六〇〇。ゴーシルを上回っている。

「私は負けない……! サルゴーヌ様でゼーテル様に攻勢!」

 雄叫びを上げてサルゴーヌが剣を振るう、細い剣で受け止めようとしたゴーシルは大剣を止めきれず、細い剣とともに両断された。

「うっ……!」

 生み出した風圧がジャリーテに届く。

 実体を伴った攻撃が、彼女の生命力を削った。

 手元の魔霊石に映し出された数値が一〇〇減少する。残るは三九〇〇。

「私は札を一枚伏せて手番終了です」


「ふん! 中々おやりになるようですわね! ですが、まだ『決闘デュエル』は始まったばかり!」

 紫色のドレスを靡かせながら、ジャリーテの指が山札を掴む。

「ドロー!」

 勢いよく引き抜いた札を、視線だけ動かし見て、微笑む。

「ふふ。老騎士には早々に引退して頂きましょうかしら」

 札を魔霊石にかざす。

「私は手札から『見習い優雅騎士ゼーテル』様を生誕!」

 茶髪の若い騎士が姿を見せる。装飾のある銀の鎧を纏っていた。

 騎士力、一四〇〇。

「そして! 私は手札から装備まじない魔法札、『優雅槍ベルガモット』を発動! ゼーテル様に装備していただきますわ!」

 細やかな華の装飾が為された槍がゼーテルの手元に出現する。

 ゼーテルが握ると、彼の身体が淡い紫色の輝きを纏った。

「見なさい、ゼーテル様の雄姿を! 『優雅槍ベルガモット』を装備した優雅騎士は騎士力が三〇〇上昇しますわ~!」

 これで合計騎士力は一七〇〇。僅かであるが、プレヤのサルゴーヌを上回っていた。

「ゼーテル様でサルゴーヌ様に攻勢! サルゴーヌ様、撃破!!」

 騎士は槍を構え、猛スピードで突進する。サルゴーヌは大剣で受けきろうとしたが、努力虚しく大剣は砕かれた。

 槍の先が、プレヤに当たる。

 痛みとともに、生命力が減った。

「さらに! 『優雅槍ベルガモット』を装備した騎士が相手令嬢に戦闘ダメージを与えたとき、追加で二〇〇ポイントの効果ダメージをお与えになりますわ~~~!!」

 プレヤの目前にあった槍が輝きを放ち、プレヤの身体を焼いた。

 より強い痛みに、呻き声を上げる。

 残り生命力は三七〇〇。

「っ……! ですが、サルゴーヌ様はただでは討ち取られません……! 謀りごと札、発動! 『継承される英雄譚』! 私の場の英雄騎士様が破棄されたとき、手札を二枚捨てる事で、山札から新たな英雄騎士様を手札に加えます!」

 魔霊石が光り、山札からひとりでに札が浮かび上がる。

 浮かび上がった札はプレヤの手札へと加えられた。

「何かと思ったら、その程度! 私は札を一枚伏せて、手番終了。よくそんな実力で私に挑もうなどと考えましたわね」

 彼女から、『決闘デュエル』が始まる前の動揺は消えていた。

 ジャリーテの表情は余裕に満ちている。


「私の手番、ドロー」

 プレヤは相手の場を見つめる。

 装備まじない魔法札によって強化されたゼーテルは騎士力一七〇〇。

 単純にサルゴーヌを出しただけでは敵わない。

 だが、『継承される英雄譚』によって加えられた札に、打ち勝つための策はあった。

「私は『英雄騎士サルゴーヌ二世』様を生誕!」

 サルゴーヌよりも若い、しかしよく似た風貌のがっしりとした体つきの騎士が現れる。

 背中に携えた剣は鈍い光を放っていた。

 騎士力、一四〇〇。

「騎士力たったの一四〇〇!? ふ、ふふ……!! さては私を笑い殺す算段ですわね……! たったそれだけで何ができるというのです!」

「……サルゴーヌ二世様は確かに、まだ先代には至りません。しかし、彼はサルゴーヌ様の遺志を継いで、より高みに届く。二世様は埋葬地墓地にサルゴーヌ様が眠るとき、騎士力を五〇〇ポイント上昇します!」

 地面の割れ目より、サルゴーヌの所持していた大剣が突き出す。

 二世はそれを右手で掴み持ち上げると、左手で自身の背中の剣を引き抜いた。

 二刀流。

 騎士力は一九〇〇まで上昇した。

「これでゼーテル様を超えました! 二世様で、ゼーテル様に攻勢!」

 鎧を鳴らしながら、サルゴーヌ二世が駆ける。

「きゃああああ!!」

 ジャリーテは悲鳴を上げる。切っ先はゼーテルの首元まで迫っていた。

「……なんて、言うと思いましたか?」

 刃が刺さる寸前、ジャリーテは不敵な笑みを浮かべた。

謀りごと札、発動! 『優雅なる枷』!」

 サルゴーヌ二世の刃は、ゼーテルに届かなかった。

 紙一重のところで、彼の腕は鎖に拘束される。

「なっ!? 二世様の動きが……!」

 プレヤは予期していなかった状況に驚愕する。

「『優雅なる枷』は発動後、装備札となり、装備された騎士の騎士力は五〇〇下落しますわ!」

『札遊び』の札は質が良いものであるほど、効果が多様で複雑になる。

『優雅なる枷』はまさにその一つだった。

 謀りごと札でありながら、装備札としての効果も兼ね備えている。ジャリーテの持つ札の中でも特に質の良い高価な札であった。

「さあ、身分を弁えない下級貴族に教えて差し上げて! ゼーテル様の反撃!」

 動けないサルゴーヌ二世に対して、ゼーテルは槍を持って胸を一突きにした。

「三〇〇の戦闘ダメージに加えて、ベルガモットの効果で二〇〇のダメージ、合計五〇〇ポイントのダメージですわ~~~!!」

 貫いたままの槍から放たれた光線が、プレヤを掠めた。

 余波により、プレヤの身体はいとも容易く吹き飛び、地面に打ち付けられる。

「うっ……」

 残り生命力、三二〇〇。

「朗報ですわよ。『優雅なる枷』を装備した騎士様は戦闘では破棄されません。つまり、貴方のサルゴーヌ二世様は騎士力こそ下がりはしたものの、場に残りますわ」

 ふらつきながらも立ち上がったプレヤは、手札を一枚場に伏せた。

「……これで、手番終了です」


「私の手番、ドロー! ……はぁ~~、心地よいですわ~~! これが『決闘デュエル』ですのね!!」

 傷ついたプレヤを見て、ジャリーテは嬌声を上げる。

 対するプレヤは睨むことしかできなかった。

「私は手札より、『優雅騎士長アデーレ』様を生誕させます。アデーレ様の騎士力は一六〇〇、サルゴーヌ二世様を十分に上回っていますわ! 二人の騎士様で二世様へ攻勢!」

 令嬢の命を受けた二人の騎士が身動きの取れないサルゴーヌ二世を切り裂く。

「戦闘ダメージは五〇〇。加えてベルガモットの効果ダメージが発生し、合計七〇〇ダメージですわ!」

 今までで最も大きい衝撃がプレヤを襲う。

 魔法による戦闘を見越して作られた決闘礼装デュエルドレスは強靭な素材で作られていた。しかし、如何に魔法で編まれた装備であるとしても、攻撃による衝撃全てを吸収することはできない。

 超過した分のダメージは、着実にプレヤの命を削っていた。

 残り生命力は、二五〇〇。

「う……謀りごと札、発動……。『英雄の兆し』……!」

 痛む身体を手で押さえながら、先のターンに伏せていた謀りごと札を発動する。

「この札の効果で、この手番のうちに受けた戦闘ダメージの数分だけ、山札から札をドローします。……私が受けたダメージはゼーテル様とアデーレ様の攻撃二回分。つまり、山札から二枚、ドロー……」

 プレヤは魔霊石から札を引き抜く。

「私は札を一枚伏せて、手番終了。……立っているのもやっとのようですわね。ですが安心なさい、もうすぐ楽にして挙げますわ!」


「……私の手番、ドロー」

 さらに一枚を引き抜いた。

 これで、プレヤの手札は四枚。

「……」

 絶体絶命の中、プレヤは自分の手札を見つめていた。

 今手元にあるものは全て、未知の札ばかり。

 プレヤが従来持っていた札とは異なる、シルクハットの男に渡されたセットの中にあったカード。

 男はこれをプレヤの先祖との「魂の約定」だと言っていた。

 言葉の意味はわからない。

 なぜ先祖とやらの約束の品が今、一六歳のプレヤの手元に届けられたのかも、不明。

 約束の品がなぜ『札遊び』のセットなのかも、全く謎。

 けれど、やることは決まっていた。

 私は、勝ちたい。


「……私は手札から、三枚の永続まじない魔法札を発動します」

 プレヤは手札を魔霊石にかざす。黒々しいオーラが、石から札へと移される。

「永続まじない魔法札……!?」

 ジャリーテが驚きの声をあげる。

 永続まじない魔法札は言葉の通り、場に存在している限り、永続的に効果を発揮する札のことであった。破棄されない限り影響を与え続ける能力は、装備まじない魔法札と同様に最高級のもの。

 下級貴族であるプレヤが、そんな札を所持していることなどあり得ない。ジャリーテは今まで彼女と三四回もの『札遊び』を興じてきたが、永続まじない魔法札など一度も使われた記憶など無い。

 それを、一度に三枚も。

「『怒涛の魂約こんやく』」

 札の名を告げると、プレヤの前に書状のようなものが出現した。

 宙に浮かぶ書状を確かめると、プレヤは躊躇なく自身の親指を強く噛む。

 指の先から赤い血が滲むのを確認すると、その血を赤いインクのように使って、書状に自身の名を書き記した。

『プレヤ・プレイフィールド』。

 次の瞬間、プレヤの胸に激痛が走った。

「……この札は八〇〇ポイントの生命力を代償に発動することができます。『怒涛の魂約』が場に存在する限り、自分の場の騎士札の騎士力は常に五〇〇ポイント上昇」

 場に残っていたサルゴーヌ二世に、黒いオーラが纏わり付く。

『優雅なる枷』の効果で下落していた騎士力五〇〇ポイントと相殺し合い、サルゴーヌ二世の騎士力は元の一九〇〇に戻る。


「二枚目、『哀愁の魂約』。この札も代償として八〇〇ポイントを支払い発動します。この札が場にある限り、自分の手番に一度、相手の場にある札の効果を手番終了まで無効にすることができます」

 プレヤは痛みに胸を押さえながら言葉を続ける。

「私は、『優雅なる枷』を無効化……!」

 サルゴーヌ二世を拘束していた鎖が砕ける。

「なっ……!?」

 ジャリーテは口元を隠して、悲鳴にも近い声をあげた。

 これでサルゴーヌ二世の騎士力はさらに五〇〇ポイント上昇。つまり二四〇〇もの騎士力を持つことになる。


「まだです。三枚目、『無慈悲の魂約』を、八〇〇ポイントの代償を払い、発動!」

 プレヤの場に三枚の書状が並ぶ。

「この札は自分の手番に一度、自分の騎士様一人に対して『相手の場の騎士様全てに攻勢を仕掛ける力』を付与します!」

 最終的にプレヤが払った生命力の代償は二四〇〇。

 つまり残りの生命力はたったの一〇〇だった。

 しかし、それだけの価値はある。プレヤはそう信じていた。

 相手の場のゼーテルは騎士力一七〇〇。アデーレは一六〇〇。

 例えジャリーテの場に伏せられている札が『優雅なる枷』だったとしても、サルゴーヌ二世の騎士力の方が上回っている。


「……どう、しよう」

 ジャリーテの表情は伺えない。

 口元を両手で覆い隠して、見開いた瞳は潤んでいた。

 自分の命を狙う強靭な騎士に対して動じず、ただその澄んだ青色の眼だけが真っ直ぐプレヤを見据えていた。

「私に勝利を……! サルゴーヌ二世様で、ゼーテル様とアデーレ様に攻――」

「――迷ってしまったの」

 ジャリーテの言葉に、プレヤは動きを止める。

 彼女の声は楽しそうに弾んでいた。

「いつ台無しにしてあげようかって」

 ジャリーテから方向から風が吹き荒れる。

 紫の決闘礼装デュエルドレスが広がり、彼女の姿を大きく見せる。

「あまりに楽しそうにしていたから、邪魔するのも悪いでしょう? 『次かな? そろそろかな?』って迷っていたら、こんなタイミングになってしまいましたわ。本当はもう少し早く、貴方が希望を抱く前に使ってあげようと思ったのだけれど」

 ハッタリだ、とプレヤは思った。

 この状況を覆せる札なんて。

「下級貴族にしては、よくやったと思いますわ。褒めてあげましょう。『魂約』でしたか? 私も見たことの無い札の数々、少々驚きました」

「……二世様! ゼーテル様に攻勢を!」

 プレヤは騎士に対して指示を出す。

 しかし、彼は銅像のように動かない。

「ですが、いけませんわ、生命力を代償にして発動する札なんて。プレヤさん、貴方、今の自分の姿がお分かりですか、酷い顔をしていらっしゃいますわよ。……令嬢とは戦いの中でも、最期まで美しくあらねばならないの。貴方の戦い方には――」


「――優雅さが足りませんわ〜〜〜!!! 謀りごとカード発動、『優雅なる鮮烈』!!!」

 ジャリーテの手に持っている札が紫色の輝きを放つ。

 その閃光は徐々に強くなり、プレヤは腕で光を遮らずにはいられない。

「……っ! サルゴーヌ二世様……!?」

 腕の隙間から見える騎士の姿が、徐々に朧げになっていく。

「おわかりですね、この札の効果! 貴方の場の札はすべて破棄され埋葬地墓地へ送られますわ~~~!!」

 ふっと光か消えたかと思うと、サルゴーヌ二世は薔薇の花びらとなって散った。

 同様に、プレヤの前に浮いている書状も花弁となる。

『怒涛の魂約』、『哀愁の魂約』、『無慈悲の魂約』は全て破棄された。

「そして! 私の! 山札から! 『優雅騎士王ラービス』様を特殊生誕させますわ〜〜〜!!!」

 金色の騎士王が姿を現す。

 ジャリーテのフェイバリットカード。

 彼は跪いて、ジャリーテの手の甲に口づけをした。

「あははははは!!! もう、もう駄目ですわ!! おかしくて、おかしくて!!!」

 彼女は笑いを堪えきれないといった様子で、体を倒れそうなほど反らせながら高笑いをする。

「ざ、残念でしたわね〜!! 騎士様も! 代償とやらを払って発動した書状も! 貴方の場の札は全て破棄しました! さあ、手番を終了なさい! ひと思いに終わらせてあげますわ〜〜〜!!!」


「……」

 手札は一枚。

 残り生命力は一〇〇。

 危機的状況で、プレヤはそんな現状とは別のことを考えていた。

『魂約』とは『魂の約定』。シルクハットの男の言葉。

 なら、これ、、は、何との約定なのか。

 勝ちたい。

 この思いに偽りはない。

 けれど、これを使った途端、何かが決定的に変わってしまう予感がした。

 今までの平凡な日々。

 大きな問題さえなければいいと、流されて生きてきた日々。

 全部、失ってしまう。



 頭に浮かんだのは、燃えながら死んでいく馬ベイクの姿イメージだった。


「この札、『惡約、、霊城エリザ・ベース』は『魂約』まじない魔法謀りごとが破棄された場合、手札から発動・特殊生誕することができます」

 突如、世界が暗転する。

 陽が落ちたわけではない。

 時はまだ逢魔ヶ刻。

 寸前まで、夕陽が燦々と輝いていた。

 だとすれば、この暗闇は?

 ジャリーテは夕陽のあった場所を見上げる。

 何かが。巨大すぎる何かが、夕陽の光を遮っていた。

「な、何……あれ」

 ジャリーテは笑みを失う。

 火照っていた身体は一瞬で熱を引き、端から震え始めていた。

 あんな騎士、、札、見たことがない。

『魂約』と言われる札も不可解なものだったが、これは桁が違う。

 闇に目が慣れてきたジャリーテは、浮遊物の正体に気付く。

 巨大なそれは、明らかに城の形をしていた。


「エリザ・ベースはまじない魔法札でありながら、騎士札。生誕時には騎士の場へと設置します。そして、エリザ・ベースの騎士力は〇」

「……〇!? ふふふ、こんだけでかい図体をしていながら、とんだハリボテですわね……!」

 ジャリーテは強く手を握り、震えを止める。

 未知に対する恐れは薄れ始めていた。

「当然です。エリザ・ベースは、騎士ではないのですから」

 プレヤは呟く。

「代わりに、エリザ・ベースは今まで私が支払ってきた魂の代償を力に変えます。つまり、埋葬地墓地に眠る『魂約』札一枚につき、エリザ・ベースの攻撃、、力は一〇〇〇ポイント上昇……」

 物言わぬ暗黒の城に向かって、三つの霊魂が飛んでいく。

 小さな霊魂は城に当たると取り込まれ、形を砲塔へと変えた。

 攻撃力は、三〇〇〇。

「〇から三〇〇〇!? あ、あ、ありえませんわ!! そんな数値を持つ騎士なんて、聞いたこともありません……!!」

「だから、言っているでしょう。エリザ・ベースは騎士ではありません。貴方が聞いたことがないのも、当然。これは二百年前の、本当の『決闘デュエル』を生き抜いた札なのですから」

 プレヤは自分の口が語っていることを、不思議に思った。

 なぜ、私はそんなことを知っているのだろう?

「……そして、エリザ・ベースは生誕時に破棄された『魂約』札の枚数分、攻撃することが可能です。私が破棄された『魂約』は三枚。よって三回の攻撃が可能ですわ」

 プレヤはゆっくりと右腕を上げる。

 つられて、黒いドレスが揺れた。

「エリザ・ベースで、ゼーテル様に攻撃」

 命じるように、腕を下ろす。

 浮遊する城の砲塔から熱線が放たれ、茶髪の騎士は跡形もなく蒸発した。


「きゃあああああ!!!」

 膨大な熱量が背後のジャリーテに襲いかかる。

 熱風に吹き飛ばされ、地面に背中を強く打ち付けた。

 残り生命力、二六〇〇。

「第二射、用意」

 再びプレヤが腕を上げる。

「ま、待って……!!」

「黙りなさい」

 腕を振り下ろすと、アデーレが塵と化した。

 ジャリーテは叫び声を上げる間も無く、余波によって地面を転がされる。

 優美な紫色の決闘礼装デュエルドレスは見るも無惨な泥となっていた。

 残り生命力、一二〇〇。

 ラービスの騎士力一八〇〇と、エリザ・ベースの攻撃力三〇〇〇の差は、ちょうど一二〇〇だった。

「あぐ……あぁ……」

 ジャリーテは痛みに呻き声を上げながら、土を這い回る。

 優雅さの欠片もなく、ただ必死に巨城の反対方向へと逃げる。

「第三射、用意」

「待って!! 待ってください!!! わ、私、し、し、死にたくありませんわ〜〜〜!!!」

「……」

 プレヤは腕を掲げた状態で止まる。

「あ、あや、謝ります。ごめん……なさい、調子に乗って、馬場を、こわ、壊してしまって……」

 ジャリーテは振り返り、涙と泥に汚れたぐしゃぐしゃの顔で声を張る。

「素敵ですわね。謝れば、許されるとでも? 破壊されたこの場所が、謝罪すれば元通りになるとでも? 死んだ馬たちが蘇る?」

 腕を止めた状態のままで、プレヤは原型のわからないほど壊された馬場を見やる。

 口元は微かに笑みの形を作っていたが、瞳には何の感情もなかった。

「命に対しては、命をもってしか償うことができません」

「ゆ、ゆる……して……」

「許しません」

 第三射用意、と再度呟く。

 エリザ・ベースの砲塔に魔力が充填されていく。

 禍々しい黒い光に照らされて、ジャリーテは死を覚悟した。



 だが、その腕が振り下ろされることは、いつまで経ってもなかった。

 遠くから馬の嘶きが聞こえる。

「……」

 ジャリーテが顔を上げると、プレヤが不思議そうにきょろきょろと見渡していた。

「ベイク……?」

 蹄のなる音。音は徐々に大きくなる。

 積み上げられた瓦礫の向こうから、健康そうな身体つきの馬が一匹姿を現した。

「……ベイク!? ベイクなの!? 貴方、生きて……」

 馬は鼻を鳴らしながら、プレヤに擦り寄る。

 プレヤが撫でようとすると、ベイクもそれに応えた。

 ジャリーテは、馬を殺してはいなかった。


 衣擦れの音。

 音のする方に視線をやると、泥だらけのジャリーテが立ち上がっていた。

 瞳は未だ、恐怖の色に染まっている。

 プレヤは自分のしようとしていたことを思い出す。

 エリザ・ベースによる最後の攻撃。

「……ジャリーテ、さん」

 私は、殺そうとしたの?

 自分のクラスメイトを?

 プレヤの顔からすっと血の気がひく。

 最後の瞬間も、意識はあった。怒りに囚われてはいない。冷静でもあった。

 ただ淡々と、目の前の少女を殺そうとしていた現実に気付く。

 思えば、あの札。

『惡約霊城エリザ・ベース』を使った時から、自分が自分で無いような感覚に陥っていた気がする。

 目の前の騎士を何の気なしに葬り去り、あまつさえジャリーテを殺そうとした。

 さっきまでの自分の行いが、信じられなかった。

 

「……」

 まだプレヤの手番は終了していなかった。

 相も変わらず、巨城はプレヤたちの頭上に浮かんでいる。

 ただ、命じるだけでジャリーテの残りの生命力を奪うことができた。

 攻撃を命じなくても、『決闘デュエル』が続くまで、恐怖も継続する。

 そして、『決闘デュエル』はどちらかの敗北が決定するまで終わらない。

 


 たった一つの例外を除いては。

「……『決闘デュエル』には、生命力の多い令嬢が決闘の中断を提案し、相手が従った場合、その決闘を無効にすることができるというルールがあります」

 プレヤは呟く。

 プレヤの生命力は一〇〇。ジャリーテの生命力は一二〇〇。

 生命力の多い令嬢は、ジャリーテだった。

「もし、ジャリーテさん。貴方が私の言う条件を受け入れるというのなら、もう攻撃は行いません。貴方の中断するという言葉に従います」

「……こ、断ったら?」

「その選択肢はありません」

 プレヤは右腕を振り上げた。

「ひっ……!!」

 ジャリーテはその仕草を見て尻餅をつく。

 プレヤは無視して続ける。

「……提案は二つ。まず一つ目は……この馬場を元の状態に戻すこと」

 改めて、馬場を見渡した。

 芝生は剥がれ、柵は倒壊し、小屋は跡形もなくなっている。

 恐らく、プレイフィールド家の持つ財力ではどうにもならないだろう。

 だが、ジャリーテなら、アルデンヌ家ならその限りではない。

 多少懐にダメージはあるだろうが、蚊に刺される程度のはずだ。

「二つ。もう二度と、私とこの馬場に手を出さないこと」

 私はやっぱり、平凡な日々が欲しい。

 馬と、ベイクと共に駆け回る場所があるだけでいい。

 それ以上は望まない。

「以上です。これを条件に決闘の中断を貴方が提案し、、、、、、私が承諾します、、、、、、、

「……」

 数秒間俯いて黙り込んだ後、ジャリーテはドレスの裾で顔を拭って顔を上げた。

「条件を飲みますわ。……ジャリーテ・アルデンヌ、『決闘デュエル』の中断を提案いたします」

「プレヤ・プレイフィールド、『決闘デュエル』の中断を受け入れます」


 ぱっと空が明るくなる。

 浮かぶ巨城、『惡約霊城エリザ・ベース』が消えた。

 夕方のオレンジ色が辺りを照らしていた。

 何も無くなった馬場に、二人の令嬢と一頭の馬。

「それでは。さようなら、プレヤさん。……帰ってシャワーを浴びますわ」

 ジャリーテはドレスを泥色のドレスを翻し、プレヤいる位置と反対の方向に歩き去っていく。

「ち、ちょっと! 馬場の修理は!?」

 あまりにも自然に帰ろうとする彼女を、プレヤが引き止めようとする。

 ジャリーテは面倒臭そうに首を捻って顔だけプレヤに向けると、目を細めて呟く。

「手配をしておきます。……令嬢に二言はありません」

 それだけ言うと、ジャリーテは本当に帰って行ってしまった。

 プレヤは、明日教室でジャリーテと顔を合わせることを想像して、胃が痛くなった。


*****


「一部想定通り。一部想定外」

 シルクハットの男は独りごちる。

 既に夕陽は沈みきり、光源の無くなった馬場はただの暗闇だった。

「流石に子孫様です。十分、あのセットを使いこなしたと言えるでしょう」

 だが、と思う。

「まさかあのセットからごっそり半分を入れ替えてしまうなんて」

 悩ましげに俯く。

 シルクハットが落ちないように、手で押さえる。

「危なかった。相手の令嬢が弱かったからよかったものの、半分も入れ替えて劣化した、、、、セットで『決闘デュエル』をすることになるなんて。……本当に危なかった」

 心の底から安堵したように深いため息を吐いた。

「次会ったら、ちゃんと教えてあげないといけませんね」

 黒い男は闇に消えた。

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『魂約』魔法・罠が破棄された場合、『惡約霊城エリザ・ベース』は手札から特殊生誕できる。 平 四類 @shiki4

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