僕のことを好きな人(たぶん)

春日あざみ@電子書籍発売中

初めての春、到来?

「木村、お前のこと好きっぽいぞ」


 大学の帰りに寄ったドーナツチェーン店で、ゼミ友である後藤から飛び出したひと言に、俺は飲んでいたコーヒーを吹き出した。


「きったねえな」


「いや、吹くでしょ、そりゃ。だって、木村さんだよ? 僕らのゼミのアイドル、木村さんだよ?」


「俺も認めたくないけどさ、絶対そうだって、あれは」


 テーブルクロスを店員から受け取り、飛び散ったコーヒーを吹きながら、俺は疑いの顔を向ける。


「何を根拠に」


「とりあえず、木村さんのこと、ちょっと見てみろって。あれは絶対、お前に恋してる顔だ」



 ⌘



 それからしばらく、木村さんを観察してみた。友達が言う「あいつ、お前のこと好きみたいだぞ」というコメントは、だいたい当てにならないと思っている。これまでも何度か、その言葉を信じて痛い目をみたからだ。


 ––––だが今回ばかりは、完全否定できないかもしれない、と思ってしまった。


 木村さんは、僕と話す時、恥ずかしそうにしてちょっと顔を赤らめる。


 他の女子学生たちと、きゃあきゃあ言いながら恋バナをしている時、僕の名前を発したことがある。


 僕とお揃いのノートをゼミで使っている。


 我ながら気持ち悪いと思いながら、彼女のソーシャルメディアのアカウントもチェックしてみた。


 どうやら彼女は「オタク気質」というか、結構ミーハーなタイプの女の子のようで、今は「和装男子」なるものが推しらしい。僕にはよくわからないが。


 だが、とある日のポストで。「同じゼミの子がめっちゃ好みでやばい」という一文を見つけた。


(……これは、もしかして、もしかするかも)


 僕は初めての恋の予感に、しかもアイドルグループに入っていてもおかしくない程可愛い女の子からの好意に、完全に舞い上がっていた。


 目は細いし、顔立ちも地味だし、体の線も細いしで、高校時代は完全にそういう話題からは蚊帳の外だった。だからといって、興味がないわけではない。それなりにそっち方面にだって興味はあるし、彼女は欲しい。


 そして、普段の自分では絶対しないような行動を、僕は起こした。



 ⌘



「木村さん、こっちだよ」


「あ、はい……。今日は、どうして私なんかを呼び出されたんですか?」


 なぜ敬語なのかわからないが、いつものように恥ずかしそうにしながら、彼女は僕の手招きに従い、公園のベンチに腰掛けた。


 彼女の好意を確信し、居ても立ってもいられなくなった僕は、彼女を呼び出して、告白することにしたのだ。木村さんは可愛い。いつ他の男の猛烈なアプローチにあって、彼氏ができてしまうとも限らない。こちらに気が向いているうちに、落してしまおうという算段だった。


「あの、実は……僕、君のことが好きみたいで。付き合ってくれないかな」


(さあ、YESと言ってくれ。木村さんも、僕のこと好きなんだろ)


 すると、一瞬驚いた顔をした木村さんは、思いがけない答えを口にした。


「ごめんなさい!」


「……え」


 彼女の回答が頭に入ってこなかった。え、僕の勘違いだったの? あの好意的な眼差しは、まぼろし?


「いや、私みたいなモノが山田様とお付き合いするなんて恐れ多いっていうか。ほんとなんていうか、神の領域っていうか。もう、とにかく、山田様は、私にとって神聖な方なんですっ」


「え、神聖? え、ちょっと意味が……」


「私、和装男子がめっちゃ好きなんですけど、去年の文化祭の山田様の和装が、超絶好みでやばくて。塩顔イケメンがめっちゃ好きなんですけど、その着物のお姿が尊すぎて。あ、写真撮ってこっそり待ち受けにしてるんですけど、もし嫌だったら消すんで! あ、でもおうちに飾るのだけは許して欲しいっていうか。あと、他の野蛮な男子とかと違って、儚い雰囲気があって、しかも一人称『僕』ってところなんかもくう〜って感じで」


「あ、いや、写真待受とかは別にいいっていうか、嬉しいんだけど。いや、そこまで好みなら、付き合ってみてくれてもいいんじゃないかなぁ……って」


「いやいやいやいや。何を言っていらっしゃるんですか。山田様はみんなのものだし、もう、なんていうか、同じ空気を吸って、山田様が持ってる持ち物と同じものを持つだけで萌えっていうか、満たされるっていうか。とにかく神聖なものなんです。あ、ちなみに密かにファンクラブも作ってます。メンバー三人だけですけど。付き合うとかは考えられなくて。遠くから見てるだけで幸せなんです。だからごめんなさい」


 僕は顔を片手でおさえ、空を仰いだ。もう、なんて答えていいかわからない。


「はあー! その憂いを帯びた流し目もめっちゃやばいです。これまで直接お話しする機会がなくって、こんなに近くでご尊顔を拝見できる機会もなかったんで、もう、ほんとめっちゃ嬉しいです。写真一枚撮ってもいいですか……?」


 情報量が多すぎて、何を言っているかよくわからなかったが。彼女曰く、恋愛対象なのではなく、僕は推し活対象なんだそうだ。


 結局、今度和装をして撮影会をするという約束をさせられて、その場は別れた。



 え、何……これは、失恋……?









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