ハラペコな港町

びちゅ

謎の料理人

ここはとある港町、とくに何も無いが平和な町だ。

心地良い風に吹かれてお気に入りの堤防で釣りをするのは何より気持ちいい。


「かぁ〜気持ちいい〜!」


のんびりと釣りに興じる中、いつものように民宿ど働く女性が声を掛けてくる。


「シンさぁ〜ん!釣れたぁ〜?」


「おお、渚ちゃん。今日はアジが爆釣だよ!」


「おお!まるまる太ってて美味しそう〜♡」


「って言うと思ってビール冷やして待ってたよ。て事で今日もやっちゃいますか!」


「やっちゃいましょー!」


僕達は日頃からこうして釣った魚を肴に酒を酌み交わしている。


「今日のメニューはなんですか?」


「今日はねコンロを持ってきたんだ。だから

半分は“フライ”にして残りは“なめろう”にするよ。」


「きゃー!わかってるぅ!」


そうしてシンはテキパキと捌いて瞬く間に

“アジフライ”を完成させた。


―実食


サクサクッと頬張る姿はハムスターを連想させる。


「ん〜!!美味しいぃ〜!こ、これは!」

(サクサクの食感にふんわりとしたアジの身…!そしてほのかに香る梅のスーッとした風味が鼻を通り抜ける…極めつけに衣にまぶされた海苔がここが海である事を強調している!)


「…そう、これは隠し味に梅を使った

『アジのプラムる磯辺スーパーフライ』だ!」


(…相変わらず名前なっげぇ)

「これはビールもグイグイいけちゃいますね!」


「こちらの『なめろう』もどうぞ!」


パクッ

(モニュモニュ…爽やかなアジの身にまとわりつくタレ!何だこれ!?今まで食べていたなめろうは何だったのか!)

「シンさん…この深みは一体!?なんの隠し味があるんですか!?」


「秘伝のタレを使ってるんだ。素材は秘密♡

この“なめろう”その名も…

『アジングはコッパミジング』だ!」


(センスないな。料理は美味しいのに。)

「へー…(ゴクゴク)ぷっはぁああw」


「いい食べっぷりだね!さてともう1本飲むか…ってあれ!?もうこんだけ!?」


バッと振り返ると渚の周りには空き缶が数本積まれていた。


サクッモニュゴクゴク…サクッモニュゴクゴク…

「ぷぁっはぁw」


「ちょっと僕の分も残しといてよぉおお!?」



ー翌日



今日は朝マズメの時間帯に昨日とは少し離れた堤防に来ている。

狙いは“青物”だ。

やってやんよ。大物釣ってやんよ!


ー1時間後


「…なかなか来ないなぁ…今日は回って来ないかなぁ。」


ボンヤリしていると背後からノソノソと誰かが声を掛けてきた。


「…シン…く…ん。」


「あ、熊さんおはようございます。

熊さんも釣りで…うわっ酒臭ぇ!?」


「昨日飲み過ぎてもうた〜…

だから風に当たろうと散歩じでだぁ…」


この人は大工の熊さん、50代の妻子持ち。

昨日はどうやら仲間達と宴会をしていたようだ。


「飲み過ぎは良くないですよ。」


「わがっでらぁい…

ちょっと胸焼けと胃のむかつきと頭痛がするだけだやぁい…」


「重症じゃんか。…しょうがない。何か食べます?」


「おうとも!…ウップ」


待ってましたと言わんばかりに目を輝かせるこのオッサンは、明らかにせがむつもりで来たのだと確信した。

まぁ魚も釣れない事だしいいか。


「今日用意してたのはですねぇ…なんと!

二日酔いのマヌケには嬉しい“そうめん”です!」


「マヌケは余計だ。だが助かるよ…」


―数分後


「さてできましたよ。召し上がれ。」


「あ…あ…ありがてぇ!いただきます!」


ズルッ…ズルッ…ズゾゾゾゾゾ!チュルン…


もの凄い勢いで麺を啜っている。

どうやら胃に何かサッパリしたものを入れたかったのだろう。


「う…うんめぇえええ!何だこれ!?

何か普段食ってる“そうめん”とは何か違ぇ!」


「それにはね、特製の麺つゆを使ってるんです。その効能は…」


「な…なんだ…?身体中から湧き出るこの力…!臓器が…細胞が…悦んでいる!?

こ、これは一体!?」


「二日酔いの身体に威力を発揮する秘伝のツユ

“超濃縮シジミエキス”、これは昆布と様々な貝で出汁を取った汁で合わせた至高の“そうめん”…

その名も『私は貝になった~五臓がシェル~』だ!」


(意味わかんねぇ…)

「けどこれマジで止まんねぇ!!

これで今夜も呑めるぜえええ!

ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾ!!」


「いや、僕の分も残しといてね?」


―その夜、小料理屋「海坊主」


「あらシンさん、今日は釣れなかったの?」


そう話し掛けるのは女将だ。

彼女は板前の旦那さんと2人で店を切り盛りしている。


「ヒラマサに嫌われたぁ〜…明日は絶対釣る!」


「ふふっ相変わらず釣りバカね。釣れたらまた持って来てよ。」


「もちろんです!」


僕は大物が釣れたらよくこの店に持ち込んでいる。


「あ、そうそうシンさんにお願いがあるんだけど…」


「お願い?」


「最近観光客向けに新メニューを考えてるんだけどなかなか思いつかなくて…最近“イカ”が豊漁だからそれを使いたいんだけど。」


「おお、“イカ”ですか。」


“イカ”、日本人なら嫌いな人はほとんどいない最高の生物…『イカ焼き』『刺身』『イカフライ』『ワタ焼き』、ああどれを取っても最高だ。


「わーい!“イカ”の新メニュー食べたぁい!」


「あら渚ちゃんいらっしゃい。」


タイミングよく渚ちゃんがやって来た。

食べ物センサーでも付いてるのだろうか。


「シン君俺からも頼むよ。」


厨房から板前のタモツさんが出てきた。

スキンヘッドで元漁師のこの人の風貌はそう、紛れもなく『海坊主』だ。


「わかりました…厨房借ります。」


厨房で“イカ”と向き合い精神統一する。

ただのイカ料理じゃダメだ。

観光客向けに目を引くものでなければ…


タモツさん、女将、渚ちゃんが見守る中考えを巡らせる。


「よし、アレを使うか。」


「アレ?」


キョトンとするタモツさんを尻目に包丁を構え深く息を吸う。


「…九頭龍ティラノ切り。」


「え、何!?九頭龍ティラノ切り!?は!?」


「しゃああああ!!」


気合いを入れながら“イカ”を手際よく捌いてひと手間加えていく。


「完成です。」


「シ…シン君…これは!?」


「皆さんにも食べて貰いましょう。」


渚ちゃんが完成した料理をマジマジと見ている。


「お刺身…?」


「そうねぇ見た目は華やかだけど意外と普通ねぇ。ちょっと大きいって事位かしら。」


「シン君が作ったんだ。きっと何かある筈さ。」


「味は付いてるんでそのままどうぞ。」


そうして3人同時に口へ“イカ”を運ぶ。


「な…」


「これは…」


「むふぅ〜…」


『と、とろける!』


3人同時に仰天している。

どうやら面食らっているようだ。


「噛んだ瞬間に口の中全体に崩れ、尚且つ柔らかくとろけていく…!」


「しかも醤油を付けない事で素材本来の味を極限まで引き出している…!

これは…そうか独特の切り込みに何か仕込んだな!?」


「美味しいですぅ〜♡」


「シン君!これは一体何をしたんだ!?

これがその…九頭龍ティラノ切りの秘密なのか!?」


九頭龍ティラノ切り

シンが独自に編み出した仕込み。

大きめに捌いた“イカ”の身に9本の切り込みを入れ、更にその真ん中にティラノサウルスが引っ掻いた様な3本の切り込みを入れた江戸前風の仕事。


「なるほど…9つに別れた切り込みに昆布の水塩を塗っているのか…素材が引き立つ訳だ。」


「こんなに“イカ”を美味しくできるなんて…」


「シンさんってぇ〜何者なんですかぁ?」


「僕は…」


言いかけるとガラッと店の扉が開き中年の男性が入ってきた。


「私が呼んだんです。」


「ちょ…町長!?」


女将とタモツさんが驚いているのをよそにモフモフと食べ続ける渚ちゃん。


「彼はとある界隈で有名な伝説の料理人です。

この町も観光客が減ってきてピンチなので彼を探し出し、町おこしの為に招待したんです。

…まさか私の所に1度も来ないで釣りばっかしてるとは思いませんでしたけどね!」


「あはは、いやぁ素敵な海があったのでつい!」


「で、伝説の料理人…シン…どこかで聞いたような…」


考え込む女将とタモツ。

すると渚が口を開いた。


「あ、思い出した!シンさんって美食の女王で人気ブロガーの天堂寺美菜子に

『舌狂ってんじゃね?』って発言してめっちゃ嫌われてた料理人だ!あはwウケるw!」


「あああああ!そうだああああ!

政治家や海外の大物とかにも顧客がいる凄腕の料理人だあああ!」


「あはは…まあそんな事もありましたね。

で?町長、今日は何か用で?」


「ようやくあなたを見つけたんで早速明日から仕事を頼みます。この町で改良された“二の腕ゴボウ”を使って名物にしてください。」


「“ゴボウ”か…ならアレを使うか。」


「アレとは?」


「特殊技巧、ギロチン竜巻のせせらぎ卸しです。」


「ごめん意味わかんない。」


[完]

























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