寝ても覚めても

紫月音湖*竜騎士さま~コミカライズ配信中

推し活は続く

 私は死んだ。

 死んだのだ。

 トラックに轢かれて。



 ……ん? トラック?

 トラックって言うことは、あれですか? 次に目を覚ましたら、そこは異世界でしたってやつ? しかも自分が超推してる恋愛ゲームの、あの世界に行っちゃう? ある日突然、前世の記憶を取り戻したヒロインになっちゃう?


 目を覚ますのが怖いけど、ある意味楽しみって言うか。そもそも死んだのに目を覚ますって言うのもおかしな話なんだけど、推しキャラに出会えるなら……見つめ合って甘く囁かれてキッ……されるかもしれないのなら、目覚めないわけにはいかないでしょう!


 開けるよ。目ぇ、開けちゃうよ?

 神様女神様、お願い! 目覚めたらそこは「ロマンス王国♡堕ちた聖女と封印されし聖石の王子」の世界でお願いしまっす!




 ――リアルで見たこともない豪華な天蓋つきのベッド。滑らかな手触りの布団……じゃなかった、シーツ。手荒れとは無縁の白くやわらかな手に、桜色の爪。

 ベッド脇に人の気配を感じて顔を向けると、そこには長い銀髪の青年がひとり。私と目が合うと、ホッとしたように眉を下げて綺麗に笑った。


「聖女よ。ようやくお目覚めか」


 キターーーー!!

 やばい、やばいっ、本物だ! 本物のエルスヴェラッド・イーファン・セレイブル・アンクシー・ドリヴァール・ターラー・ミロフ・エルクエル・クーティシェス・フィン・マイケルだ!

 名前が長いから、ファンの間では「マイケル」と呼ばれている。


 ロマンス王国の王子たち(側近や騎士、城下町で出会うパン屋の店主まで)は魔王の呪いによって聖石に封印されていて、ゲームの中で手に入れる「聖女の涙」を集めることで解放することができるのだ。もちろんレア度の高いキャラは、無料で手に入る「聖女の涙」ではなかなか手に入らない。


 私の激推しマイケルはロマンス王国一の人気キャラと言うこともあって、イベントでもなかなか無料配布にはならない王子だ。

 何度も課金に課金を重ねて、私もようやくゲットできた幻とも言われる銀髪王子マイケル。甘い言葉を挨拶代わりに吐く謎めいた雰囲気のキャラなのだが、実は魔王の血を引く設定で、ルート次第では魔王に覚醒して闇堕ちエンドになるのだ。しかもそこから更に高難易度の試練(重課金)をクリアすると、ヒロインが聖女の力でマイケルをこちら側へ呼び戻すという感動イベントに突入する。


 もちろん私はクリア済みだ。マイケルが血反吐を吐いて苦悩する闇堕ちエンドを見て泣いては、彼を救うことができた喜びにまた涙する。

 ロマンス王国最高! マイケル最高!


 そのマイケルが! いま私の目の前にいる!

 感動しすぎて声が出ないことって本当にあるんだ。必死に絞り出した声が「ふへ」って、気の抜けた風船みたいな音だったから、ほら……マイケルが困った顔してる。あぁん、でも困った顔もす・て・き。


「目覚めたばかりで申し訳ないのだが、自己紹介をしてもらえるだろうか?」


 んん? 自己紹介? でもさっきマイケルは私のことを聖女だって言ってから、改めて名乗る必要もなさそうなんだけど……。

 だってこの世界の聖女には、デフォルトで「マリア」って名前が付いてるんだもの。当然この世界に転生した私の名前は「聖女マリア」になるはず……なんだけど。


 そういえばマイケルの神々しさに霞んで気付かなかったけど、部屋の壁際にたくさんの女性が立ってこちらを見ている。心なしか彼女たちの視線に闘争心のようなものを感じるのは気のせいかしら。


「もしかして、君もなのかい?」


 肯定して頷くと、マイケルが少し疲れたように肩を落とした。え? 何で? わたし聖女なのに、何でマイケルそんなにがっくりしてるの?


「えぇと……君の他にも、マリアがいるんだ。彼女たちがそうだよ」


 壁際に立つ女性たちが引き攣った笑いを浮かべて、私を見つめている。そこでようやく、私は異世界で現実を理解した。


 ロマンス王国はスマホのアプリゲームだ。プレイしてるのは私だけではないはずだし、王国一のイケメン王子マイケルを推しているのも当然私だけではないのだ。

 それに昨今、仕組みは分からないけれど、トラックに轢かれて死んだら高確率で推しゲームに転生するって噂で聞いたことがある。

 彼女たちは私と同じ、トラックに轢かれてロマンス王国に転生してきた聖女なのだ。当然彼女たちの推しはマイケルである。


 まさかこんな展開になるとは想像もしていなかったけれど、彼女たちマリア軍団に負けるわけにはいかない。せっかくロマンス王国に転生できたのだから、この世界でなまのマイケルを推して推して推しまくるのだ。


 そう。これは謂わば、彼女たちとの推し活バトルだ。どのマリアが一番マイケルを推していけるのか、その手腕が試される。そして見事勝利を勝ち取ったマリアには、マイケルの熱いキッ……が褒美としてもらえるのだろう。ううん、そこはこちらから貰いにいく。


 待ってて、マイケル!

 私、ここでもあなたを推してみせる!


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