走狗は平和な世界の夢を見るのか?

ゼフィガルド

お題は『ヒーロー』

 世にヒーローが生まれた。怪力を始めとした、常人を逸脱した能力の数々。そして、善良な両親に育まれた汚れなき心。映画の世界の住民が現実へと飛び出し、颯爽と人々を救っていくその様子に人々は褒め称えた。

 Mr.レガシー。それが広く世間に知れ渡っている最初のヒーローの名前だった。彼に続くようにして、特別な力を持った新人類が生まれ、時には悪事にも使われた。しかし、レガシーと彼に倣うヒーロー達。それと人類の叡智の前に、悪が栄える事は無かった。

 各国が抑止力としてヒーローを抱える中。増えすぎたヒーローの管理元は国から企業へと移り変わり、人々の生活の中へと溶け込んでいった。


~~


「レガシーさん。よろしければ、最後に。今年から新しくヒーローとして活動する人達にメッセージを頂けませんか?」

「挫け、躓くことがあった時。自分の肩書きを思い出して欲しい。我々はヒーロー。皆の希望の象徴であるのだと」


 椅子がキィと鳴いた。そこに腰掛けている男の髪と髭は白く染まっていたが、顔に皴は一切浮かんでおらず、その身体を構築する筋肉は全盛期の頃から一向に衰えを見せていない。見る者を威圧する外見とは裏腹に、その声色と雰囲気は相手を包み込む様に優しかった。


「ありがとうございました!」

「あぁ、君の書く記事は面白かった。今回の分も期待しているよ」


 柔和な笑顔を浮かべると、記者も礼をして去って行った。それを見届けた後、彼の顔からは表情が掻き消えた。程なくして、彼のマネージャが現れ、共に車へと乗りこみ次の仕事先へと向かった。


「午後からの予定はCMの出演と、チャリティ番組の出演に……」

「そうか」


 飽きる程に熟して来たルーティンワークに対して、レガシーも思う事は無くなっていた。マネージャもその反応に慣れたのか、一頻りの報告を終えると。スケジュールが書き込まれたスマホをポケットに入れた。


「こう言った活動も。社会全体に貢献する上では必要な事ですよ」

「分かっている。別段不満という訳ではない」

「……やっぱり、昔みたいに。ヴィランと戦ったり、災害救助したりする日々に戻りたいですか?」

「別に。平和ならば、それが一番だ」


 波乱万丈な思い出を反芻していると、不意に車が止まった。見れば、前方の方で騒ぎが起きて、人集りが出来ていた。幾人もの男女が身動きの取れない状態で道路の中央に寝転がされ、彼らに向かって叫んでいる男がいた。


「聞け! 俺の名はアンガー・コンセンサス! この場で蛆虫めいて転がされている罪人達を裁く者だ! こいつらの罪状を読み上げて行く!」


 読み上げられた罪状は通常の犯罪から、SNS等での恒常的な誹謗中傷や、人権団体などに所属して多数を不快にさせるロビー活動。あるいは、デマゴーグやフェイクニュースを流布した者達。果てには、いじめやパワハラ関係等も含まれていた。


「いずれも許されざる行いだ。だが、警察もヒーロー共もこいつらを裁きはしない! 皆が裁きたいのはヴィランか! 違うだろう。こう言った法に触れていないだけのクズ共だ! 反対する者が居るなら声を上げろ。賛同する者は見過ごせ! それでも満足できないなら、俺達と一緒に参加しろ!」


 その宣言を皮切りにアンガーは行動を始めた。周囲に仕込みでも居たのか、彼の行動に合わせて同じ様にリンチを遂行する者達も現れた。その事態を見たレガシーは扉を開け、彼らの前に躍り出た。


「何をしている」

「レガシーか。お前ら、構わん。やれ!」


 コンセンスに命じられた者達が懐から取り出した拳銃で狙ったのはレガシーではなく、彼の背後に居た者達だった。しかし、その銃撃は全て念動力で防がれ、宙で制止していた銃弾が地面に落ちた。


「大人しく捕まるというのなら、痛い目は見ずに済むが」


 勧告を受けたアンガー達は一目散に踵を返したが、レガシーは一瞬で回り込み、取り巻き達を気絶させた。最後に残ったアンガーが立ち向かうが、まるで相手にならず、瞬く間に組み伏せられた。


「クソ!」

「後でじっくりと話は聞いてやろう」


 握りしめた拳が頭に振り下ろされようとした時、レガシーの体に組み付いて来る者が居た。隠れていた仲間が居たのかと、周囲を警戒した一瞬の隙を付いてアンガーは逃げ出した。

 追い掛けようかと逡巡したレガシーであったが、まず、自分に組み付いて来た者が何者かを確認した。何の変哲もない普通の青年だった。


「何故、こんなバカな事をした?」

「アンガーは捕まっちゃいけない。俺達の希望なんだ。お前達みたいな偽物じゃない!」


 青年の言葉の意味を考えたが、理解する必要もないと結論付けた。寝転がされている悪党達と同じ様に、彼の手首にも手錠を掛けた。

 既に通報されていたのか、警察が来るのも早く、彼らの事を引き渡すと。スケジュールに遅れない様にレガシーはマネージャを連れて、次の仕事場に向かった。


~~


「アンガー・コンセンサスですか。最近、知名度を広げているヴィランですね」


 仕事が終わった後、レガシーは逃げ果せた彼について調べていた。

 アンガー・コンセンサス。旧時代のヴィランとは違い、その力を私欲の為に使うのではなく、社会が裁かない者達を制裁する事に注力していた。


「義賊気取りか」

「全く馬鹿げています。社会が制裁しないという事は、その人間は裁かれるべきではないという事です。私刑を正当化しているだけです」

「だが、一定の人気が付いているようだ」


 曰く、パフォーマンスに余念のないヒーローとは違って質実剛健だ。

 曰く、本当の悪が誰かを分っている。曰く、アンガーこそが本当のヒーローだ。


「こんな評判。幾らでも作れますよ」

「私達もやっているからな」


 マネージャが眉間に皴を寄せた。企業にとって評判を操作することは造作もない事であり、レガシーはそう言った物に生じる空気も見て来たが、アンガーの評判に対してはその様な物は感じられなかった。

 中にはその評価と対比するようにして、現状の商業主義に走ったヒーロー達や労働力を搾取しているとして、関連企業への批判も目立っていた。


「好き勝手に言ってくれますね」

「言論の自由は保障されているからな」


 意見調査をした結果。アンガーには賛同的な物が多かった。そして、それと抱き合わせになる様に。ヒーローの活動範囲の狭さに対する批判が多かった。


「活動範囲を広げた時、お前達が取り締まられないなんてことは無いんだぞ」

「だから、我々は活動範囲を定めねばならん。あの頃と比べて、そう言った些事を気にする程度には平和になってしまったという事もあるのだろう」


 黎明期と比べて凶悪なヴィランは減り、元の世界が戻って来た。

 世界には貧困があり、企業が跋扈する資本主義の世界であった。その構造がある以上、ヒエラルキーの下層部分の不満が蓄積するのは世の常だった。


「馬鹿馬鹿しい」


 マネージャが短く切り捨て、話題を変える様にして明日の仕事の内容を話し出した所で、レガシーも意識を切り替えた。

 ヒーローの仕事は尽きない。警察とタッグを組んでの治安維持活動、CMや映画、グッズ販売などのエンタメ方面等。マネタイズには事欠かない。時代の寵児故の厚遇が、持たざる者達に反発心を抱かせるのは無理からぬことだった。


~~


 一人になったレガシーは考えていた。感謝の声が減っている事。自分への報酬はグッズ等の売り上げで回収されているだろうと、サービスの様に思われている事を。

 一方で、誰からの対価も受け取らず。私刑を繰り返しているアンガーは日毎に、その名声を広げている事を。警察やヒーロー達も血眼になって探しているが、その捜査を掻い潜り翻弄する姿が持て囃されている事に疑問を感じていた。


「人々が次の時代のヒーローを求めているのか?」


 彼は平和な世界でヒーローのあるべき姿を考え、その結果。今ある平和な世界の発展を願って企業に仕える事を選んだ。感謝をしてくれる人間がいる事も知っているが、関心が離れて行っている事も分かっていた。


「私は間違っていない」


 何ら恥じることなく、健全な社会人として働いている。称賛を浴びていた過去は遥か遠い。悪党だと喧伝する者も少なくなり、無辜の民を装いながらも他者を害する人間が蔓延っている人間が知らぬまでもない。

 そう言った者達の活動の自由を法律が許容している以上は、手を出す訳にはいかない。望んでいた自由と平和の世界を自らが破壊してはならない。だが、現実問題として人々は特定の者達の自由を望んではいない。


「(確か。寛容のパラドックスと言うんだったか)」


 自由や寛容を許し過ぎれば、最終的にそれらは破壊されてしまうという説だ。

 自由と平和の象徴であるヒーロー達がおいそれと手を出せない領域にメスを入れられるのは、アンガーの様な存在であるかもしれないと考えていた。


「私が守った世界は正しかったのか?」


~~


 アンガーやそれに感化されたヴィラン達が水面下で提携していく中、自らの立場を守るために権力者達は、よりヒーロー達に擦り寄る様になっていた。

 レガシーの所属する会社の業績も上がる反面、その活動はアンガー達を支持する者達からは批判の対象となり、小競り合いが起きる様にもなっていた。

 しかし、事件が起きるという事はヒーローが必要になるという事であり、彼らは喜色を隠し切れずにいた。


「久々のヒーローとしての活動だ。もうバカみてぇな営業周りをしなくても済むぜ」

「俺なんて、久々に必殺技の練習をしたよ」


 久々に能力が発揮出来る事を喜ぶ者達を傍目にレガシーとしては歪さを感じずにはいられなかった。小競り合いの現場に参じる度、同僚達が活き活きと暴力を振るっている姿を見た。


「(皆。平和を望んでいないのか?)」


 何時しかヒーロー達は社会を守る存在ではなく、それらを構築している既得権益を守る走狗として認識されるようになっていた。

 彼らが殴っている相手は血も涙もないヴィランではなく、誰かと共感する様な不満や悩みを抱えた市民だった。それでも、ヒーローから殴る様な真似はしなかったが、理解を得るのは不可能だった。


「奴らは何の力も持たない俺達を弾圧した! 俺達は俺達の誇りを守るために立ち上がったが、奴らは力でねじ伏せて来た! もうわかっているだろう! ヒーローは俺達の為の存在じゃない。権力の為の存在だ!」


 幾度もアンガーの捕縛は試みられたが、シンパ達や非暴力を使った妨害により、毎回逃げ果せていた。


「奴らは俺達のことを守らない! 差別的な発言からも! 排他的な思想からも! 搾取的な企業の姿勢からも! 俺達の身は俺達で守るしかないんだ!」


 望んでいた平和と自由は怒りに侵されていた。悲しむべき現状とは裏腹に、ヒーロー達は十全に活躍していた。見渡す限り、倒すべき悪党が居る。社会を乱す存在が居る。恐怖に震える人達がいる。ヒーローの活躍場所がある。


「アンガー。これが君の望んだ自由か?」


 レガシーはアンガーと対峙していた。ヒーロー達に対抗すべく、全身の多くに改造手術を受けていた為、僅かな面影が残すばかりとなっていた。


「俺はお前達の自由に従わない。俺達を害する存在を排除する。人を傷つけ、差別し、搾取する連中を排除する。お前らはそいつらも守るんだろう? 自由と平和が大好きなヒーロー様だからな」

「それは法律でも保障されている事だ」

「俺達は守る気の無い事由など必要ない」


 追い詰められたアンガーが襲い掛かって来るが、それでもレガシーには敵わない。鎧袖一触に撃破され、警察に引き渡される事になった。

 世は元の形に戻って行く。SNS等では誹謗中傷や差別が蔓延り、うつ病の患者は増え、ゴシップ記事にはデマとフェイクニュースが躍っていた。人々が憤りを叫んでもアンガーはもういない。


「Mr.レガシー。今日のスケジュールですが」

「いや。用事を思い出した?」

「用事ですか?」

「あぁ。私はヒーローだ。助けを求める人達の元へと向かわねばならない」


 それだけを言い残して彼は飛び立っていき、二度と戻って来る事は無かった。獄中で秘密裏にその報せを知ったアンガーは手を叩いて喜んだ。


「俺の怒りと総意は引き継がれた」


 間もなく。新しいヒーローの時代が幕を開けようとしていた。

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