推し活ダンジョンへようこそ!

たかぱし かげる

ようこそじゃねぇよ!!!

 暗いじめっとした地下のダンジョン。

 正面には壁と二つの扉。

 そしてデカイ文字。

「推し活ダンジョンへようこそ!」

 ちゃんと日本語だった。

 その下にさらに看板と文字。

「あなたは『源氏物語』の紫の上を推す者ですか?

 YESなら右の扉

 NOなら左の扉へ」

 立ち尽くした俺は、隣のダンジョンプロ落合さんへ顔を向ける。

「……これは、一体……?」

 ダンジョンのプロフェッショナルな落合さんも俺を見る。その顔は困惑しきりだった。

「いや、これは、珍しいパターンなんで」


 ***


 これは、突如ダンジョンが発生した土地所有者の俺と、ダンジョン撤去業者の落合さんの、語るも涙聞くも涙の推し活記録である。


 ***


「『源氏物語』って、あの『源氏物語』ですかね?」

「たぶん、あの『源氏物語』で間違いはないと思いますが」

 なんでダンジョンのなかで『源氏物語』?

 男二人で文字を前に首をかしげる。

「で、『源氏物語』のムラサキの……? ってなんですかね?」

「ムラサキ、の、ウエ、カミ、ジョウ? すみません、古典はあんまり」

 落合さんが申し訳なさそうだが、彼はダンジョンのプロなのだ。源氏物語に詳しくなくても責められない。

 かく言う俺も源氏物語などよく知らない。

「こういう場合、どっちを選ぶのがいいんでしょう?」

 落合さんはプロらしい、きりっとした顔をした。

「まずは両方の扉に罠などがないか調べます。下がっていてください」

 さすがプロだ。頼もしい様子でなにやら調べていた落合さんは、ほどなくどちらも罠はないと請け負った。

「リスクマネジメント的には、嘘偽りを選ばないほうが安全です。左のNOがいいと思います」

 落合さんも俺も“紫の上”を推してはいない。っていうか、なにかも分かってない。だからまずは左へ行くのがいいと言う。

「なるほど。プロに任せます」

 なんとなく“NO”の響きが不吉な気がしないでもなかったが、確かに嘘をついて右へ行くというのもおかしな話だ。

「では扉を開けて俺から入るので、慎重についてきてください」

 そうして次の部屋へ入り、俺たちは閉じ込められた。


 ***


「まあ、ダンジョンのなかが一方通行になっていることはわりかし多いので」

 後ろの扉が閉ざされたと気づいても、落合さんは落ち着いていた。

「あの前方のやつはなんなんですか?」

 すぐ先に異常に明るい一角がある。明るいと言うか、ネオンサインみたいな、変にまぶしい空間。

 落合さんはなぜが微妙に目をそらした。

「確認しないと確かなことは言えませんが。まれにダンジョン内に設置されている、なんらかのイベント的な空間のアレだろうとは思います」

 なんらかのイベント的な空間のアレ。なんだそりゃ。

 落合さんが危険のないことを確認し、その謎空間へ踏み込む。

 そこは、目がチカチカするまぶしさとずらりと並んだカラフルなアイテム、妙にハイテンションな音楽ときゃっきゃうふふとでも擬音するしかない音に満ちていた。敢えて例えるなら……アニメイト?

 しばらく呆然と佇み、それから隣のプロフェッショナルに説明を求める。が。

 落合さんも隣で呆然としていた。

「え、なんですか、これ?」

「……かなり珍しいパターンのようですね」

 落合さんは汗を吹き出しながら、しかし決して「分からない」とは言おうとしない。

 プロの矜持だろうか。できれば分からないことは分からないと言ってほしい。

「あ、でもちゃんと扉がありますね。先へ行けますよ」

 落合さんが目敏く扉を見つけ出し駆け寄る。

 扉の前には操作パネルのついた機械が鎮座していた。どこにでもあるような変哲もない機械がダンジョンにあると、かえって妙な感じだった。

「おそらく扉を開けるための指示などが出るんじゃないかと」

 落合さんの様子からすると、ダンジョンにこういうものがあるのは特に珍しくないらしい。ダンジョンも近代化してるんだなぁ。

 パネルに現れた文字を二人で読む。

『ここは「紫の上の推し活をしないと出られない部屋」です。

 グッズ購入や推しツイートなどで「紫たんポイント」を10万点集めよう』

 なんて?

「だからムラサキノウエってなんなん!?」

 叫んだら落合さんに袖をちょいちょい引っ張られた。

「たぶん、あれじゃないですかね」

 デカイ液晶でかわいい着物の女の子キャラが歌って踊っていた(ただし歌詞は和歌風で楽器も和楽器調)。

「源氏物語に出てくる女の子、ってことなのか?」

 画面ではそのままキャラpv的なものが始まる。どうやら古典小説『源氏物語』の女性登場人物で間違いなさそうだ。

「とにかく。ポイントを貯めないことには扉は開かないようですし。手分けして推し活とやらをしましょう!」

 この時点の我々は、推し活を完全に舐めていた。


 ***


 紫たんポイントを得る方法はたくさんあるらしい。

 まずはグッズ購入。かわいい紫の上(ただしイラストは平安風から令和風まで千差万別)のパジャマとかフィギュアとかアクキーとか、とにかくグッズが揃えられていて、購入金額の1%がptとして付与される。

「つまり1000万円分購入すればすぐ」

 するかボケ。できんわ金銭的に。

 とりあえず、かわいくて安くて使えそうで許せる範囲のグッズをクレジット決済。

 あ、このラバーストラップ、成人バージョンだけじゃなくて幼女バージョンと熟女バージョンもあるのか。悩む。

「同人誌も狙いましょう。読んで感想ツイートするだけで100ptボーナスつくっぽいですよ」

 1000円ぐらいの薄い本を手当たり次第に購入。かわいい女の子がきゃっきゃしてるのは当たり。平安美人の春画は、まあ当たり。男体化で絡まってるのははずれ。

 もとの『源氏物語』がどんなストーリーなのかは知らないが、とりあえず紫の上がかわいくて源氏がクソヤロウだということは覚えた。

「そうだ、推しツイートなら課金せずにポイント貯まるぞ!」

 左にはリアルタイムで紫の上ツイートが流れる画面が設置され、TLが盛んに動いている。

 世の中にはこんなにも紫の上のツイートが溢れているものだったのか。知らんかった。

 二人でTLを追いつつ、紫の上を揚げるツイートを垂れ流す。

「だめだ、ツイートするだけじゃポイントにならない」

「『1いいね=1pt、1RT=10pt』? こんの鬼仕様!」

「揚げコメでいいねを稼げ!」

「あ、しまった、炎上した」

「なにツイートした!?」

「え、『紫の上は正ヒロイン』って」

「え、それだけで?」

「葵の上ファンとかいうやつらが絡んできて」

「いや、でも、すごい勢いでリツイートされてるぞ!」

「炎上商法万歳!」

 あとはアニソンを歌ってカラオケ点数を競ったり(10点1pt)、和歌大会に参加したり(金賞50pt)、布教したり(信者一人獲得で100pt)、ありとあらゆる推し活で地道に貯める。

 財布も精魂も尽き果てて、それでも足りずに最後はローンで【18禁】紫たん抱き枕を一個ずつ購入。ぎりぎり10万ポイントを達成した。

 うーんでも。抱き枕は現物がなく、モザイクのかかった商品写真で後から自宅へ配送されるという。

 平安の18禁は果たしてエロエロなのか慎ましやかなのか。商品説明は「原作準拠」とのこと。うーん、どっち?


 ***


 ちょっと精神に異常を来しつつ、俺と落合さんは開いた扉をくぐった。

 最初は暗くて分からなかったが、目が慣れてみればなんてことない、うちの裏庭だった。

「?」

「……あ、ダンジョンは終わりみたいですね」

 へ? 終わり?

「大きいダンジョンじゃないみたいで良かったですね。……右ルートはどうなってるか分かりませんけど」

 同志落合がさらっと言う。

 ダンジョンを撤去するなら残りへも入らなければならないのだ。

「どうします? 続けます?」

 やめるのもありだと言われても、ここで諦めては苦労も費用も全て水の泡だ。

 男には沼と分かっていても進まねばならない時がある。


 もはや立派な「紫の上を推す者」となった俺と落合さんは、二人で堂々とYESの扉へ突入した。

 五分後には後悔した。


 ***


 端的に言うと、右の部屋は「紫の上の二次創作を100作品上梓するまで出られない部屋」だった。

 そこで俺と落合さんによってどんな地獄が繰り広げられたか、多くは語るまい(黒歴史)。

 文化的創造と無縁の男二人。見よう見まねで描くイラストも小説も、もはや化学兵器レベルだったとだけ言っておく。

 心がこもってさえいれば、どんな壊滅的作品でも1作と認められたのが不幸中の幸い。でも不幸がすぎる。

 作品は印税10%からポイント原資とやらを差し引いた金額(雀の涙)で買い取るという謎システムまであった。

 なお、かなり後になってから気づくのだが、ここで俺たちが作った作品も隣のポイント部屋の商品にちゃっかり並ぶこととなる。最悪だった。


 ようやく二次創作部屋から脱出すると、そこはやっぱりうちの裏庭だった。

 全三部屋のダンジョン。ラスボラもエネミーもなし。

 どこまでも人を馬鹿にしたダンジョンである。

「うーん、このダンジョンを撤去するとしたら」

 プロの落合さんが渋い顔で言う。

「二次創作棚をぎっちり埋め尽くして、全商品棚を買い占めて空っぽにするとかですかね」

 ラスボラ不在のダンジョンは制覇で撤去が可能となる。

 推し活ダンジョンの制覇、それすなわち推し活の制覇。

 プロの矜持は「無理」という言葉も使えないのか?

「……まあ、入らなければ無害でしょうし、しばらく様子を見るのがいいと思いますよ」

 落合さんは申し訳ないからと実費だけの請求書を置いて帰っていった。実費だけでものすごい金額だった。

 人生終了の鐘の音を聞いた。


 ***


 どこでなにがどう伝わったものやら、いつしかうちの庭のダンジョンが紫の上ファンによって聖地と崇め奉られ、なんやかんやと儲かるようになるのはまた別のお話。



『推し活ダンジョンへようこそ!』めでたしめでたし

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推し活ダンジョンへようこそ! たかぱし かげる @takapashied

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ