チリス・メ・ギダ──ポルカリのメリ漬けソースのギダ肉のソテー

くれは

チャイマ・タ・ナチャミにて

 毎日学校に通っていた頃にはこんなこと考えたこともなかったけど、こうやって文字を書いて残せるっていうのはすごいことかもしれない。自分が書いた文字を読み返して落ち着くなんて、考えたこともなかった。もっと早く、ノートとペンケースのことを思い出しておけば良かった。そうしたら、もっといろいろなことを書いておけたかもしれないのに。

 今は「ミンヤー・ブッカウ」に到着したところだ。ミンヤー・ブッカウはバイグォ・ハサムから見たときの名前で、この辺りに暮らしている人はこの場所を「チャイマ・タ・ナチャミ」と呼んでいるみたいだ。

 それでまた食べ物の話を書いてしまうけど、クフ・プワというスープがとても美味しかった。香辛料の刺激を感じるスパイシーなにおいで最初は警戒したけど、味はタザーヘル・ガニュンで食べた料理ほどには辛くなくて、俺でもちゃんと楽しめるスパイシーさだった。

 一口で食べるには大きめに切られた肉は塊という感じで、かみごたえがあって、かんでいるとスープの味と肉の味がじゅっと口の中に溢れてくる。一緒に煮込まれた何かの野菜も大きめだけど、ほろほろと柔らかくて、甘みがあった。そんな具をスープと一緒に全部飲み込むと口の中にスパイシーさが残る。それで、もっと食べたくなる。あとを引く、というのはこういうことじゃないかって思った。

 こんなに食べ物についてあれこれ考えるなんて、日本で暮らしていたときにはなかった気がする。前は好きな食べ物を聞かれて何を答えていたっけ、と考えてみたけど、思い出せない。例えばお弁当に入っていて嬉しかったものってなんだっただろうか。コンビニではいつも何を考えて選んでいただろうか。

 嫌いなものだってそうだ。すごくからいものとかは食べられなかったけど、食べられないと嫌いは違う気がする。嫌いなものって何かあっただろうか。なんとなく選ばないものはあった気がするけど、それを選ばない理由はなんだったんだろう。

 この世界にきていろいろと食べて気付いたことだけど、自分は割と魚の味に馴染んでいたんだなって思う。魚というか、ダシの味というか。魚介のスープを飲むとダシっぽい味だななんて思ったりする。それに、魚をすり身にした食べ物は海沿いだとよく見かけたけど、ちくわっぽいと気付いて、なんだかほっとしたりもした。

 もちろん肉も好きだし、肉が食べたいって思うこともある。今日食べたクフ・プワに入っていたごろごろした肉を頬張ったときの美味しいって感じは、なんというか、幸せという感じがした。おおげさかもしれないけど。

 それに、シルはきっと肉が好きなんじゃないかって思う。今日だって、肉を目一杯にほおばって、すごく嬉しそうに笑っていた。それこそ、幸せって感じの笑顔だったと思う。

 ただ、なんというか、魚の味を口にしたときのほっとする感覚に、自分でびっくりしたりする。別にそんなに、ダシとか気にしたこともなかったし、特別に魚が好きってわけでもなかったのに。

 こういう自分の食べ物の好みは、もしかしたら日本で暮らしていたら、ずっと気付かないままだったのかもしれない、なんて思ったりもする。

 酸っぱいものが好きというのも、この世界にきてから気付いたことだ。もちろん、日本で酸っぱいものを食べたことはある。酸っぱいグミとか、飴とか、コンビニで買って食べたりしてた。あと、レモン味のお菓子とか。でも、そういうのって俺の中では甘い物というかお菓子の範疇だったから、あんまり意識して選んでいたわけでもなかった気がする。

 酸っぱいものでまず思い出すのは、何よりもまずオージャのポルカリだ。それからタザーヘル・ガニュンのジェロ。ウリングラスで食べたトホグ・アスは甘酸っぱい感じだった。やっぱり果物が多い。

 ハイフイダズは甘酸っぱい味付けの料理が多くて、あれも美味しかった。

 気付いたらこの世界にいて、それで初めて訪れたのがオージャで、そこからたくさんの場所を旅してきた。だから、オージャのことはなんだかずっと前のことって気がして、すごく懐かしい。

 ポルカリの酸っぱさがとても美味しくて、それだけじゃなくて、船酔いで気分が悪いときでも酸っぱいポルカリなら食べられたから、今でも船酔いするとポルカリが食べたくなる。

 そう、それで、ポルカリをメリに漬けたものを売っていて、それを買ったんだった。それはその後の船旅であっという間になくなってしまったけど。空になった瓶は、今でもカバンの中に入っている。

 メリは、たぶん何かの蜜なんだと思う。とろりとした甘いものだ。オージャではポルカリのメリ漬けを使ったお菓子も食べて、それも美味しかった。

 ポルカリのメリ漬けを使った料理もあった。チリス・メ・ギダという名前の料理で、名前の通りにギダの肉が使われている。ギダは、ヤギみたいな動物で、オージャの辺りだとよく見かける。きっと家畜だ。そのギダの肉にポルカリのメリ漬けを絡めて焼いた料理が美味しかった。

 メリがちょっと焦げた香ばしさとポルカリの酸っぱいにおいに、とにかく食欲を刺激された。それまでポルカリのメリ漬けはお菓子というイメージだったから、肉の味付けにして大丈夫なんだろうかと思っていたんだけど、甘酸っぱい味は肉にとてもよく合った。意外だった。

 付け合わせにキノコが添えられていて、それもソースに合うのか不安だったけど、食べたらやっぱり美味しかった。メリが焦げた少しの苦みも美味しい。

 あの甘酸っぱさも、あとをひく味って言うのかもしれない。

 思い出すとよだれが出てくる。ポルカリが懐かしくなってしまった。ここからだと大きな山脈を越えて、そこからさらに先に行ったルキエーを越えて、その先の海の向こうがオージャだ。ここまで旅してきた時間を思い返すと、もう一度は食べられないのかもしれない、なんて思ったりする。

 今日思い出して、こうして書いておくことができて、良かったと思う。クフ・プワのことも、他の料理のことも、ポルカリのメリ漬けで焼いたギダ肉のことも。

 また時間を見付けて、美味しかったものとか楽しかったこととか、書き残しておこうと思う。こんなふうに自分のことを書き残しておきたいなんて、日本で暮らしていたらきっと考えなかっただろうなと思う。

 本当に、この世界にきて初めて気付いたことばかりだ。自分のことなのに。



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チリス・メ・ギダ──ポルカリのメリ漬けソースのギダ肉のソテー くれは @kurehaa

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