『銀スパチャ、銀貨30枚』

お望月さん

今日の切り抜き

 申し上げます。申し上げます。旦那様。

 あの人は、酷い。酷い。はい。イヤなイヤなイヤな奴です。

 悪いお人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。

 はい、はい、落ち着いて申し上げます。


 あの人を生かしておいてはなりません。世の中の仇です。私は、あの人の素性を知っています。すぐにご案内申します。ずたずたに切りさいなんで下さい。


 私はあの人の素性を知っています。あの人は私のVです。あるじです。自称14歳です。けれども本当は38であります。私は、あの人より二月ふたつき早く生まれただけのはずなのに、あの人は何年経っても14歳であります。不思議なことに今では「私の娘」とほとんど同年代なのです。


 それなのに私は、きょう迄あの人に、どれほど意地悪くこき使われてきたことか。どんなに嘲弄されてきたことか。ああ、もう、いやだ。堪えられるところまでは堪えてきたのだ。しかし、怒るときに怒らなければ、人間の甲斐がありません。私は今まで、あの人に対してどれだけ心を砕き、心血を注いできたのか。匿名掲示板で、どれほどあの人をかばってやっても、誰もご存じないのです。でも、あの人自身は知っているのだ。知っているからこそ、私をあれほど意地悪く軽蔑するのだ。


 私に娘はおりません。けれども、私くらいの年齢になれば、年頃の娘の一人や二人くらい心のうちに飼っているものでしょう? あの人は、まさに「我が娘」だった。開きかけの花びらのような唇、不定期に揺らめく肩、あやうい視線。まさに神の化身アバターでありました。


 しかし、あの人はVそのものではなかった。それがご自身に口惜しいのだ。あれほど若く美しい肉体に宿っていながら、そのこと自身をひどい引け目であるように思いこんでいなさるのです。あの人は、なんでもご自身で出来なさるのに、なんにもできないように見られたくてたまらないのだ。ばかな話だ。


 この世で暮らしていくからには、どうしても誰かに、ぺこぺこ頭を下げなければいけないのだ。そして苦労して欲求を抑えていくしかないのだ。それがあの人にはお分かりにならない。やれ「ほしいものリスト」だの「スーパーチャット」だのを恥ずかしげもなく受け入れて、物を乞うが如くに暮らしていなさる。


 私は、あの人の説教にほだされ、群衆から賽銭スパチャを巻き上げるために、赤札あかスパチャを連発しているのだ。あの人の100連配信も復活記念配信も私が赤スパチャを熨斗てやったのだ。そのおかげで界隈の石油王が供物をささげて、住居の部屋からゲーミングチェア、腹筋ローラー、ベースブレッドまでを揃えられることになったのだ。それほどまでに奉仕させておきながら、あの人はともかく取り巻きの馬鹿どもまでも、私に一言のお礼も言わない。お礼を言わぬどころか、あの人は、私のこんな隠れた日々の苦労をも知らぬ振りして、いつでも大変なぜいたくを言い、乞うような瞳で私を見上げるのだ。あの人は38歳の男だ。けれども、あの変声器VC越しの甘ったるい声とあやうげな視線が私をおかしくさせるのだ。


 しかし、あの人をとりまくガチ恋勢に何ができますか。私がいなければ、あの人を飢え死にさせてしまう。私は、六つ切りの食パンとシーチキン二缶で一週間をやりくりして、手取り20万円のうち10万円を喜捨しているというのに、あの界隈は何を優雅に青スパチャ程度で満足をしているのだ。


 謂わば、私はあの人の奇跡の手伝いを、危ういガチ恋寸借詐欺の片棒を担いできたのだ。私はこう見えても、決して吝嗇ケチの男ではありません。あの人に出会うまでは月に10万円を大海ソシャゲに注いできた高趣味家であるのです。私はあの人を、美しい人だと思っている。私から見れば、子供のようにあやうく、はかなげで、清い。あの人は美しい芸術品アートなのだ。


 あの人は、いつでも私に意地悪く仕向けるのです。私がどれだけ困窮し、最後の一枚を投じて、関係を終えようとしても。あの人は私の名を呼び「おまえにも世話になるね、お前の寂しさはわかっている」と呼ぶのです。それは偽善者のすることなのだ、私は寂しさを人に分かってもらおうとして、そのように匂わせただけなのだ。私は卑しい男です。だから、そのような声をかけてはならないではないですか。でもこれは、界隈の誰にでも呼びかけている声かけている声であるということを私は知りました。


(画面が暗転し、画面隅になんらかの通知が映し出される)


 あの人は、38歳の男で、あなた方をガチ恋に陥れているのです。


 醜いことを口走りました。今でもあの人を愛していることに変わりはありません。だけれども、私は、口惜しいのです。胸を掻きむしりたいほど、口惜しかったのです。アバターに恋していたわけではありません、何度生まれ変わっても、何度でも同じ人に恋をする。なんのわけだか、わかりませぬ。ああ、ジェラシィというのは、なんてやりきれない悪徳だ。


 旦那さま、お仕度は出来ましたか。ああ楽しい。

 いい気持ち。今夜は私にとっても最後の夜だ。

 ああ、小鳥の声が、うるさい。

 耳についてうるさい。

 どうして、こんなに小鳥が騒ぎまわっているのだろう。

 春だというのに、何を騒いでいるのでしょう。


 おや、そのお金は?

 おやめ下さい、私はいま銀貨30枚の銀スパチャで、あの人を売っているのです。

 一晩に何億も稼ぐVが、たったの30銀で売られる。

 あの人にとって一番ふさわしくない復讐の手段だ。

 これで私は優美なあの人に「軽蔑」という忘れられない傷をつけることができる。


 うふふ、ははは。


 泣いてなんていません。私は泣いてなんていませんよ、あの人のことを、はじめからみじんも愛していなかった。旦那様に銀貨30枚を払いたくて仕方がなかった、通りすがりの石油王です。


(おわり)

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『銀スパチャ、銀貨30枚』 お望月さん @ubmzh

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