推しはチームのムードメーカー

羽間慧

推しはチームのムードメーカー

「すっごーい! グラウンドが目の前だよ!」


 ルイちゃんは大興奮です。初めて入る砂かぶり席からは、芝生の緑が眩しく見えました。

 ママは、にっこりと笑いました。


「ここは人気が高い席なのよ。うんと値段がかかるけれど、選手がハイタッチやサインをしてくれるかもしれないの。ルイちゃんの推しも、近くに来てくれるといいわね」

「うん! あたしが名前を呼んだら、こっちを見てくれるかなぁ」


 ルイちゃんは、手作りのうちわを振ります。そこには、サインちょーだいと書かれていました。推しにサインをしてもらう油性ペンも、お家から持って来ています。ルイちゃんが着ている推しのユニフォームに、書いてもらうつもりでした。


「絶対に気付いてもらえるわよ。何て言ったって、ママが福引で当てたチケットだもの。一生分の運をつぎ込んだのだから、今日はいいことしか起きないはずよ」


 ルイちゃんは嬉しくなりました。てるてるぼうずにお願いしたおかげで、雨予報だったお天気は晴れに変わりました。ルイちゃんが推しにサインをお願いすれば、遠くからでも駆け寄ってくれるかもしれません。


「お嬢ちゃん、女の子なのにピンクのユニフォームを着ないんだね。しかもその背番号。どうしてトクガワやテッタのユニフォームにしなかったんだい? 打席に立たない野郎の番号なんて物好きだね。スタメンに選ばれる訳がないのに」


 ルイちゃんの後ろの席に座っていたおじさんは、顔を赤くしながら言いました。お酒のにおいが苦手なルイちゃんは、鼻をつまみたくなります。でも、同じ球団を応援する者同士、嫌な思いをさせたくありませんでした。


「あそこに映るもん」


 ルイちゃんは大型ビジョンを見上げました。

 そのとき、今日のスタメンが発表されます。かっこいい音楽とともに、選手の顔が映りました。


 ルイちゃんは、食い入るように見つめます。八番キャッチャーの名前が読み上げられても、ルイちゃんの推しは出てきませんでした。


「ルイちゃん、あそこ」


 ママは一塁側を指さします。その先には、ヘルメットをかぶった推しがいたのです。ルイちゃんは、うちわを大きく振りました。推しがルイちゃんのことを見てくれるように。


「ピヨ蔵! こっち向いて!」


 東京ピヨピヨズのマスコット、ピヨ蔵。まんまるな後ろ姿と、愛らしい動きに一目惚れしてしまったのです。誰よりもチームのことを考え、熱い声援を送るムードメーカーを。


 ピヨ蔵のおかげで、ピヨピヨズの選手も好きになったルイちゃん。口下手なおじさまや、爽やかイケメンのキャッチボールには目もくれず、推しの名前を叫びました。

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推しはチームのムードメーカー 羽間慧 @hazamakei

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