正当なる、収入源

半崎いお

神聖な、おしごと

いつからこんなことになったんだっけなぁ。

そう思いながら、彩芽は今日も、PCのモニターを覗いている。


ぽち、ぽちと、今日撮った写真のうちで特に可愛いものを選んで、送信のボタンを押しているのだ。


ぽち、ぽち、ぽち。

よし、これできっと健さんがうまくやってくれるだろう。

ふーっと息をついて、P Cを閉じる。

キッチンから、横井さんの声。

「片付け終わりましたー!」

「あ、ありがとうございます。」

彼女は隔日できてくれる子育て支援のヘルパーさんだ。

今日作ってくれたご飯も、とても美味しく頂けた。

明日はまた、違うヘルパーさんがやって来てくれるはずだ。

横井さんのちょっと苦手なお洗濯と子供達のボディケアをしてくれる予定。

ああそうだ、オプション、頼まないと。私もちょっと見てもらわないと。



うちの子たちは、まあ、私がいうのもなんだけれども、もうそれはとびっきりに可愛いし、頭もいいし、性格もいい、素晴らしい子たちに育っている、と思う。私がこんなふうにしてあげたかったな、って思っていたことはほとんど全て与えてあげることができたし、何しろ、やっぱり今の時代の子供達っていうのは、本能に恵まれている。私の時とは大違い。食べてるものから、教育から、学校から……ねぇ。


横井さんがアップしてくれたの昨日の写真の出来もすごく良かった。

これできっと、もう少しViewも上がって来てくれるはずだわ。

午前のうちにキャプチャ文を全部つけて、音声もつけておいた。

あれからもう4時間。

今日はどれくらい行っているだろう。


レポートを眺める彩芽の目が、細くなる。

こんなことをするだけで、生活していける、なんてね。



この国で産子数がどんどん落ちているなんて話はずっとずっと前から、私が子供の頃からよく聞いていた。でも、それがもう極限近くまで落ちて来ていて、世界中でも少なくなって来てしまったなんて話になって来たのは、ちょうど私が大学を卒業する頃のことだった。あの、伝染病が世界に蔓延ってしまった後、じわりじわりと、子供を健康に産むことができる人間の数が減っていってしまったのだ。


子供を産める女性の地位は、もう、鰻登りだ。

それどころではない。世界から減っていってしまっている子供達はそれはそれ、はもう、丁重に大切に扱われるように、なっている。


そんな世界の中で、六人も子どもを産んだ彩芽はもう、完全にセレブであった。

しかも、可愛くて愛想が良くて、将来性のありそうな子たちであるといえば、もう。国営サイトからの支援金は毎日、唸るように、ジャラジャラと落ちてくるのであった。


そう、今の私の収入源は貴重な子供達を守り、そして養育するための国家プログラムである、「推しキッズプログラム活動」のサイトを更新すること。私が生んだこの子達の日常をアップすることによって、子どもたちを支援したい、力になりたいという日本全国、ときには世界各国からも多くの支援が集まってくるのである。可愛い姿、頑張る姿、転んだりしてちょっと情けない姿……その全てを、子どもを持つことができない人々が、喜んで支援してくれるのである。


先月の4歳になったばかり千秋の発表会なんて、大変な騒ぎであった。


ステージに立ってお歌を歌ったら、常連の皆様が、もう、流れる涙を抑えられないくらいの勢いの大感動、大拍手。ちーちゃんは、生まれる時にちょっと大変だったから、その時からの常連さんたちの思い入れがとても、激しいのだ。



発表会の後の握手会なんてもう、おじさま方、おばあさま方の目尻が地面につきそうになりまくっていた。抱っこ券を獲得してくださった方々のためにはちゃんと、ちーちゃんにもサービスしてもらった。きちんと、ちーちゃんの声でおひとりずつの名前を呼んで、『ありがとう、大事にするね、って書いたのよ』とお絵かきを渡してあげたのだ。


ちーちゃんだけでなく、長男のイツキも中学生になってかなり人気が出て来たので、常連の方々には割安で直電を差し上げるなどの細やかなサービスをしている。その、地道な努力のおかげで、うちの子たちは全日本のランクでも上位を占めるようになって来ている。




あら、常連の榊さんがソングメッセージを注文してくださったみたいだわ。

んー。宏樹のランドセル購入希望の申し込みが70件超えちゃった。抽選にするしかないけど、いくつ買ってもらおうかなぁ。また引っ越しするかなぁ。今度はもうちょっと広いところにしないとねぇ。


妊婦・子連れ限定のフルケア付きの特別住宅は、いつでも選び放題だ。

建設を決定した政府の予測を大きく下回る数しか子供ができないんだってさ。

この建物を出なくてもなんでもできるし、頼めばなんだってデリバリーしてもらえる。

キッズが住めるエリアのセキュリティは万全だし、伝染病対策もあり、隔離されているのでサポーターの方々とは日常で出会うこともない。


夫がいたこともあったけれど、いつの間にかいなくなってしまったし、別にいらない。また次にいい人がいたら、いいかもしれないけどね。子供たちと安全に、楽しく暮らしていければそれでいいや。

はー、よっこいしょ。

日向ぼっこでもしてこようかな。


そう言ってテラスにある庭園に向かった彩芽は、9回目の大きなお腹を抱えている。

毎回成功したわけでもないし、そろそろ終わりかなぁ、と思ってもいるけれど

期待する声はあまりに大きく、このこの次も、もう一回くらいは産みたいなぁ、と考えている。




あ、そうだ。

お腹の写真も撮らないとね。

テラスのお花の前で撮ろうかな。

庭師の竜田さんにお願いしよう。

中継カメラに映らないところを選ばないとね。



今日も、小さな子供たちが遊び回る広大なテラスに心地よい、風が吹く。






高層階のここから見下ろす昔ながらの街並みの中にはきっと、モニター越しの子どもたちの声が響いているのだ。

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正当なる、収入源 半崎いお @han3ki

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