軽率に、推せ
犬鳴つかさ
軽率に、推せ
私は彼の『ファン』だとは名乗れない。もし、『ファン』を自称してしまうと『本当のファン』に失礼だからだ。
私が彼を追い始めたのは、一年くらい前だと思う。しかし、彼が配信を始めたのは三年も前のこと。私が知らない時から彼は頑張っている。私が『ファン』を名乗るのは彼にも、昔から彼を支え続けた『本当のファン』にも失礼だと考えてしまう。
それに私はまとまった時間がなかなか取れなくて『切り抜き』という彼の配信の一部を編集した動画ばかり見てしまっている。そういうところにも罪悪感を抱く。
SNSで繋がっている人にも私と同じ『彼』のファンがいる。でも、怖くて言えない。『彼についてこんなことも知らないの?』なんて言われてしまったら──。
答えが出ない。一人で考えるのは苦しい。私はこの気持ちを誰かに聞いて欲しかった。いや『誰か』じゃなく──。
「──なんてね、ずいぶん難しいこと考えてる方からワタガシを投げつけられたわけなんですけども……」
『〇〇〇〇、ファンについて語る』というタイトルの切り抜きが上がっていたのを見つけてみると、私がただ自分の気持ちを収めるために匿名のネットサービスで彼に対して身勝手に投げつけた文章が読まれていた。
「じゃあさ、いったん落ち着いて考えてみて欲しいんですけど、今から俺の動画、最初から追える? ──苦行だよ、そんなことは。好きでもなかなかやってられんわ」
ははは、と彼は軽く笑う。しかし、嫌味っぽくは感じない。
「好きな時に好きな動画をつまみ食いしてもらうだけでいいんですよ。『ファン』なんてカジュアルな肩書きなんですから、それだけで名乗れます。
むしろ俺らはね、好きだってどんどん言ってもらって軽率に広めていってもらえるほうが嬉しいわけですよ。今はSNSとか口コミが命の時代なんですから」
そうしてもらったほうが、こっちのほうもたまってくるんでね、と彼はお金のジェスチャーをして悪い顔をしながら見せつける。笑いを取るためなのか本気なのかわからないけれど、こういうカッコつけ切らないところが私は好きなのだ。
「古参のやつらだってそうですよ。アイツらが軽率に広めてくれたから、今こうしてアナタにも俺の声が届いてるわけで──だから、あんまり考え込まなくていいです。『好き』なら『ファン』。それで十分」
そこで動画は終わった。今までモヤモヤと砂嵐のように渦巻いていた言葉が簡単な式に作り変えられてしまった。
「はぁああぁぁぁぁ……。そういうとこだぞ〇〇」
鬱屈とした感情をため息とともに吐き出す。
「そういうとこが……好きなんだ」
まだ、ファンだと公言できる勇気はない。それでも、一歩めを踏み出す力はもらえた気がした。
ツブヤイッターを開き、私が一番面白いと思う切り抜きのリンクを貼り付けて、一言つぶやく。
『最近、〇〇〇〇が面白い』
軽率に、推せ 犬鳴つかさ @wanwano_shiba
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