知的布教合戦(レコメンデーション・バトル)!

七四六明

知的布教合戦

紳士淑女の皆皆様エブリワン・イン・ジ・オーディエンス! お待たせしました! 本日の知的布教合戦レコメンデーション・バトルはこちら、聖地秋葉原からお伝えします! それでは早速、対戦相手の登、場、です!』


 左右に出現した門が空き、白煙が先んじて戦場に立ち込める。

 門の上に文字が浮かび上がり、出典作品等簡単な紹介文が並ぶ。


『能力を計る魔力石の示した数値はゼロ! 誰もが無能、足手纏いと卑下をする! 否! 否! 違う違う違う! 能力値は無限インフィニティ! 計れ知れぬ実力で、隠遁生活スローライフを楽しみながら無双するはぐれ者勇者! 現在ライトノベル十三巻! コミックス四巻! 今春アニメ化決定! 『隠遁生活スローライフで無双する』より、主人公! グレン・フィンガスター!!!』


 ゲームの初期設定で作られるような防具を身に纏った青年。

 武器は直剣。しかし、武器よりも肌から染み出る凄まじい魔力が、観客席を威圧する。


『続いて! 現在嫁候補は六人! おそらくまだまだ増えるだろう天性の女っ垂らし! しかし、しかし! それだけこいつに魅せられる! それだけ痺れる、憧れる! 天性の才能を、転生した世界で振るう異世界転生最強系剣士! ライトノベル二一巻! アニメ化三期制作決定! 『星屑の剣士達スターダスト・セイバーズ』より、彗星の剣士スター・セイバー! レイ・カグヤ!!!』


 鋼鉄の馬が白煙を切り裂く。

 騎乗する男の装甲が展開し、清楚な黒髪を靡かせるやや中性的な男性が素顔を晒し、現れた。


「レイ……」


 対戦相手が同時公開されたタイミングで、投票開始。

 投票数の多さが、キャラクターの力と変わる。

 中にはクラウドファンディングみたいに、応援したら見返りを与えるような人もいるので、文庫からサポートを受けている公式応援者とかだと、まず勝てない。


 そして何より、グレンは主人公。

 主人公は言うまでもなく、物語の主軸。故にその作品を愛するファンの中で、最も高感度を集めやすい。いわば主人公補正。

 主人公ではなく、主人公の兄弟子のような立ち位置のレイでは、やや分が悪いか。


 けれど私はこの戦いに挑んだ。

 対戦者がチャットで作品について挑発的なコメントをしていたからでもあるし、グレンこそが最強だと言いふらしていたからもある。

 けれど何よりの理由は、私が彼を――レイを好きだからだ。

 好きと言う気持ちで負けるのは、絶対に嫌だった。


「勝つよ、レイ……!」


 画面をパソコンからVRMMOの仮想空間へと移し、私は彼の背中に訴えた。

 彼は私に気付いたのか、それとも他のファンに対してなのか、高々と拳を掲げて応えてくれる。


『投票終了! 会場全体の熱気もピークへと達しようとしています!』

「達しなくていいっての……隠遁生活スローライフがしたいんだからなぁ」


 鼻筋をポリポリと掻く指は細く、長い。

 鍵盤だったり弦楽器だったりをするのに有利そうな指。

 だがその指は、弦ではなく剣を取る。星屑の隕鉄を鍛え作った、星の剣を。


「やる気満々だな、おまえ」

「出さなきゃならないでしょ……必死に応援してくれる声が、この背中にある限りは」

「そっか……そりゃそうだ」


 蹄鉄で土を掻く鋼鉄の馬が、手綱を引かれて走り出す。

 くらから跳んだレイは星剣を振り被り、疾走する鉄馬が横切るグレンへと斬撃を叩き付ける。

 着地と同時に深く踏み込み、一閃。グレンの直剣を振り払いながら懐に入り、一気に勝負を決めに掛かる。


 が、懐に入ったグレンの右手から放たれた火炎魔法が直撃。

 モブの最上級をも凌駕する最下級炎属性魔法が、レイの体を空高く舞い上げた。


 レイは空中で回転。

 態勢を整え、走っていた鉄馬に着地、騎乗する。

 そのままグレンの周囲を回る形で馬を走らせ、星剣せいけんに魔力を集束させた。


「今のを受けてすぐさま反撃の態勢とはね……恐れ入る。だが、こちらも背負ってるもんがあるんでなぁ!」


 地面に右手を突き立て、魔力を放出。

 隆起する岩のつるぎが次々と現れて、走る鉄馬と共にレイを狙う。

 迫り来る鋭利な岩を星剣で両断するレイは、旋回を止めて特攻。突き出る岩の剣を斬りながら、一直線に馬を走らせる。


「正面突破で来るか……“火炎連射弾フレイム・ガトリング”!!!」


 ストーリー内では最大十発の連続砲撃が、百に近い数で襲い来る。

 迫り来る炎弾を斬り伏せながら突っ込んで行くが、数の暴力を捌き切れずに弾かれる。

 馬から落ちたレイは後転して衝撃を緩和。片膝を突く形で止まり、単身、肉薄し続ける。


「“大地之制裁ガイア・ブレイク”!!!」


 突き立てた刃から地面が割れ、先程よりも鋭利な岩の剣があらゆる方向へ伸びていく。

 星剣と幾度となく両断するが、即時再生して迫り来る剣の手数に押され、後退を余儀なくされる。戦場中央まで退かされたところで周囲を囲まれ、逃げ場を奪われた。


「“究極限界突破アルティメット雷帝雷霆・アレクサンダー”!!!」


 雷雲もない空より落ちる雷霆が、逃げ場を奪われたレイへと降り掛かる。

 星剣で受け止めて直撃こそ避けたものの、全身を掻き回す雷撃に切り裂かれ、流血。流れた血が電気抵抗を下げ、より大きなダメージを蓄積させる。


 もうダメだ。

 さすがに主人公には敵わないか。

 周囲からそんな声が聞こえて来る中、私は信じていた。

 彼ならやれる。彼なら出来る。例え別世界の脅威だろうと、彼ならきっと負けやしない。

 私の大好きな彼だから、勝てる。


「グレン! おまえの力を見せ付けてやれ! 無限の魔力! 自分より強者なしと悟り、ギルドより除名処分を受けても尚、友と無双し続けるその力! おまえの隠遁生活スローライフと言う名の快進撃を、あの女っ垂らしに見せ付けてやるんだ!」

「“真・刀剣乱舞つるぎのまい――金式輝夜こんじきかぐや”!!!」


 地中から生えて来る。

 上空から飛来する。

 さながら、風に吹かれて舞い散る桜の花弁が如く、黄金の武装が現れて、あらゆる方向から迫り来て、攻め立てる。

 あらゆる方向、あらゆる武具が絶えず襲い掛かる猛攻に、レイの体はズタズタに引き裂かれていった。


「見ろ! この圧倒的攻撃力! グレンはこの魔法で、魔王さえも凌駕したんだ! 魔王編最終章、勇者より引き継がれた無限の黄金を媒介にしたこの魔法に、勝てる奴なんていないんだ!」


 隠遁生活スローライフを援助し、共に生活を楽しんだ元勇者と挑んだ復活の魔王編。

 死に逝く勇者より受け継がれた黄金の武装で以てアドリブで開発した魔法によるエンドは、ファンの間でアニメ化希望必至の名シーン。


 もしもアニメ化するのなら、私だって見たいシーンではある。

 だけど、既にアニメ二期を経て、主人公と同等の人気を博すこのキャラクターにだって、負けない魅力があるのだ。


「レイ! ……!」


 声が届く。

 他でもない、私の声。

 私に続いて、彼を応援する人々の声が届く。

 

 私は彼の、主人公にも負けず劣らず、護るべき者が背後にいると強くなる。そんな準主人公補正とでも呼べる力が好きだった。

 自分のためではなく他人のために。自分よりも弱い誰かのために戦えるあなたに憧れた。


「レイ! 私はあなたが好き! 私達はあなたが好き! だから負けないで! 私達のために! 誰にも負けない私達の好きに、どうか……お願い、応えて!」


 演説さながらの私の訴えが、ネットを通じて人々に届く。

 私の好きが拡散され、認知され、より多くの人々の下へと届いて、彼の――レイの力となる。


 作中、主人公を隣で支える兄弟子のような立ち位置。

 主人公と共に戦場を駆け、その中で不遇な扱いを受ける女性や、敵に囚われていたり、利用されていたりした女性を中心として助け続けた姿に、助けられた女性らに感情移入させられた。


 彼女は絶対傷付けない。

 彼女は絶対護ってみせる。

 誰もが絶望する危機的状況の中、そうした言葉を有言実行し続けた彼が、私は好きだった。


「ありがとう。必ず、応えるよ」


 そう、彼は笑う。

 中性的なせいか、柔和にさえ見える血塗れの微笑が振り返る。


 直後、彼の星剣が蒼い軌跡を描いて、舞い踊る黄金の武装を叩き落した。

 グレンも、グレンを応援していたサポーターも、驚愕で言葉が出て来ない。


「……行くぞ」


 鉄馬が駆ける。

 再び騎乗して来ると先を読んだグレンは武装を鉄馬の周囲に広げるが、レイは鉄馬を囮にそれを素通り。横切りながら、飛び掛かって来る武装を次々と弾いていく。

 爆ぜる武装の爆風を背に受け、加速し続けるレイへと武装が飛ぶが、レイは武装を弾いて更に加速し続ける。


「馬鹿な! 魔王を倒した魔法だぞ!? 主人公でもない奴が、そんな――」

「魔王様は倒せても、女の期待に応える剣士様はダメって、そりゃあないわ!」


 炎弾も混ぜ、無限の魔力を駆使して攻め立てる。

 肩で風を切る剣士は黄金の武装を弾き、炎弾を両断。爆ぜる火と風とを受けて加速を続ける星剣が、銀河に散らばる星の欠片が如く、無数の小さな光を湛え始める。


 私を含めたその場全員に見覚えがあった。

 何せアニメ放送時、演出の美しさから神作画と絶賛の嵐を受け、暫くのアニメ反応チャンネルを総なめした彼の代名詞。


「“流星群流星剣シューティング・スター・ストリーム”――!!!」


 裏拳応用の薙ぎ払い一閃から、上に返しての振り下ろし斬撃。

 刀を翻してV字を描くように斬り上げ、振り切った瞬間に逆袈裟斬りを落とす。

 その後も休むことなく続く連続斬撃が、グレンに一切の反撃を許さない。


 星の軌跡が重ねて描く。

 無数にさえ思える厖大な数の斬撃がグレンの体へと刻まれ、最後の一撃で眩き星の光が瞬間的に爆ぜた。


 全身に斬撃を受け、俯くグレンは空を仰ぐ。


「……やっぱ、隠遁生活スローライフが――」

「ぐ、グレン……」


 黄金の武装が砕けて消える。

 背中から倒れたグレンはそのまま動かず、消滅。

 代わりに高々とレイが拳を掲げたところで、ブザーが鳴った。


『試合終了! 勝者、レイ・カグヤ!!!』


 会場が沸く。

 コメント欄が荒れる。

 生放送を見ていた配信者は狂喜乱舞。または呆気に取られて意気消沈。


 推しと推しのぶつかり合いを制したキャラクターは、自らに課された愛情を還元。

 ファンは黄色い声援を送り、更なる応援を約束する。


 やっぱり私のレイは最高だ。

 そうして私は彼の勇姿をまた一つ刻み、新たな対戦相手を見つけて、推し活を再開するのであった。

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